1章
まだ暑さがしぶとく残る、秋のある日のことである。文化祭を来週末に控えたその日。連日打ち合わせやらリハーサルに追われていた俺は、久しぶりにただの休日を楽しむため図書館に出かけていた。
家に帰るなり、女の子が訪ねてきたわよとニヤついた母親から聞いて飛び上がりそうになった。
母曰く、俺の同級生だと言ったらしい。今出かけているから中に入って待つかと聞くと、何時頃に戻るか訊ねたあと帰っていったそうだ。
同級生の女の子と言うと、河合さんしか思いつかない。家に招待したことはないけど、わざわざ探してきたんだろうか。だったら連絡してくれればよかったのに。
驚かせたかったのだろうか? そういうサプライズみたいなことはするようには思わないけれど……。
大急ぎで携帯を取り出して他には目もくれずに河合さんに電話をかける。母親がわくわくした視線を向けてくるので逃げるように自室に向かった。
『もしもし?』
「あっ河合さん? 俺だけど、さっきうちに来てくれたんだって? 何かあったの?」
河合さんと電話する機会なんて滅多に……というかほぼ初めてな気がする。ゲーム中にみんなで通話を繋げたことはあるけど……二人きりで話すことなんてない。雑談が得意でない俺たちにはメールで十分なのだ。
それを自覚すると後から緊張してきた。
『桐谷の家に……? 知らないわよ。わたしじゃないわ』
「えっ?」
当てが外れた。本当に? 河合さんでないとなると全く検討もつかない。
「そ、そうか……。同級生の女子が訪ねてきたって聞いて河合さんだと思い込んじゃったよ、ごめん」
『あら、そうなの。それは確かにわたしだと思うわよね。他に心当たりないものね』
人に言われると虚しい。
うーん、不思議だ。でも河合さんは悪戯するタイプじゃないし、疑う余地はない。
少し名残惜しいけど、大人しく電話は切った。
他に関わりのある同級生の女子というと、かろうじて小野さんくらいだけど、連絡先はわからない。
母親に聞いてもインターフォン越しだったので見た目はわからないらしい。古い家だからカメラはついてないんだ。
謎だ……。母親が男友達を女子と間違えたのかと思ったけど、流石に変声期を終えた男の声を間違えることはないだろう。
いや、しのぶちゃんならあるいは……? でもうちに訪ねてくる用事があるとは思えない。家の方向すら知らないだろうし。そもそも同級生じゃないじゃないか。
「ふむ」
ひとしきり可能性は潰したつもりだが全く答えは出なかった。
まあ帰る時間を伝えたらしいし、本当に用があるならまたやってくるだろう。
ベッドに転がりながら携帯をいじると、いくつかメールが入っているのに気付いた。
佐伯友也
件名・なし
本文・これからいってもい?
知性のかけらもない文面だ。バカ丸出しである。なぜもう一文字「い」を打てないのか。似たような内容のものがもう何通か届いていた。
メールが来たのは一時間以上前だ。図書館でも移動中でも携帯は鞄に入れっぱなしだから気付くはずがなかった。
駄目元で返信を送る。謝罪と、別にいつでも来たい分には来ればいい旨を。
返事はすぐに来た。
佐伯友也
件名・なし
本文・今下の公園とこいる
えっ! と思わず声に出ていた。
佐伯の家からうちまで電車とバスで、少なくとも一時間はかかるわけで、これからいってもいいかと聞いた時俺の返信を待たずして移動してたわけだ。
この辺りは住宅地ばかりでコンビニも距離がある。時間を潰せるスポットは思い浮かばない。
慌てて外に出る。電話してくれれば気づけたはずなのに、なんなんだあいつ。要領いいくせにおかしなところで抜けてるな。
我が家はちょっとした丘の上に建てられている。
丘とはいうが、体力のない俺からすると山みたいなもので、こいつのおかげでだいぶ外に出かけるのが億劫なのだ。玄関から道路まで直線で繋ぐとかなり急な斜面になるため、うねっているから余計道のりは長い。
ちょっと出かける、というには疲れすぎる距離があった。うちの両親は車だからどうってことないだろうけどさ。
公園というのはその丘の麓にあるのだが、門の反対側にあるので下まで降りたあと外周に沿ってぐるりと回り込まなきゃいけない。
つまり地図上は近所だけど、実際には結構距離がある場所なのだ。普段通りかかることはない位置だし、遊びに行った記憶も僅かだ。友達と公園で遊ぶような元気な子供でもなかったし。
そんな慣れない公園にようやく辿り着き、あたりを見渡す。結構な面積を誇る公園である。しかし広さだけで遊具は少なく、閑散とした印象が強い。夏休みなんかになるとラジオ体操なんかに使われるらしいけど、当然のように参加したことはない。
現在は子供が四人鉄棒のあたりで集まってゲームをしていた。もう夕方だしな。
反対の隅を見るとベンチに座って一人携帯をいじってるフード姿が見えた。すぐに佐伯だとわかる。あいつは何故か大体パーカーを着ているからだ。でもフードを頭に被っているなんて珍しい。
向こうもこちらに気づいた様子で、跳ねるように立ち上がる。うん、あのわかりやすい動き方は佐伯で間違いない。
一体何があったんだろう。感情表現豊かではあるけど、普段はいつも涼しい顔をしている印象があるんだけど、どこか様子がおかしい。
小走りに近寄る俺に向こうも駆け寄ってくる。
「ん?」
立ち止まる。佐伯は近寄ってくる。
が、なんだか変だ。なんだか……小さい。距離に比べてサイズが……。
あとなんだか髪の毛が伸びているのか……少しボリュームが増えているような……。
「桐谷〜っ!」
声も高かった。いや、元々高めではあるけど、普通の男の高さだった。でも今の高さは……。
女の声だった。
家に帰るなり、女の子が訪ねてきたわよとニヤついた母親から聞いて飛び上がりそうになった。
母曰く、俺の同級生だと言ったらしい。今出かけているから中に入って待つかと聞くと、何時頃に戻るか訊ねたあと帰っていったそうだ。
同級生の女の子と言うと、河合さんしか思いつかない。家に招待したことはないけど、わざわざ探してきたんだろうか。だったら連絡してくれればよかったのに。
驚かせたかったのだろうか? そういうサプライズみたいなことはするようには思わないけれど……。
大急ぎで携帯を取り出して他には目もくれずに河合さんに電話をかける。母親がわくわくした視線を向けてくるので逃げるように自室に向かった。
『もしもし?』
「あっ河合さん? 俺だけど、さっきうちに来てくれたんだって? 何かあったの?」
河合さんと電話する機会なんて滅多に……というかほぼ初めてな気がする。ゲーム中にみんなで通話を繋げたことはあるけど……二人きりで話すことなんてない。雑談が得意でない俺たちにはメールで十分なのだ。
それを自覚すると後から緊張してきた。
『桐谷の家に……? 知らないわよ。わたしじゃないわ』
「えっ?」
当てが外れた。本当に? 河合さんでないとなると全く検討もつかない。
「そ、そうか……。同級生の女子が訪ねてきたって聞いて河合さんだと思い込んじゃったよ、ごめん」
『あら、そうなの。それは確かにわたしだと思うわよね。他に心当たりないものね』
人に言われると虚しい。
うーん、不思議だ。でも河合さんは悪戯するタイプじゃないし、疑う余地はない。
少し名残惜しいけど、大人しく電話は切った。
他に関わりのある同級生の女子というと、かろうじて小野さんくらいだけど、連絡先はわからない。
母親に聞いてもインターフォン越しだったので見た目はわからないらしい。古い家だからカメラはついてないんだ。
謎だ……。母親が男友達を女子と間違えたのかと思ったけど、流石に変声期を終えた男の声を間違えることはないだろう。
いや、しのぶちゃんならあるいは……? でもうちに訪ねてくる用事があるとは思えない。家の方向すら知らないだろうし。そもそも同級生じゃないじゃないか。
「ふむ」
ひとしきり可能性は潰したつもりだが全く答えは出なかった。
まあ帰る時間を伝えたらしいし、本当に用があるならまたやってくるだろう。
ベッドに転がりながら携帯をいじると、いくつかメールが入っているのに気付いた。
佐伯友也
件名・なし
本文・これからいってもい?
知性のかけらもない文面だ。バカ丸出しである。なぜもう一文字「い」を打てないのか。似たような内容のものがもう何通か届いていた。
メールが来たのは一時間以上前だ。図書館でも移動中でも携帯は鞄に入れっぱなしだから気付くはずがなかった。
駄目元で返信を送る。謝罪と、別にいつでも来たい分には来ればいい旨を。
返事はすぐに来た。
佐伯友也
件名・なし
本文・今下の公園とこいる
えっ! と思わず声に出ていた。
佐伯の家からうちまで電車とバスで、少なくとも一時間はかかるわけで、これからいってもいいかと聞いた時俺の返信を待たずして移動してたわけだ。
この辺りは住宅地ばかりでコンビニも距離がある。時間を潰せるスポットは思い浮かばない。
慌てて外に出る。電話してくれれば気づけたはずなのに、なんなんだあいつ。要領いいくせにおかしなところで抜けてるな。
我が家はちょっとした丘の上に建てられている。
丘とはいうが、体力のない俺からすると山みたいなもので、こいつのおかげでだいぶ外に出かけるのが億劫なのだ。玄関から道路まで直線で繋ぐとかなり急な斜面になるため、うねっているから余計道のりは長い。
ちょっと出かける、というには疲れすぎる距離があった。うちの両親は車だからどうってことないだろうけどさ。
公園というのはその丘の麓にあるのだが、門の反対側にあるので下まで降りたあと外周に沿ってぐるりと回り込まなきゃいけない。
つまり地図上は近所だけど、実際には結構距離がある場所なのだ。普段通りかかることはない位置だし、遊びに行った記憶も僅かだ。友達と公園で遊ぶような元気な子供でもなかったし。
そんな慣れない公園にようやく辿り着き、あたりを見渡す。結構な面積を誇る公園である。しかし広さだけで遊具は少なく、閑散とした印象が強い。夏休みなんかになるとラジオ体操なんかに使われるらしいけど、当然のように参加したことはない。
現在は子供が四人鉄棒のあたりで集まってゲームをしていた。もう夕方だしな。
反対の隅を見るとベンチに座って一人携帯をいじってるフード姿が見えた。すぐに佐伯だとわかる。あいつは何故か大体パーカーを着ているからだ。でもフードを頭に被っているなんて珍しい。
向こうもこちらに気づいた様子で、跳ねるように立ち上がる。うん、あのわかりやすい動き方は佐伯で間違いない。
一体何があったんだろう。感情表現豊かではあるけど、普段はいつも涼しい顔をしている印象があるんだけど、どこか様子がおかしい。
小走りに近寄る俺に向こうも駆け寄ってくる。
「ん?」
立ち止まる。佐伯は近寄ってくる。
が、なんだか変だ。なんだか……小さい。距離に比べてサイズが……。
あとなんだか髪の毛が伸びているのか……少しボリュームが増えているような……。
「桐谷〜っ!」
声も高かった。いや、元々高めではあるけど、普通の男の高さだった。でも今の高さは……。
女の声だった。