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14章

 遠出をして疲れ果てているだろうと思ったのだが、翌日また俺たちは河合さんのお店に集まっていた。河合さんからどうするのかと連絡が来たのだ。
 佐伯も日曜日の会合を楽しみにしてくれているらしい、と河合さんから聞いた。
 佐伯は高校をやめてから、同年代の友人どころか知り合うこともなかったらしい。周りは二十近く離れた年上ばかりで、親しくなったとしても友人というほど仲を深めることもない。話し相手は瞬くんしかいないのである。
 瞬くんは引っ越してからようやく公園デビューを果たしたらしいのだが、持ち前の人見知りを発揮して今の所友達らしい友達はできていないようだ。
 そして、そんな調子なので佐伯もママ友作りに苦戦しているらしい。一人なら多分佐伯なら敵なしだろうけど、瞬くんに構いつつ、お母さんらしい話題についていくのは難しいのだろう。年代が違うというのも大きいだろうけど。
 だから友達と話せるのが嬉しいのだという。そんなの、集まるだろ! 河合さんだってお店貸すだろ!

 そして、そんな佐伯の話を聞いて河合さんは苦い声をだした。

「わたし、お母さんやるの絶対無理だわ」

 河合さんは、子供にとってはなんだかんだいいお母さんにはなれると思う。でも親として、他の親との交流だとか、そういったことは確かに……ちょっと難しそうだ。

「河合さんは昭彦と結婚したりする予定はないの?」
「あ、でたわね。その話題」

 河合さんはむむっと身構える。
 佐伯の疑問も当然のことだ。未だに二人の連絡は続いているのだ。
 そうだ、佐伯は二人の関係の変遷を知らないのだ。

「高校時代和泉、河合さんに告白したんだけど、バッサリ切り捨てたんだよ」
「えっうそ! 昭彦が?」

 言ってから、あ、しまった。とちょっと思ったが、佐伯は気にしていないようだ。
 和泉は妊娠した佐伯に結婚しようと言ったらしいからな。もちろん恋愛感情があってのプロポーズではないにしろ、そういったそばから他の女子に告白したって聞いたらいくらなんでも気分は良くないだろうと思ったのだ。

「でもわたしも和泉も、付き合って、キスして、みたいなこと考えてなんかないもの。かといってわたしが他の人とそういう関係になるのも嫌だから、その役目をとっておこうっていう魂胆なだけなのよ、あの人のは」
「……ふうん……? よくわかんないなあ」

 佐伯は首を傾げていた。

「そういえば和泉、年末年始には帰ってこれるかもですって。だからあなた、それまで逃げちゃだめよ」
「に、逃げたりなんかしないって……」

 河合さんはなかなかひやっとすることを言う。俺はそういうことは不安に思ってしまうからこそ絶対に口にはできないのに。

「昭彦、怒るかなあ……怒るよねえ……」
「あ、電話まだしてないんだ」
「う……」

 和泉に言われたとおり、佐伯には和泉の連絡先を教えておいたのだ。佐伯のタイミングでかけた方がいいだろうという和泉なりの配慮もあるらしく、和泉からは佐伯への連絡は取らないつもりらしい。

「まあ、俺も連絡遅れて怒られたしなあ」
「でも口が悪いだけよ。本気で怒る人じゃないわ」

 それはそうなんだけどさ。
 あいつはやるのは苦言を呈す、っていうだけだ。それが口と態度の悪さのせいで怒っているように見えるだけで、実際感情にまかせて怒るやつではない。

「でも、昭彦、最後にあったときもずっと納得いってなさそうだったしなあ……」
「そりゃ誰だって納得いかないわよ」

 河合さんは容赦がない。そうだそうだと言いたいが、原因は俺なんだよなあ……。

「あきーこ?」

 瞬くんが反応した。俺の名前を「きいたに」と呼ぶあたりといい、「い」の段の発音が若干苦手なんだろうか。

「昭彦、だよ。瞬、本決まった?」
「これにするー」

 瞬くんは、隅で本の選別を行っていたのである。
 売り物ではなく河合さんのお下がりだ。俺と同じことを企んでいたらしく全部佐伯に押し付けようとして、さすがに持って帰れないので瞬くんに選ばせているところだったのだ。

「あきーこって? こども?」
「和泉の方が言いやすいかな……。ママのお友達なの。ママが赤ちゃんのときから一緒にいた子なんだよ」
「ママもあかちゃんだったの!?」
「そうだよ~。瞬が生まれるずーっと前ね」

 瞬くんは驚愕の声を上げている。そうだよな、親の子供の頃なんて想像つかない。ましてや佐伯は男だったわけだし……。
 もう子供の頃の写真なんて残っていないだろうけど、あっても見せられないというのはちょっと寂しいな。

「わたし、高校時代の写真あるわよ」
「えっ……」

 佐伯は考えてもみなかったのだろう。びっくりした声をあげていた。高校時代といったって、たった四年前だ。そりゃあ残ってるさ。
 ちなみに、俺は機種変したときにパソコンにバックアップは取ったのだが、スマホへの引継方がわからなくてすぐに見られない状態である。パソコンの扱いもよくわからないので、どこかに絶対あるのだがどこかはよくわかっていない。
 河合さんは俺より電子機器の扱いが得意だから、古い写真もすぐ取り出せるようにしてあるみたいだ。

「あ、ほら。三人が映ってるのあるわよ」
「そ、それっていつぐらいの……」

 そうだよな、佐伯が気にするのはそこだよな。いくらなんでも男時代の写真を息子にママだよって見せるわけにはいかないよな。
 さすがに河合さんも瞬くんの前でそんなことしないだろうが、念の為先にチェックする。

「あ、大丈夫大丈夫」

 そこにはすでにセーラー服を着ている佐伯がいた。いつ撮られたのかまったく記憶にないが、机を囲って食事しているところだった。

「わあ、懐かしいなあ……。ほら、これがママ。こっちはパパ……あ、お、お兄ちゃんだよ」

 え!? ちょっと一瞬聞き捨てならない言葉が聞こえたんですけど!
 追及したいのに瞬くんの「へえー!」という声で打ち消されてしまった。
 ママかわい~と瞬くんはべた褒めである。

「ま、まあ、そうは言ってもたった4、5年だと大した変化はないよね」
「ええ? 桐谷がそれ言うの……?」
「そうだよ、私や河合さんは殆ど変わってないけどさ、桐谷の変わりようは詐欺だよ詐欺」
「詐欺!?」

 なんで!? たしかに身長は伸びたけど……それはいいことじゃん! 詐欺なんて言われる筋合いないね!

「おにいちゃんこどもじゃん!」

 う、うるさいな。

「ほら、お兄ちゃんじゃない方の男の人いるでしょ? こっちが和泉っていうの。ママの幼なじみだよ」
「……かっこいー……」
「しゅ、瞬くん!? お兄ちゃんは!?」
「桐谷、見苦しいわよ」

 ま、待ちなよ……横にパパいるよ……。そいつ多分凶暴だから……実際にあったら絶対泣かされるよ……。

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 その日の帰宅後、俺はああでもないこうでもないとパソコンのデータを行ったりきたりして、なんとか写真のデータを発掘した。といっても俺は結局写真なんて撮らない人間なので、その量はあまりにも少ない。
 ああ、そうだ。河合さんにいくつか貰ったんだった。佐伯の画像。
 久しぶりに男の佐伯の姿を見た。うーん。たしかにこれも佐伯なのだが、やっぱり今となっては女の姿の方が佐伯だ、となる。
 そりゃあ、今となっては俺からすると年月も密度も女になってからの方が多くなってしまったんだから当然なんだが。でも佐伯本人からしたら、22年の人生の中で17年はずっと男として生きてきたんだよな。そう考えると、そりゃあ心は不安定にもなるし、失敗だってするはずだ。
 むしろあの程度で済んでるのはすごいことなんじゃないだろうか。健全な精神状態とは言えないかもしれないけど、でも一見したらそんな不安定さなんて感じさせないし、女性として不審な行動だってしない。俺だったら温泉なんかに行って、見た目は女なのに目つきがやらしすぎて通報されたりしそうだ。
 でも、もしどちらかの姿を選んでいいよって神様に言われたら、佐伯はどうするのかな。もう今更こんなこと悩んではいないんだろうか。瞬くんだっているし。いやいや、あいつは周りのことを考えすぎる。瞬くんのことも俺のことも、他の誰かのことだってどうでもいいってなったら、そうしたら佐伯は一体何を望むんだろう。誰にどう動いてほしくて、どうなりたいんだろう。
 ……なんて、そんなの佐伯に限らず誰だってわからないよな。何の縛りもない世界のことなんて考えるだけ無駄だ。解放されたって、自由より虚しさの方がでかそうだ。
 画面の中の佐伯は、何も知らずに機嫌が良さそうにしていた。
 俺にああだこうだ悩まれるなんて、思っても見ないだろうなと思うと、なんだかおかしかった。
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