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17章

「先輩センターの就職蹴ったってマジ!?」

 俺の個人情報は一体どうなっているのか。
 久しぶりに大学の図書館で調べ物をしていると、さらに久しぶりな筒井さんの声が飛び込んできた。

「あれ、動物医学ぅ? 先輩今度は獣医さんにでもなんの? 慌ただしーね」
「筒井さんほどではないよ。これはただの趣味」
「ペット飼ってんの? うち犬いるよ。半年前から飼い始めたの」

 あ、写真みるー? と彼女はスマホを取り出したところで、ちがうちがうと一人でぶんぶん首を振った。

「なんでセンター諦めちゃったの!? エリート街道まっしぐらだったのに!」
「筒井さん、ここ図書館だから……」

 周りの視線がものすごく痛い。俺は諦めて本を棚に戻した。


「どこでそんな情報手に入れたのかな」

 図書館のすぐ前にあるベンチに筒井さんは座り、俺はその筒井さんを見下ろして立っていた。やや責め立てるような気持ちもあったのだが、彼女は一切動じない。

「サークルの先輩がね、センター就職予定なんだよね。で、この前説明会みたいなものあったらしくて、そこに先輩がこなかったっていうから」

 ああ、そんなものあったのか……。当然俺は呼ばれる訳がないのだが、そうはっきり伝えられるとちょっと仲間外れ感というか、切ないものを感じる。一体連中はどんな風に思っただろうか。何か仕出かして外されたと解釈するのだろうか。今の所変な噂は筒井さんからしか耳に入っていないけど。

「ところでサークルって?」
「映研」

 河合さんや和泉が喜びそうだな……。
 筒井さんは謎に顔が広い。研究なども忙しいだろうに、サークル活動にも熱心だ。俺とは大違いである。

「ねえねえねえなんで? 別についてけなかったってことはないでしょ? 先輩なんでも飄々とこなすし」

 なんだそのイメージ。俺はどこからどうみたって努力一本でなんとかやってきているのだが。
 俺は自販機で買ったいちごラテを口に含みつつ、適当な言い訳を考える。

「病院の方が、いろんな人に会えるだろ。医療従事者とか、患者さんとか。そういうところの方が性に合ってると思っただけだよ」
「えええ~? それだけえ? だったらセンターで勤めた後転職すればいいじゃん。逆は無理なんだよ?」
「……俺はそこまで仕事に対して向上心は持っていないから、自分が納得できる職場にいられたらそれでいいんだよ」

 筒井さんは納得できないらしい。じっとりとした文句を言いたげな視線を絶えず送ってくる。なんで筒井さんに進路のことで責められなくてはいけないんだ……?
 ……しかしさすがに、真実を話すのは避けたい。
 もしここで全てを話して残りの大学生活が、みんなに遠巻きにされ変な噂の尾ひれまでついて居づらくなるのは、やっぱり避けたかった。
 ……でも隠そうとすればするほど、誰よりも俺自身が千紗や瞬くんのことを恥と思っているようで、ものすごく苦しい気持ちになる。
 そういうわけではないのだ、と何度も自分で自分に対して言い訳する。だって、誰も千紗のことも瞬くんのことも知らないのだ。知らないのに、勝手に憶測で、きっと悪い方に噂するのだと思うと、嫌じゃないか。
 ……でも、俺と瞬くんの年齢差は一生変わらないんだよな。高校時代に子供ができたってことは、絶対に隠しようがないことだ。
 傷つきたくないがために嘘をついて隠して、そのことを知って悲しむのは千紗と瞬くんだよな……。

「え、何、先輩怒ってる……?」
「ええっ、あ、いやいや、ごめん、ちょっと考え事してて……」

 しまった。顔に出てしまっていたか。平静を装う。

「まあとにかく、心配は無用だよ。仕事内容は対して変わらないんだし」
「先輩がよくても、あたしセンターの研究所に就職希望だからさあ、てっきり大学卒業しても一緒じゃん! って思ってたから、ショック~」
「え。なにそれ。今も俺のこと好きなの?」
「うわっ」

 筒井さんは顔をしかめてこちらを見上げて、本気で引いているようだ。

「やばいよ先輩、その自信満々な態度。さすがにちょっと引く」
「うん。そうみたいだね。ごめん」

 確かに客観的に聞いてみると酷いな。とんでもない自信過剰の勘違い野郎みたいだ。

「筒井さん彼氏できたんでしょ。俺がどこに行こうと、その相手と同じところにいければいいじゃないか」
「ねえ先輩それいつの話!? もうとっくに別れたし! やめてよもう」
「あ、ご、ごめん。知らなかった」

 いや、んなこと知る訳ないだろ。なんで謝ってしまったんだ。俺は。

「なんで別れたの? 浮気でもされた?」
「え、興味持つの……? 別にただの性格の不一致ってやつ」
「へえ……」

 正直、俺の周りでは惚れた腫れたの話題が少なすぎるのだ。
 馬場ののろけなんざ聞きたくないからシャットアウトしているのもあるけど、他の子も恋愛経験がない子の割合が多いし、あっても人に話さないタイプだと思う。きっとそういう話題が好きなやつはそういうタイプで固まるんだろう。河合さんたちだってあんな調子だし。
 まあ、俺だって他人の色恋に興味があるわけじゃないし、聞いてほしいとも思わない。
 でもさすがに何にも情報がないと、この先自分たちもトラブルが起きたとき対処しきれないかもしれないじゃないか。誤解とか、無知とか、知識で対策できる部分もあるだろうし。
 男女の考え方の違いとかさ。……まあ、千紗の場合それが当てはまるのかはわからないけど。
 事前にそういった情報を集めておきたいという気持ちと、やぶ蛇になりかねないという防衛本能がせめぎあう。

「え、待って先輩彼女できた?」
「ええっ!? 何、急に」

 いや、話の前後的にそれほど急でもないのか?
 そこで思い出した。そうだ、たしか彼女は人の心が読めるのだ。今もまだその力は失われていないのだろうか。

「なんか……前会ったときより心の余裕っていうか……そういう……ううーん、最近精度落ちてるからわかんないけど……」

 しらばっくれるか。

「いやっでもこれは……、……できたでしょ?」
「は、はあ……まあ……」

 無理だった。

「えー! ショックー! あ、別に狙ってたとかじゃないからね。やめてね。修羅場りたくないから。でもさー、別に付き合いたいわけじゃないけどその人が誰かと付き合ったらショックって感覚、あるじゃん」

 そう一気にまくし立てられても反応に困る。
 わからないでもないけど。

「えっ、えっ、それって、前から好きだった人……?」
「そ、そうだけど……あまり騒がないでよ……」
「えー! やっばー!! なにしれっと成就させてんのー!? ありえないんだけど! 普通報告しない?」
「なんで!?」

 その後何故か千紗について根ほり葉ほり聞こうとしたり会ってみたいから場を設けろと迫ってきたりするのをなんとか跳ねのけ、他言無用を約束させるまで数十分を要した。……したものの、大学の敷地内で、いちいち大きな声でリアクションされるものだから、隠しきれたとは思えないが……。
 まあ、知られたところで俺の恋愛に興味を持つやつなんて、筒井さんくらいのもんだろうけど……。


「彼女できたってマジか!?」

 いた……。
 まあ、馬場に昼食に連れ出されたところで薄々勘づいてはいたさ……。

「つ、筒井さんから聞いたの……?」
「いや、筒井さんと話しているのを他のやつが聞いてた」

 なんで人の話を当然のように盗み聞きしてそれをさらに他の相手に話すんだ……? 恥ずかしいとは思わないのか!

「…………前元カノ捜してるっていったろ。見つかってヨリを戻したってだけだよ」
「あーそんな話もあったっけ?」

 こ、こいつ……。完全に忘れてた顔をしている。殴りたい。
 筒井さんが興味を持つのはわかる。でもこいつは本当にただその場その場の好奇心で動いているだけだ。やってられない。

「いやー一時期男好きなんじゃないかという噂が広がったときはこのままの関係でいいのか心配したりもしたけど、納まるところに納まってよかったじゃん!」
「それはどうも……」

 ちょいちょいその噂流れるのはなんでなんだ……。
 かつて元カノがどうのと話したときの馬場ならいざしらず、多少の恋愛経験を経た今の馬場は余裕の表情である。生意気だぞ。
 しかし、誰が付き合ってるとか付き合ってないとか、他人は気にもしないと思っていたのだが、意外と周りの人間は俺のことを見ていたらしい。聞けよ、俺に直接。知らないところで噂するな。

「じゃあ今度紹介がてらダブルデートでもしねえ?」
「嫌だよ……。なんで紹介しなきゃならないんだよ」
「いやいやいや友達だろ!? オレたちの仲じゃーん!」
「知るか!」

 彼女できてしばらくはもう友達なんかいらんとばかりに付き合いが減ったくせに、よくそんな口叩けるな。ぶっ飛ばすぞ。
 それに馬場の彼女は俺も知り合いだけど、千紗は完全にアウェイじゃないか。そんなメンバーでデートなんて行ったって…………いや、千紗は気にしないのか……?
 でも俺が逆の立場だったら絶対に嫌だ。人見知りはしない方だけど、だからって彼女以外知らない相手と遊びに行って楽しめる器はない。
 大体、紹介してどうするんだ。会う機会があればでいいじゃないか。わざわざ紹介する機会を作る意味はわからない。そんな仲間意識これまで育んだつもりはないし。

 ……でも、千紗は今同年代の友達がまったくいない環境なんだよな……。
 そりゃあ河合さんはいるけどさ。元々大勢の友達に囲まれていたタイプだから、もしかしたら今の状況ってストレスが溜まったりするもんなんだろうか……。

---

「大学の友達?」

 この日はバイトもなかったため、日の登っているうちに帰宅することができた。千紗は瞬くんの工作の手伝いをしながらきょとんとしている。
 瞬くんは大きな段ボールを組み合わせてリビングに秘密基地を作るのがマイブームらしい。毎日少しずつ設備が整って行っている。

「そうなんだよ。話の流れで彼女ができたっていう風にバレちゃってさ。紹介しろだのダブルデートしようだのうるさくて。意外と他人って人のこと興味あるんだね」
「へえー! そっか、確かに大学生ってそういうのありそうだね。サークルの仲間に彼女紹介するみたいなの、あるよね」

 よく知らないけど、と付け加えながら千紗は面白そうに笑った。彼女の中で大学というのはマンガやドラマの世界なのだ。

「俺はサークルとか入ってないし、そういう濃い仲間同士の繋がりとかはなにもないんだけどね。ただずっと女っ気なかったから面白がってるだけだよ」
「え、モテないの……?」
「ち、違うよ、モテ……いや、モテはしてない……けど……」

 これどう言っても気まずくないか? モテモテだよ、なんて言えないし、っていうか嘘だし。モテないよ、なんてあなたの旦那そんなに価値ないですよ、っていうようなものじゃないか。

「パパーしゅんさー、ここにロケットつけたいんだけどさー、なんかいいのない?」
「ロケット? うーん、空のペットボトルとか、空き缶とか……トイレットペーパーの芯とか使えばいいんじゃない?」
「これ? さんかっけーのさきっちょほしいんだよー」

 転がってきたトイレットペーパーの芯を持ち、瞬くんはこまったなーと言う。ううーん、一体どういうクオリティのものを望んでいるのか。瞬くんでも量産可能なレベルがよいのだろうか。

「それは折り紙をこう……円錐にして……ハサミで縁を切ってさ……」
「おおー!」

 あ、でも思ったよりバランスよく固定するのが難しいな。
 しかし瞬くんはまるで神の手でも見るかのようにキラキラした視線を送ってくれるので気持ちがいい。

「いいじゃん」
「えっ!?」

 瞬くんの急に落ち着いた感想に驚いてしまった。い、いいじゃんって……そんな流暢で今時っぽい言葉を使うようになったのか……!? いつの間に……。

「お、俺もしかして瞬くんの成長見逃してる……?」
「そっそんなことないよ、よく見てくれてるよ」
「パパ、やるじゃん!」
「ええっ!? ど、どうもありがとう……」

 何? なんの影響?
 今まで絵本やアニメの芝居がかった話し方を真似することはあったけどさ。
 働き始めたらこんな風に知らないうちに新しいことをどんどん覚えていくのが増えていくんだろうか。ちょっと切ないな。

「いやー……友達とだらだら飲むより、やっぱり瞬くん見てる方が有意義だよね……」
「それ、多分すごく珍しいんじゃない? 飲み会とかいって帰ってこなくて全然育児協力してくれない旦那みたいな話多いんじゃないのかな」
「ああ……でも俺の場合赤ん坊のときとか、本当にしんどいときは協力できなかったからさ」

 赤ん坊の世話なんて当然やったこともないので、その大変さは想像するしかない。しかし想像するだけでしんどいであろうことくらいはわかる。夜泣きとか、おむつ替えとか、イヤイヤ期だとか、いわゆる育児での大変な部分は全部千紗に押しつけてきてしまったのだ。

「飲み会か~、昔は私もそういうの参加するのかなーって思ってたけど、今は考えらんないなあ」
「お酒は飲める方?」
「わかんない。でも子供舌だから、多分おいしくない気がするんだよね。苦いんでしょ?」
「カクテルなら平気だと思うけど……」

 そうか、瞬くん中心の生活だったわけだし、飲む暇ないよな……。
 でも今はうちの母も見てくれることだし、飲みに行くのが無理でも家で晩酌とかなら今の環境だって十分できる。
 酔うとどうなるタイプだろうか。酒乱だったらちょっとやだな。というか瞬くんに見せたくないな。でも酔った姿というのが本性という話もあるし、それほど酷いことにはならないのではという気持ちもある。

「ちょっと買い物に言ってこようかなあ……」
「あ、ほんと? じゃあトイレットペーパーとしょうがのチューブもお願い! お母さんにも何か足らないものないか聞いてみて」
「しゅんはこぷぽんおねがいします」
「ポップコーンね、フライパンみたいになってるやつ」

 ……コンビニでお酒買ってくるだけのつもりだったんだけど、車借りるか……。
 でも今のすごく夫婦っぽくて、いい。
 前はちょっと瞬くんにジュースを買うだけでも自分で払うと財布を持ち出してきたのに、最近そういうやりとりはなくなった。うん。すごく夫婦っぽい。にやにやしてしまう。


 甘くてお酒が苦手な女性にもおすすめと評判のチューハイを二種類購入してみた。どっちかは気に入るだろう。
 それから言いつけられた商品もきちんと買って、うきうきとしながら俺は帰宅した。
 夜、瞬くんを寝かしつけたあと、教材を広げる千紗をちょっと待ってと止めた。

「お酒、挑戦してみようよ」
「えっ? あ、これジュースじゃなかったんだ」

 千紗はノートを閉じ、正座姿のままちょっとだけこちらに寄る。
 千紗は俺の手から一本缶チューハイを受け取ると、興味津々と言った様子でパッケージを眺めている。よしよし。

「これって甘いの?」
「らしいよ。俺は飲んだことないけど、殆どジュースだって言ってるの聞いたことある」
「へえー。だったらジュース飲めばいいのに」

 な、何……?

「いや、ジュースじゃ酔えないでしょ」
「あ、そっか?」

 俺は酔わない性質なのであまりわからないけど、でもなんとなく陽気な雰囲気になるのはわかるし。
 酔うという感覚がわからない人間にその有用性を説いても仕方ないか。物は試しである。

「千紗は酔ったらどうなるタイプかな~」
「わーっ楽しみ~」

 ぱちぱちと無邪気に喜ぶ千紗に好きな味を選ばせる。
 最近はもう二人きりでも瞬くんと一緒のときのように明るい千紗だから嬉しいんだよな。はじめのうちはやっぱりしおらしいというか、遠慮がちというか、うっすら緊張しているというか……とにかく無理させている感じがしていたのだ。俺は空回りしていたと思う。いまいち楽しみ方を忘れてしまっているみたいな様子だった。隙あらば瞬くんの様子を見に行っていたし。
 下手にあれこれ誘うのも余計無理させるんじゃないかと気にしていたのだが、ずっとこのままならものすごく負担をかけてしまうのではないかと心配していたのだが、少しずつ明るい千紗に戻ってくれてよかった。
 やっぱりいくらこちらが自分の家だと思って自由に好きに伸び伸びしてね、と言われてもそのまま素直に従えるわけはないしな。昼間は家事をして、夜はきちんと勉強をするという役目がある方が居心地がいいのかもしれない。
 仕事をはじめたら、課題がなくなる分夜はむしろもっと二人の時間はとれたりするのかもしれない。そうしたらたまにはこうして晩酌するのもすごくいい大人の時間になるだろう。
 今はちょっとだけ、たまにだけ、息抜きだ。

「…………にが~い! 私これダメ!」
「え、ええー……?」

 しかしアルコールは千紗に驚くほど不評だった。 
 独特の匂いや苦味を敏感に感じ取ってしまうらしい。ビールなんて夢のまた夢だろう。

「せっかく買ってきてくれたのにごめんね?」
「い、いや……いいけど……、ええ? これ、だめ?」
「だって……匂いもなんか頭にきゅーんとくるし、味は無糖の炭酸みたいで苦いよ、これおいしいの? ほんとに?」

 そ、そんな……。俺も甘いお酒に詳しいわけではないけど、でもこれなら飲めるってCMでも言ってたのに……。
 いや、チューハイがダメなだけかもしれない。蒸留酒と醸造酒でも得意不得意別れることあるって聞いたことあるし。

「……今度居酒屋とかバー行ってみる?」
「えー、やだよお。お店の人の前でまずいまずい言えないもん」

 ですよね……。
 結局俺はもう一本も自分で飲もうと開けてしまっていたので、一人で二本空けた。まあ、間接キスできたからいいか……。
 ……いや、間接キスで喜ぶって……22歳が……。
 千紗は自分が飲むのは嫌でも興味が消えるわけではないらしい。こちらの様子を伺うように見つめてくる。照れちゃう。

「まずくないの?」
「別にまずいってことはないよ」
「酔っぱらってきた?」
「俺お酒強いみたいで酔わないんだよね」

 はえーと千紗は感心するように頷いた。

「じゃあ瞬はどっち似だろうね。せっかくならお酒楽しめる方がいいよね」
「千紗は味がだめなだけで、まだアルコールに弱いのかどうかもわからないからなあ……」

 ……まあ、俺みたいにいくらでも飲めるのが楽しめているかっていったらまた別だろう。そりゃあ色々味など楽しめていいけど、千紗みたいに味がダメなら飲めてもしょうがないし。

「もしかして私が酔っぱらってるとこ見たかった?」
「若干?」

 いや、うそだ。かなり見たかった。
 でも二日酔いなんかになったらかわいそうだから、これでよかったのだと思おう。

「あのさ……もしかして、飲み会とかで私のこと友達に紹介とかしたかったんじゃない?」
「ええっ?」
「ほら、学校から帰ったとき言ってたでしょ?」

 なんでそうなる? 考えてもいなかったことなので驚いてしまった。ああ、そうか。飲み会に連れて行くためのお試しだと思ったのか。

「そういうことは考えてなかったよ。まあ、千紗も同年代の新しい友達とかほしいのかなあとかは思ったけど、俺が千紗の立場だったら知らない人に囲まれるの嫌だからさ」
「あ、そうなの? そっか、私てっきりなにか、こう、バーベキューとか、居酒屋とか、そういうところに行くことあるのかなって思っちゃった」

 ああ……典型的な陽気な大学生のノリだな……。誘われても絶対に行かないので安心して欲しい。千紗がよくても俺が嫌だ。

「私こう見えてお一人様平気なタイプだし、別に気にしなくていいよ? 河合さんもいるし」
「そ、そうかな……?」
「うん。それに流のお友達に色々質問されたら困っちゃうもん。今何してるのかとか、答えづらいし」

 むむむ。これは俺の身から出た錆なのだが……。俺が高卒で働いて妻子持ちだったら文句は言わせない。言うやつはいるかもしれないけど。でもただの学生だからなあ……。やっぱり世間に対して後ろめたさみたいなものがあるのは確かだった。不甲斐ないことに。

「……でも大学にも友達いるみたいで安心したよ。高校の時から交友関係ちっとも変化してないのかと思って心配だったんだから」
「あ、ああー……そ、そうだね……。まあ、高校みたいに毎日同じメンバーで授業受けるってわけでもないしさ……付き合いは浅いけどね」

 まあ、千紗のことを話しづらいからという理由でどうしても大学での友人との付き合いは後回しにしがちなのだが、さすがに本人にこんなことは言えない。
 そう思うと本当に大学生活の中心は千紗のことだったんだよな……。
 ……まあ、途中ちょっと心折れかけた時期はあるけど、でも千紗のことをすっかり忘れて別の人に夢中になる、なんてことはついぞなかった。今となってはそれでよかったのだが。
 もしも千紗が妊娠せず、一緒に高校卒業して、大学に入学できていたなら、まったく違う四年間を送っていたんだろう。もはや想像もつかない。

「私もそのうちママ友とか作るし、働き始めたら嫌でも人と関わるんだから気にしないでよ。今はちょっとでも瞬と離れたくないしね」
「……そっか、わかった。人付き合いは俺より千紗の方がきっと上手いだろうしね。余計な心配はしないことにするよ」

 ……まあ、俺はそもそも千紗を紹介しようとは思ってなかったんだけどな。
 でもどこかで千紗は人ともっと関わりたいのかもしれないと思ってはいたから、きちんと説明してもらえてよかった。余計なお世話焼いてもしょうがないし。

「でも飲み会とか行っても私はずっとシラフなのかー。つまんないなー。憧れてたのに」

 空いた缶のふちに鼻をつけて匂いを嗅いで、うえっと顔をしかめながら千紗はぼやいた。
 ……まあ、酒に弱いのに飲めるってなったら彼氏や旦那としては心配だから、そういう面では俺はちょっとほっとしてるけどな。
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