18章
クリスマス当日、俺は興奮気味の瞬くんに叩き起こされた。
千紗が頑張って俺の安眠を守ってくれていたようなのだが、それを振り切るレベルのテンションだった。っていうか踏まれた気がする。衝撃で目覚めた瞬間意味が分からなかった。
「パパ! パパ! おきて! テント! テントつくって!!」
「ああ、ああー……テント……どうしたのこれ……」
「サンタさんがくれたの! いいからきて!」
瞬くんがサンタさんに頼んだのは小さなテントだった。室内で使う子供用の可愛いやつだ。秘密基地制作に没頭していたので、こういう風にしたらという資料提供のつもりで画像を見せたら一目見て欲しい欲しいと大騒ぎだったのだ。
流行りの戦隊もののベルトや武器なんかはものすごい人気で、今の時期なかなか入手できないというのを千紗から聞いていたので、それを思えばありがたいチョイスだった。大人から見ても割と洒落てるし。
さて、問題は設置場所である。幸い我が家はスペースなら潤沢にある。けど瞬くんの様子を見れる場所となるとだいぶ限られてしまう。選択肢は寝室かリビングなどの共有スペースのどちらかだな。
リビングにはすでに秘密基地があるし、それを撤去はしたくないというのでへらへら笑いながら母に許可をとってダイニングに設置してみた。まあ、邪魔ならすぐに移動できるしな。
正直言うと俺もこういう屋内のテントで自分のスペースを作るのに憧れていたのだ。しかし子供の頃から自分の部屋を与えられていたので、一度もねだる機会がなかったのである。まあ、欲しいといえば買ってもらえただろうが。それを活かせるビジョンが思いつかなかった。
瞬くんはさっそくお気に入りのおもちゃやクッションを持ち出し、テントに詰め込んで居心地の良いように整え始めた。ハムスターみたいだ。
「ママ! きて!! はいっていいよ!」
「わあ~すごいねえ、瞬の家じゃん」
「そうなんだよねえ~、ママもつかっていいからさ!」
千紗は促されるまま身を屈めてテントの中に入り瞬くんの新居を誉めそやしている。瞬くんは得意げだ。俺は入れてもらえないんだろうか。
「ねえパパ、一緒に朝ご飯食べる? もう一回寝てくる?」
「あー、じゃあ食べようかな……。布団片づけてくるよ」
テントから顔を出しながら千紗に尋ねられる。
時間はまだ七時過ぎだった。瞬くんは夜更かししたから寝坊するだろうと踏んでいたのに、プレゼントへの期待が勝ったのだろうか。いつもよりも早い目覚めのようだ。
ふと、昨日の夜、千紗がうなされていたことを思い出した。
「千紗、大丈夫? 怖い夢とか見てない?」
「え。何? 夢をみた覚えはないけど……。どうしたのさ」
「いやあ、あー……ほら、寝てる横で瞬くんと騒いでたからさ、夢見が悪かったんじゃないかなと……」
ああ、と千紗は頷いた。それから別に何にもないよ〜と笑う。
まあ……夢だしな。あんまり心配してもしょうがないか。
朝食を終えるとだんだん頭もしゃっきりしてきた。
かといって今日はこれといった予定があるわけでもないのでソファでだらだらしているのだが……。
「瞬ーちょっときて」
千紗と母が俺の元に寄って来つつ瞬くんに声をかける。テント生活を満喫していた瞬くんはすぐに「なにー?」と聞きながら走ってやってきて、俺の隣に座った。
「あのね、クリスマスだからママとばあばからプレゼント!」
「おー! しゅんのー?」
「え、俺もいいの? ありがとう」
二人から俺と瞬くんそれぞれ包みを受け取る。
中を取り出すと毛糸でできた帽子とマフラーだった。
「え、これってもしかして手作り?」
「そう! 千紗ちゃんすごいのよ、初めてなのに動画とか見て縄編みまでできちゃったの!」
「マフラーは私で、帽子はお母さんが作ったんだよ」
母に肩をぽんぽんと叩かれながら千紗は照れくさそうに笑った。
瞬くんに装着させてあげて、ぴったりーとはしゃいでいる。
「いつの間に作ってたの……? 大変だったでしょ」
「ううん、時間いっぱいあるもん」
「しゅんママたちがあみあみしてるのみたことあるー」
「ねー、瞬がテレビ見てるときとかやってたもんね」
そう言われて、先月母が言ってたことを思い出した。千紗はお留守番をしてクリスマスプレゼントを作っているのだと。なるほど、このことだったのか。通りで俺といる間そんな様子は見せないはずだ。
俺も帽子を被り、マフラーも巻いてみる。帽子の方は母が作ったと言うし、さすがの出来だった。マフラーもところどころ拙さはあるものの、とても初心者が作ったとは思えないきちんとした出来だった。毛糸のチョイスもいいのかもしれない。色味が派手すぎない渋めの緑で、好きな色だった。
「うん、すごい。ぴったりだ」
「よかったー」
そういえば、まだ今年はマフラーを出していない。俺は結構体温が高いタイプらしく、それほど寒さに弱くはないのだ。バス通学だし。
でも次からは絶対つけていこう……そしてみんなに自慢するんだ。
プレゼントしてもらった防寒具をつけてさっそく遊んでこいと母に追い出された。
別に追い出されなくたって河合さんのところに顔を出すつもりだったのだ。全く、人を引きこもりのように。
なにやら今年河合さんのお店はクリスマスモチーフでシーズンに合わせた絵本を入荷したり、ディスプレイにも多少凝っているようなのだ。SNSの方でちらりと写真を公開していたが、結構オシャレな様子だった。今日の夜には撤去してしまうので見にこいとのお達しだったのだ。
しかし息子とお揃いの帽子とマフラー姿はちょっとだけ恥ずかしい。
「マフラー、外しててもいいからね」
家を出て、坂を下っているとこそこそと千紗がそう話しかけてきた。
「え、なんで?」
「見るからに手作りだし……へたくそだからさ。子供がしてるのはともかく、大人が使うのは恥ずかしいよ」
「そんなことないよ、よくできてるじゃない」
「ううん……ごめんね」
え、ええ……なんで謝られるんだ……。
別におべっかなんか言ってないのに、千紗の顔は申し訳なさそうだった。
ううーん、全く気にならないのに。でも作った本人としては納得いかない出来だったのかな……。そういう気持ちはわかる気もするけど。
バス停の前に差し掛かると、瞬くんが大きな声をあげた。
「あー! ひろくんだ! ママーひろくんとあそびたいよーこうえんよろー?」
「ええ? でも河合さんのところ遊びに行くんだよ? バスももうすぐ来ちゃうし」
「パパとママいってていいよ」
「そういうわけにはいかないでしょ」
道路の向こうの公園でひろくんとおぼしき男の子がこちらに手を振っていて、ひろくんの母親らしき女性とお互い軽く会釈しあう。
「えーと……寄っていく?」
「だめだよ、帰るときいつも駄々こねて大変なんだから……」
「やだ! ひろくんとあそぶ!!」
そういうと瞬くんは地べたに座り込んだ。
「……これじゃ無理矢理バス乗せてもおおごとになりそうだよ」
「……うーん……」
車で出たほうがよかったかな。と少し後悔する。
「瞬ー、ひろくんと遊びたいのはわかるよ。でも先に河合さんと約束してたんだよ。約束破ったらダメでしょ?」
「しゅんはやくそくしてないもん。パパとママがかってにしたんだもん」
「確かに」
俺が頷くと「パパ!」と小さい唸り声で千紗に嗜められた。
「でも瞬も行きたいって言ってたじゃない。公園は帰って、ご飯食べてからにしよう」
「やだ!! ひろくんとあそびたいの!! ごはんたべたらひろくんかえっちゃうでしょ!」
確かに。と思ったが今度は俺は声には出しませんでしたよ。
しばらく二人で穏やかに宥めていたが、瞬くんはヒートアップする一方である。
千紗に小さい声で提案する。
「河合さんに遅れるってメールするよ。少し遊ばせて行こう」
「だめだよ、駄々こねたら思い通りになるって覚えちゃうでしょ?」
ううーん……でもどうしても行かなきゃいけない用事っていうわけでもないし……時間の融通は利くし……、道端やバスの中で泣かせ続けるわけにもいくまい、と思うのだが……。
千紗は小さくため息をついて、道路の先からバスがやってくるのを確認するとこちらを見上げた。
「パパごめん、一人で行っててくれる?」
「え? 二人で遊んでから来る?」
「ううん、今日はお出かけ中止。連れて帰るよ」
喚いているのに会話は聞こえているのか、瞬くんはやだー! と叫んでいる。
「ええ? いや、でも……だったらみんなで一旦戻って車でいこうよ。それか河合さんには連絡して午後にして貰ってもいいしさ」
「こんなグズってる状態で連れてっても気を遣わせるよ。それに遊ぶのはなし。この間だって瞬が駄々こねて公園で遊んでたからスーパーいけなかったんだよ? 結局お母さんにお買い物お願いしたんだから」
そ、そうなのか。でも普段いい子なんだし、こんなときくらいわがまま聞いてあげてもいい気がするんだが……。
しかし千紗はどうやら問題の解決というより瞬くんに我慢を覚えさせたいようだ。折れる気配はない。
「河合さんにはごめんねって言っておいて。あ、これ焼き菓子。渡してね」
「え、あ、うん……」
「ママやだ! ママやだ!! パパがいい!」
「はいはい」
千紗はなんでもないように瞬くんをだっこする。が、小柄な千紗が嫌がる瞬くんを抱えるのははたからみても明らかに大変そうだ。
「や、やっぱり俺が連れて帰るよ。千紗が行っておいで。それか連れて帰ってから俺一人で行くし」
「ううん、やだやだ言われてもなんでも言いなりになっちゃだめなんだよ」
そ、そういう意味ではないのだが。パパがいいという要望にも従いたくないらしい。
俺が一人おろおろしているうちにバスが到着してしまった。
少し悩んだが千紗も瞬くんも説得する時間もない。
「……瞬くん、我慢しようね」
ぽんぽんと頭を撫でてバスに乗った。「やだ!」という辛辣な返事が投げられるばかりである。難しい。
一見すると仕事に行く父親を涙ながら見送りに来た子供と母親に見えたりするんだろうか……。
ーーー
「それで一人できたの? バカなのかしら!」
河合さんは珍しく声が裏返るくらい大きな声で俺を非難した。
「ほかにどうしろっていうんだよ……」
「そこであなたが率先して怒らなくてどうするのよ。嫌だわ、損な役目ばっかり母親に押しつけて。世の中ってやっぱりそうなのね」
「そ、そんなつもりはないよ……結果的にそうなっただけで……」
河合さんのお店は当然本日絶賛営業中だ。ほかにも二組親子のお客さんがいる。
それでも俺の相手をしてくれているのは、なんと期間限定でアルバイトを雇っているからなのだ。俺の様子を見るなり、河合さんはお客さんの様子を見て、休憩に入るから何かあったらすぐ呼んで、と声をかけていつもの奥の小部屋に招いてくれた。
ちらっと見たが、バイトくんはなかなかの好青年である。近所に住む高校生らしい。怪しい……。絶対河合さんに惚れているはずだ……。
俺が訪れると河合さんは少し苦い顔をしたのだ。男を奥に引き込んでいるのを客に見られたくなかったと言う。一人で来たことを咎められた。そしてここにくるまでの経緯を説明した反応が先ほどの厳しい返答であった。
「普段から叱らずに甘やかしてるからパパがいいなんて言うんじゃないかしら」
「そ、それは……いや、それはタイミングの問題だよ。俺がいるときはあんまり叱られるようなことをしないし……」
「だったら尚更叱るべきタイミングは見逃しちゃだめよ。普段佐伯がその役を担っているんだから」
河合さんは瞬くんがいないときは千紗のことを未だに佐伯ということにしているようだ。そりゃあ慣れ親しんだ呼び名を変えるのは大変だろうけど、今はもう桐谷なのに……。
しかし、河合さんの言うこともわからないわけではなかった。
「……でも俺と千紗の、どこまで我が儘言ったら叱るっていう境界線が違うというか……俺が様子を見ている間に千紗が動いちゃうんだよ」
「そんなこと事前に相談しておきなさいよ」
ぐうの音も出ない。
でも本当に瞬くんが叱られるようなことをするのは珍しいことだと思うのだ。だからちょっとくらい……と思ってしまう。
河合さんはやれやれというように小さくため息をついたが、ちらりと俺が脱いだ帽子とマフラーに目を止める。
「それ佐伯が作ったの?」
「ああ……うん、マフラーはね。帽子はうちの母で、二人でクリスマスプレゼントとして作ってくれたんだって」
「そう、器用ね。愛されてるじゃない。こんな面倒なことわたしは絶対やらないわよ」
ちょっと誇らしい気持ちになる。だろう。すごいんだよ。
そう自慢しようとして、申し訳なさそうにマフラーを見る千紗の顔を思い出した。
「……でも千紗にはうまくできなかったからつけなくていい、とか言って謝られちゃったんだよね。上手に出来てるのに」
「あら……」
まあ、俺も料理でちょっと失敗したものを食べて貰うときは、全然気にならないと言われても一人で勝手に肩身が狭い気持ちになったことがある。そういう気持ちなのかな。
しかしまずい料理と違って別に実害はないんだし、本当に気にしなくていいんだけど。
「そういえば指輪してないじゃない。あなたはまだ渡せてないの?」
「ああー……うん、そうなんだよね……。二人になれる時間がなくて……。瞬くんがさ、サンタを捕まえるって言って遅くまで起きてて。今日中に渡すつもりなんだけどね」
「ふうん……」
「あのー河合さんすいません、ラッピングお願いしてもいいですか?」
「ああ、はいはい」
ひょっこりと顔を出したバイトの男の子に、すまなそうに数冊の本を渡されて河合さんはてきぱきとオシャレな包装紙で本を包んでいく。
「すみませんありがとうございます!」
丁寧に少年はお礼を言ってまたレジに戻っていった。
ううむ、イケメンだなあいつ……怪しい……。
「水を差すようなこと言っていいかしら」
「え、な、なに」
河合さんは指を組んで、なんだか重大発表でもしそうな顔をしていた。
なんとなくこちらも姿勢を正す。
「佐伯は自分のプレゼントを恥ずかしく思ってるわけでしょ。そんな佐伯にどう考えてもお金のかかってる立派な指輪をプレゼントしたら、余計に申し訳なく思うんじゃないかしら」
「…………」
考えてもみなかった。
た、たしかに、言われてみれば自分は手作りで、相手は少なくとも数万かけてるようなものをプレゼント交換……なんてさすがに気にする……かも。でもそれは友達関係だからで、夫婦間では違うんじゃないか……?
だって家計は同じなんだし、それなら金をかければいいという問題ではない。そして指輪はただの指輪じゃなくて結婚指輪のつもりで送るものなんだから、普通のプレゼントと同じように思われても困る。金をかけて当然だろう。
「……じゃ、じゃあいつ渡せばいいんだよ……!?」
「これはわたしが勝手に心配してるだけだから、気にせず自由にしたらいいと思うわよ」
こんな話されたあとじゃ気にしないわけにはいかないだろ……!
「で、でもさ、俺はプレゼントの価値は匹敵するっていうか、手作りのマフラーの方が手間も何百倍もかかってるし、指輪と比べて大したことないみたいな言い方されたくないな!」
「わたしはしてないわよ。佐伯がそう思いこむんじゃないかって言ってるだけよ」
「……はい……」
その通りである。あいつ、自分のことはネガティブで思いこみ激しいからなあ……。
しかし笑顔を見せたくて贈り物をするのに、それでしょげてしまうならない方がマシだ。
「どうしたら俺がちゃんと喜んでいることとか伝わるんだろう……」
「……カウンセリングとか……プロに任せた方がいいんじゃないかしら」
思わず顔をあげて河合さんの顔をまじまじとみる。
いつもと変わらない無表情のようだが、ちょっと気まずそうな顔をしているような気もした。
「……河合さんから見て、千紗ってそんなに重症に見える?」
「軽症でも病院には行ってもいいと思うけど……。だって昔の佐伯と全然違うじゃない。瞬くんの前では明るく振る舞ってるけど、そうじゃないときはしんどそうだわ」
「え……、そう、かな……」
河合さんの顔にまた呆れが浮かんだ。
まるでそんなことにも気付かないのかと責めるような目に、慌てて弁解する。
「いやっもちろん、前より控えめっていうか……大人しくなったとは思ってるよ? 心配だとも思うよ? でも……自分たちでどうにかできる範囲だと思っているというか……」
「はあ……まあいいけど……」
そう、わかってはいるのだ。でも最近はかなりリラックスして話してくれるようになったと思ってるし、二人きりの時だって冗談を言ったり楽しそうにしてくれてると思っている。……でも今でもまだ本当は何も千紗の中で解決していないんだろうかと、少し不安になってきた。特にここ数日は少しぶり返しているような気もするし。
「わたしは佐伯に何があって最近は何をしているのかなんて聞いてないから、的外れなことを言っている可能性はあるけど……、早く元に戻って欲しいとか、元気出して欲しいとか、励ましのつもりでも軽々しく口にするものではないと思うわよ。大体、誰よりも本人が一番よくなりたいって思ってるはずだもの」
「……そ、そう……だよね……」
それは十分、むしろ人よりわかっているつもりだった。人より元気に振る舞えない後ろめたさや焦りみたいなものは。
でも河合さんに言われるまで、少し頭から抜け落ちていた部分はあるかもしれない。
少し悔しい。
「……ごめんなさい、わたしより桐谷の方がずっと一緒にいるんですものね。わたしが知ったような口を聞くべきではなかったわ」
「あ、いやいや! ごめん、俺も確かに、ちょっと最近千紗のことちゃんとわかってやれてるか不安になってたから……多分河合さんの懸念は正しいものだと思う」
どうすればもっとお互い誤解や思いこみなく、相手のことをわかって自分のことを伝えられるんだろうか。そのためにはカウンセリングしかないのだろうか。それで治るのならそれでいいのだが、まず病院につれていくというのがかなり厄介そうだ。
もし千紗自身が自分をまったく問題がないと思っているのなら、診てもらいに行こうというのは俺が一方的に千紗に対して違和感を持っているということで、そうなると千紗はどう感じるのだろうか……。
俺がどうにか千紗の自信とか、そういう気分を上向きにする考え方を取り戻せたらと思うのだが、それは出過ぎた考えなんだろうか。俺が思っている以上に千紗は苦しんでいるんだろうか……。俺が勝手に意気込んでいるだけで、むしろ悪化させる可能性だってあるんだよな……。
せっかくのクリスマスなのに、悩み相談のようになってしまった。
昨日の夜から、少しよくない流れである。
それでも瞬くんの様子が気になる。千紗だって落ち込んでいるかもしれないし……。予定より早めに帰宅することにした。
そういえば、千紗と母は瞬くんにプレゼントを渡していたが、俺だけまだだ。サンタとしては渡したけどさ。何か本でも買って帰ろうかな、と言うと河合さんはまたちょっと呆れたような顔をした。
「わがまま言って怒られたところなんでしょ? そんなご機嫌伺いみたいなことしていいの?」
「……や、やめとく……」
……俺、もしかして甘やかしすぎなんだろうか。
たまに聞くよな。テレビなんかで母親やってるタレントが愚痴ってるの。子供のこと考えて叱ってるのに普段の様子を知りもしない父親が安易に物で釣ってしつけを台無しにするみたいな話。
……俺、それやってる……?
一度改めて、瞬くんとの接し方についてきちんと千紗と話した方がいいのかもしれない……。
千紗が頑張って俺の安眠を守ってくれていたようなのだが、それを振り切るレベルのテンションだった。っていうか踏まれた気がする。衝撃で目覚めた瞬間意味が分からなかった。
「パパ! パパ! おきて! テント! テントつくって!!」
「ああ、ああー……テント……どうしたのこれ……」
「サンタさんがくれたの! いいからきて!」
瞬くんがサンタさんに頼んだのは小さなテントだった。室内で使う子供用の可愛いやつだ。秘密基地制作に没頭していたので、こういう風にしたらという資料提供のつもりで画像を見せたら一目見て欲しい欲しいと大騒ぎだったのだ。
流行りの戦隊もののベルトや武器なんかはものすごい人気で、今の時期なかなか入手できないというのを千紗から聞いていたので、それを思えばありがたいチョイスだった。大人から見ても割と洒落てるし。
さて、問題は設置場所である。幸い我が家はスペースなら潤沢にある。けど瞬くんの様子を見れる場所となるとだいぶ限られてしまう。選択肢は寝室かリビングなどの共有スペースのどちらかだな。
リビングにはすでに秘密基地があるし、それを撤去はしたくないというのでへらへら笑いながら母に許可をとってダイニングに設置してみた。まあ、邪魔ならすぐに移動できるしな。
正直言うと俺もこういう屋内のテントで自分のスペースを作るのに憧れていたのだ。しかし子供の頃から自分の部屋を与えられていたので、一度もねだる機会がなかったのである。まあ、欲しいといえば買ってもらえただろうが。それを活かせるビジョンが思いつかなかった。
瞬くんはさっそくお気に入りのおもちゃやクッションを持ち出し、テントに詰め込んで居心地の良いように整え始めた。ハムスターみたいだ。
「ママ! きて!! はいっていいよ!」
「わあ~すごいねえ、瞬の家じゃん」
「そうなんだよねえ~、ママもつかっていいからさ!」
千紗は促されるまま身を屈めてテントの中に入り瞬くんの新居を誉めそやしている。瞬くんは得意げだ。俺は入れてもらえないんだろうか。
「ねえパパ、一緒に朝ご飯食べる? もう一回寝てくる?」
「あー、じゃあ食べようかな……。布団片づけてくるよ」
テントから顔を出しながら千紗に尋ねられる。
時間はまだ七時過ぎだった。瞬くんは夜更かししたから寝坊するだろうと踏んでいたのに、プレゼントへの期待が勝ったのだろうか。いつもよりも早い目覚めのようだ。
ふと、昨日の夜、千紗がうなされていたことを思い出した。
「千紗、大丈夫? 怖い夢とか見てない?」
「え。何? 夢をみた覚えはないけど……。どうしたのさ」
「いやあ、あー……ほら、寝てる横で瞬くんと騒いでたからさ、夢見が悪かったんじゃないかなと……」
ああ、と千紗は頷いた。それから別に何にもないよ〜と笑う。
まあ……夢だしな。あんまり心配してもしょうがないか。
朝食を終えるとだんだん頭もしゃっきりしてきた。
かといって今日はこれといった予定があるわけでもないのでソファでだらだらしているのだが……。
「瞬ーちょっときて」
千紗と母が俺の元に寄って来つつ瞬くんに声をかける。テント生活を満喫していた瞬くんはすぐに「なにー?」と聞きながら走ってやってきて、俺の隣に座った。
「あのね、クリスマスだからママとばあばからプレゼント!」
「おー! しゅんのー?」
「え、俺もいいの? ありがとう」
二人から俺と瞬くんそれぞれ包みを受け取る。
中を取り出すと毛糸でできた帽子とマフラーだった。
「え、これってもしかして手作り?」
「そう! 千紗ちゃんすごいのよ、初めてなのに動画とか見て縄編みまでできちゃったの!」
「マフラーは私で、帽子はお母さんが作ったんだよ」
母に肩をぽんぽんと叩かれながら千紗は照れくさそうに笑った。
瞬くんに装着させてあげて、ぴったりーとはしゃいでいる。
「いつの間に作ってたの……? 大変だったでしょ」
「ううん、時間いっぱいあるもん」
「しゅんママたちがあみあみしてるのみたことあるー」
「ねー、瞬がテレビ見てるときとかやってたもんね」
そう言われて、先月母が言ってたことを思い出した。千紗はお留守番をしてクリスマスプレゼントを作っているのだと。なるほど、このことだったのか。通りで俺といる間そんな様子は見せないはずだ。
俺も帽子を被り、マフラーも巻いてみる。帽子の方は母が作ったと言うし、さすがの出来だった。マフラーもところどころ拙さはあるものの、とても初心者が作ったとは思えないきちんとした出来だった。毛糸のチョイスもいいのかもしれない。色味が派手すぎない渋めの緑で、好きな色だった。
「うん、すごい。ぴったりだ」
「よかったー」
そういえば、まだ今年はマフラーを出していない。俺は結構体温が高いタイプらしく、それほど寒さに弱くはないのだ。バス通学だし。
でも次からは絶対つけていこう……そしてみんなに自慢するんだ。
プレゼントしてもらった防寒具をつけてさっそく遊んでこいと母に追い出された。
別に追い出されなくたって河合さんのところに顔を出すつもりだったのだ。全く、人を引きこもりのように。
なにやら今年河合さんのお店はクリスマスモチーフでシーズンに合わせた絵本を入荷したり、ディスプレイにも多少凝っているようなのだ。SNSの方でちらりと写真を公開していたが、結構オシャレな様子だった。今日の夜には撤去してしまうので見にこいとのお達しだったのだ。
しかし息子とお揃いの帽子とマフラー姿はちょっとだけ恥ずかしい。
「マフラー、外しててもいいからね」
家を出て、坂を下っているとこそこそと千紗がそう話しかけてきた。
「え、なんで?」
「見るからに手作りだし……へたくそだからさ。子供がしてるのはともかく、大人が使うのは恥ずかしいよ」
「そんなことないよ、よくできてるじゃない」
「ううん……ごめんね」
え、ええ……なんで謝られるんだ……。
別におべっかなんか言ってないのに、千紗の顔は申し訳なさそうだった。
ううーん、全く気にならないのに。でも作った本人としては納得いかない出来だったのかな……。そういう気持ちはわかる気もするけど。
バス停の前に差し掛かると、瞬くんが大きな声をあげた。
「あー! ひろくんだ! ママーひろくんとあそびたいよーこうえんよろー?」
「ええ? でも河合さんのところ遊びに行くんだよ? バスももうすぐ来ちゃうし」
「パパとママいってていいよ」
「そういうわけにはいかないでしょ」
道路の向こうの公園でひろくんとおぼしき男の子がこちらに手を振っていて、ひろくんの母親らしき女性とお互い軽く会釈しあう。
「えーと……寄っていく?」
「だめだよ、帰るときいつも駄々こねて大変なんだから……」
「やだ! ひろくんとあそぶ!!」
そういうと瞬くんは地べたに座り込んだ。
「……これじゃ無理矢理バス乗せてもおおごとになりそうだよ」
「……うーん……」
車で出たほうがよかったかな。と少し後悔する。
「瞬ー、ひろくんと遊びたいのはわかるよ。でも先に河合さんと約束してたんだよ。約束破ったらダメでしょ?」
「しゅんはやくそくしてないもん。パパとママがかってにしたんだもん」
「確かに」
俺が頷くと「パパ!」と小さい唸り声で千紗に嗜められた。
「でも瞬も行きたいって言ってたじゃない。公園は帰って、ご飯食べてからにしよう」
「やだ!! ひろくんとあそびたいの!! ごはんたべたらひろくんかえっちゃうでしょ!」
確かに。と思ったが今度は俺は声には出しませんでしたよ。
しばらく二人で穏やかに宥めていたが、瞬くんはヒートアップする一方である。
千紗に小さい声で提案する。
「河合さんに遅れるってメールするよ。少し遊ばせて行こう」
「だめだよ、駄々こねたら思い通りになるって覚えちゃうでしょ?」
ううーん……でもどうしても行かなきゃいけない用事っていうわけでもないし……時間の融通は利くし……、道端やバスの中で泣かせ続けるわけにもいくまい、と思うのだが……。
千紗は小さくため息をついて、道路の先からバスがやってくるのを確認するとこちらを見上げた。
「パパごめん、一人で行っててくれる?」
「え? 二人で遊んでから来る?」
「ううん、今日はお出かけ中止。連れて帰るよ」
喚いているのに会話は聞こえているのか、瞬くんはやだー! と叫んでいる。
「ええ? いや、でも……だったらみんなで一旦戻って車でいこうよ。それか河合さんには連絡して午後にして貰ってもいいしさ」
「こんなグズってる状態で連れてっても気を遣わせるよ。それに遊ぶのはなし。この間だって瞬が駄々こねて公園で遊んでたからスーパーいけなかったんだよ? 結局お母さんにお買い物お願いしたんだから」
そ、そうなのか。でも普段いい子なんだし、こんなときくらいわがまま聞いてあげてもいい気がするんだが……。
しかし千紗はどうやら問題の解決というより瞬くんに我慢を覚えさせたいようだ。折れる気配はない。
「河合さんにはごめんねって言っておいて。あ、これ焼き菓子。渡してね」
「え、あ、うん……」
「ママやだ! ママやだ!! パパがいい!」
「はいはい」
千紗はなんでもないように瞬くんをだっこする。が、小柄な千紗が嫌がる瞬くんを抱えるのははたからみても明らかに大変そうだ。
「や、やっぱり俺が連れて帰るよ。千紗が行っておいで。それか連れて帰ってから俺一人で行くし」
「ううん、やだやだ言われてもなんでも言いなりになっちゃだめなんだよ」
そ、そういう意味ではないのだが。パパがいいという要望にも従いたくないらしい。
俺が一人おろおろしているうちにバスが到着してしまった。
少し悩んだが千紗も瞬くんも説得する時間もない。
「……瞬くん、我慢しようね」
ぽんぽんと頭を撫でてバスに乗った。「やだ!」という辛辣な返事が投げられるばかりである。難しい。
一見すると仕事に行く父親を涙ながら見送りに来た子供と母親に見えたりするんだろうか……。
ーーー
「それで一人できたの? バカなのかしら!」
河合さんは珍しく声が裏返るくらい大きな声で俺を非難した。
「ほかにどうしろっていうんだよ……」
「そこであなたが率先して怒らなくてどうするのよ。嫌だわ、損な役目ばっかり母親に押しつけて。世の中ってやっぱりそうなのね」
「そ、そんなつもりはないよ……結果的にそうなっただけで……」
河合さんのお店は当然本日絶賛営業中だ。ほかにも二組親子のお客さんがいる。
それでも俺の相手をしてくれているのは、なんと期間限定でアルバイトを雇っているからなのだ。俺の様子を見るなり、河合さんはお客さんの様子を見て、休憩に入るから何かあったらすぐ呼んで、と声をかけていつもの奥の小部屋に招いてくれた。
ちらっと見たが、バイトくんはなかなかの好青年である。近所に住む高校生らしい。怪しい……。絶対河合さんに惚れているはずだ……。
俺が訪れると河合さんは少し苦い顔をしたのだ。男を奥に引き込んでいるのを客に見られたくなかったと言う。一人で来たことを咎められた。そしてここにくるまでの経緯を説明した反応が先ほどの厳しい返答であった。
「普段から叱らずに甘やかしてるからパパがいいなんて言うんじゃないかしら」
「そ、それは……いや、それはタイミングの問題だよ。俺がいるときはあんまり叱られるようなことをしないし……」
「だったら尚更叱るべきタイミングは見逃しちゃだめよ。普段佐伯がその役を担っているんだから」
河合さんは瞬くんがいないときは千紗のことを未だに佐伯ということにしているようだ。そりゃあ慣れ親しんだ呼び名を変えるのは大変だろうけど、今はもう桐谷なのに……。
しかし、河合さんの言うこともわからないわけではなかった。
「……でも俺と千紗の、どこまで我が儘言ったら叱るっていう境界線が違うというか……俺が様子を見ている間に千紗が動いちゃうんだよ」
「そんなこと事前に相談しておきなさいよ」
ぐうの音も出ない。
でも本当に瞬くんが叱られるようなことをするのは珍しいことだと思うのだ。だからちょっとくらい……と思ってしまう。
河合さんはやれやれというように小さくため息をついたが、ちらりと俺が脱いだ帽子とマフラーに目を止める。
「それ佐伯が作ったの?」
「ああ……うん、マフラーはね。帽子はうちの母で、二人でクリスマスプレゼントとして作ってくれたんだって」
「そう、器用ね。愛されてるじゃない。こんな面倒なことわたしは絶対やらないわよ」
ちょっと誇らしい気持ちになる。だろう。すごいんだよ。
そう自慢しようとして、申し訳なさそうにマフラーを見る千紗の顔を思い出した。
「……でも千紗にはうまくできなかったからつけなくていい、とか言って謝られちゃったんだよね。上手に出来てるのに」
「あら……」
まあ、俺も料理でちょっと失敗したものを食べて貰うときは、全然気にならないと言われても一人で勝手に肩身が狭い気持ちになったことがある。そういう気持ちなのかな。
しかしまずい料理と違って別に実害はないんだし、本当に気にしなくていいんだけど。
「そういえば指輪してないじゃない。あなたはまだ渡せてないの?」
「ああー……うん、そうなんだよね……。二人になれる時間がなくて……。瞬くんがさ、サンタを捕まえるって言って遅くまで起きてて。今日中に渡すつもりなんだけどね」
「ふうん……」
「あのー河合さんすいません、ラッピングお願いしてもいいですか?」
「ああ、はいはい」
ひょっこりと顔を出したバイトの男の子に、すまなそうに数冊の本を渡されて河合さんはてきぱきとオシャレな包装紙で本を包んでいく。
「すみませんありがとうございます!」
丁寧に少年はお礼を言ってまたレジに戻っていった。
ううむ、イケメンだなあいつ……怪しい……。
「水を差すようなこと言っていいかしら」
「え、な、なに」
河合さんは指を組んで、なんだか重大発表でもしそうな顔をしていた。
なんとなくこちらも姿勢を正す。
「佐伯は自分のプレゼントを恥ずかしく思ってるわけでしょ。そんな佐伯にどう考えてもお金のかかってる立派な指輪をプレゼントしたら、余計に申し訳なく思うんじゃないかしら」
「…………」
考えてもみなかった。
た、たしかに、言われてみれば自分は手作りで、相手は少なくとも数万かけてるようなものをプレゼント交換……なんてさすがに気にする……かも。でもそれは友達関係だからで、夫婦間では違うんじゃないか……?
だって家計は同じなんだし、それなら金をかければいいという問題ではない。そして指輪はただの指輪じゃなくて結婚指輪のつもりで送るものなんだから、普通のプレゼントと同じように思われても困る。金をかけて当然だろう。
「……じゃ、じゃあいつ渡せばいいんだよ……!?」
「これはわたしが勝手に心配してるだけだから、気にせず自由にしたらいいと思うわよ」
こんな話されたあとじゃ気にしないわけにはいかないだろ……!
「で、でもさ、俺はプレゼントの価値は匹敵するっていうか、手作りのマフラーの方が手間も何百倍もかかってるし、指輪と比べて大したことないみたいな言い方されたくないな!」
「わたしはしてないわよ。佐伯がそう思いこむんじゃないかって言ってるだけよ」
「……はい……」
その通りである。あいつ、自分のことはネガティブで思いこみ激しいからなあ……。
しかし笑顔を見せたくて贈り物をするのに、それでしょげてしまうならない方がマシだ。
「どうしたら俺がちゃんと喜んでいることとか伝わるんだろう……」
「……カウンセリングとか……プロに任せた方がいいんじゃないかしら」
思わず顔をあげて河合さんの顔をまじまじとみる。
いつもと変わらない無表情のようだが、ちょっと気まずそうな顔をしているような気もした。
「……河合さんから見て、千紗ってそんなに重症に見える?」
「軽症でも病院には行ってもいいと思うけど……。だって昔の佐伯と全然違うじゃない。瞬くんの前では明るく振る舞ってるけど、そうじゃないときはしんどそうだわ」
「え……、そう、かな……」
河合さんの顔にまた呆れが浮かんだ。
まるでそんなことにも気付かないのかと責めるような目に、慌てて弁解する。
「いやっもちろん、前より控えめっていうか……大人しくなったとは思ってるよ? 心配だとも思うよ? でも……自分たちでどうにかできる範囲だと思っているというか……」
「はあ……まあいいけど……」
そう、わかってはいるのだ。でも最近はかなりリラックスして話してくれるようになったと思ってるし、二人きりの時だって冗談を言ったり楽しそうにしてくれてると思っている。……でも今でもまだ本当は何も千紗の中で解決していないんだろうかと、少し不安になってきた。特にここ数日は少しぶり返しているような気もするし。
「わたしは佐伯に何があって最近は何をしているのかなんて聞いてないから、的外れなことを言っている可能性はあるけど……、早く元に戻って欲しいとか、元気出して欲しいとか、励ましのつもりでも軽々しく口にするものではないと思うわよ。大体、誰よりも本人が一番よくなりたいって思ってるはずだもの」
「……そ、そう……だよね……」
それは十分、むしろ人よりわかっているつもりだった。人より元気に振る舞えない後ろめたさや焦りみたいなものは。
でも河合さんに言われるまで、少し頭から抜け落ちていた部分はあるかもしれない。
少し悔しい。
「……ごめんなさい、わたしより桐谷の方がずっと一緒にいるんですものね。わたしが知ったような口を聞くべきではなかったわ」
「あ、いやいや! ごめん、俺も確かに、ちょっと最近千紗のことちゃんとわかってやれてるか不安になってたから……多分河合さんの懸念は正しいものだと思う」
どうすればもっとお互い誤解や思いこみなく、相手のことをわかって自分のことを伝えられるんだろうか。そのためにはカウンセリングしかないのだろうか。それで治るのならそれでいいのだが、まず病院につれていくというのがかなり厄介そうだ。
もし千紗自身が自分をまったく問題がないと思っているのなら、診てもらいに行こうというのは俺が一方的に千紗に対して違和感を持っているということで、そうなると千紗はどう感じるのだろうか……。
俺がどうにか千紗の自信とか、そういう気分を上向きにする考え方を取り戻せたらと思うのだが、それは出過ぎた考えなんだろうか。俺が思っている以上に千紗は苦しんでいるんだろうか……。俺が勝手に意気込んでいるだけで、むしろ悪化させる可能性だってあるんだよな……。
せっかくのクリスマスなのに、悩み相談のようになってしまった。
昨日の夜から、少しよくない流れである。
それでも瞬くんの様子が気になる。千紗だって落ち込んでいるかもしれないし……。予定より早めに帰宅することにした。
そういえば、千紗と母は瞬くんにプレゼントを渡していたが、俺だけまだだ。サンタとしては渡したけどさ。何か本でも買って帰ろうかな、と言うと河合さんはまたちょっと呆れたような顔をした。
「わがまま言って怒られたところなんでしょ? そんなご機嫌伺いみたいなことしていいの?」
「……や、やめとく……」
……俺、もしかして甘やかしすぎなんだろうか。
たまに聞くよな。テレビなんかで母親やってるタレントが愚痴ってるの。子供のこと考えて叱ってるのに普段の様子を知りもしない父親が安易に物で釣ってしつけを台無しにするみたいな話。
……俺、それやってる……?
一度改めて、瞬くんとの接し方についてきちんと千紗と話した方がいいのかもしれない……。