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12章

 三年になり、再び夏が来た。順調に試験をクリアし、実習初日である。
 センター内部を案内してもらっている最中、バイトで世話になった職員に何度も捕まった。同じグループとして行動している面々は普段関わりのない人たちばかりだから、変な注目を集めてしまって恥ずかしい。一度痛い目を見た俺はこんなことでドヤ顔したりはしないのだ。

 今回の待ちに待った実習だが、実際はごく簡単な職場体験のようなものだ。しかしバイトでやるような雑用とはわけが違うし、希望している部署に関わらず毎日違う仕事を手伝うので忙しないし神経も疲れる。
 初日は施設の案内が終わったあと受付や事務所の手伝い。いや、まあ、たった一日で手伝いというほどのことすらできないのだが。殆どは仕事内容を眺めつつ、誰がやってもよさそうな仕事だけやらせてもらう。受付の仕事自体はなんの資格もいらないし、わざわざ大学を出てその職に就く人はいないのだが、ロビーにいるたくさんの子供たちと接する仕事でもある。
 はじめて俺はセンターの表側に立った。……まあ子供時代は世話になったんだが、センター側の人間としては初めてだ。子供の数は俺の時代よりも圧倒的に数を増していた。もしかしたらもうこの中に俺の子供がいるのかな、なんて思いながら、受付に訪れる人々の顔を眺めていたが、ここでタイミングよく再会なんてできるはずもなかった。

 次の日は検査室だ。万一のことがあってはいけないので本当に見て、解説を聞くだけである。やるとすれば物を移動させたり、運んだり。それだけなのだが、検査の目的によって段階が分けられていて、かなり細分化されており聞いているだけで一日は潰れる。いくら学校で勉強していても、研究室で似たようなことをしていても、はじめて見る設備の使い方など知らないことは山ほどある。

 次の日は正直軽作業だった。検査や実験に使う器具なんかが入った段ボールを出したり片づけたり、どこそこ室に届けるだとか、この日は実習生を下僕に使っていいというお達しでもでていたのだろうか。しかし高校時代とは違うのだ。今の俺はもやしってほどヒョロヒョロの虚弱体質ではない。もちろん体力自慢かって言われると全くそんな自信はないんだが……とにかく、役立たずではなかったと思う。

 そんな様子で数日を過ごし、今日は診察の見学だ。だいぶ施設の勝手もわかってきて、利用者に道を訪ねられても慌てるほどではなくなっていた。いよいよ本格的にやりたい仕事のイメージに近づいてきてモチベーションも上がってくる。
 子供とじかに接する仕事は、いくらこちらが見学している学生とはいえ利用者からすれば関係ない。万が一、子供の力が暴走したときの対処などきちんと理解して動けなければいけない。一人の子供の暴走から他の子供に伝染してしまう可能性もあり速やかに対処するため、子供向けで非常に効果の弱い鎮静剤、抑制剤なども常に携帯していなければいけないのである。当然その使用には免許もいる。
 一見微笑ましい子供とお話をする仕事なのだが、準備中の緊張感といったらなかった。
 今使用されている診察室は六部屋。我々は一人ひとりそこに配置されて、心細くても仲間と一緒に固まっているわけにはいかなかった。

 子供たちは比較的大人しい子が多い。
 いわゆる育てやすい子供だ。夜泣きが少なく、反抗期もひどくない。
 俺たちのような自然型に見られる体質の人間は、短い寿命だとか、特定の状況での睡眠が不老状態に近いだとか、自然現象を操る様だとかで一部の国や地域では神様の使いだとかなんだとか言われているらしい。そういう宗教もあるくらいだし。能力者全体を崇める文化もあったようだが、最近は能力自体は珍しくもなくなったせいかとんと聞かなくなったという。
 そういう特別視される原因のひとつとして、軒並み幼児期に手間がかからず優秀であるというものがあるようだ。曰く、人より上の段階にいる生物なのだと。
 実際は、事故やトラブルを引き起こす可能性も他に比べて高いため、相殺しきれないくらいの育児の難しさがあるのだが。
 俺の記憶だが、小さい頃はまだ力のコントロールがうまくできなくて、なんともいえないもやもや感を抱えていた覚えはある。不快感とは違う。空気中に存在する何かが自分に反応して機嫌をとってくれているような、でもうまく掴みきれないような感覚だった……ような気がする。ずっとゆりかごの中にいるようで、もやもやするのに妙に落ち着いた。そしてそれがなくなった頃にはすっかり大人しい子供としての人格が作り上げられていた訳だ。多分俺の力が全く違うものだったら、もう少し別に感覚を得ていたんじゃないだろうかと思っている。
 まあそういうわけで気性が大人しい子が多いのだ。元気な子はいるが、暴れん坊と呼べるような子は非常に少ないという印象だ。検査が怖くて泣きわめく子はいくらでもいるが、その程度にはちゃんと子供らしい子供だ。細胞型の子供はとんでもなく育てづらいことが多いらしいけど。これは気性というか、物理的な話だ。
 基本的には重症化しやすい自然型の子供の治療のためのセンターだが、能力を持つゆえの育児の問題を相談する窓口もある。しかし殆どは子供をどうにかするのではなく親が対処法を学ぶためだ。子供が上手に能力を扱うための訓練もあるにはあるらしいけど、子供による個性が強すぎるから、やっぱりまだ一般化には程遠いだろう。
 なんにせよ、利用者は子供と、その親だけだ。子供嫌いではやっていけない仕事だ。

 診察室の隅で先生が子供と話しているのを見守っていると、やっぱり優しい言葉遣い、落ち着いた喋り方、子供の緊張をほぐす雰囲気などとても配慮されているのがわかる。
 果たして俺にできるだろうか……。
 もちろん子供の相手をする仕事だし、最低限子供についての勉強もしたといえばしたのだが……。知識として知っていることと、実際に自分が子供に好かれる振る舞いができるかは全く別の話なのだ。
 縮こまって必死にメモを取っていると、助手の人に肩を叩かれた。

「それじゃあお母さんと少しお話するので、このお兄ちゃんと外で待ってて貰えるかな?」

 ぱちんと目が合う。子供用の椅子に座った男の子だ。4歳だったっけ。やや不安げで、ちらちらと母親の方を見ている。
 いけない、動揺したらこの子……ええとミツルくんか、ミツルくんが心細い気持ちになるだろう。
 こんなの聞いてないぞ! とか、事前にどういう動きをしたらいいのか教えておいてください! とか色々文句を言いたかったがとりあえずこの場は全部飲み込んで、精一杯優しげな笑みを作る。

「ミツルくん、一緒に行こうか」
「マ、ママあ……」
「大丈夫、ちょっと待っててね。お兄ちゃんの言うこと聞くのよ。ほら、うーちゃんと一緒。ね?」

 ミツルくんのお母さんは鞄からウサギのぬいぐるみを出して促し、俺に会釈した。
 よ、よし、任せろ、ミツルくんは俺が存分に楽しませてやるからな……!

 診察室の前は長い廊下になっていて、部屋の反対側の壁に沿ってカラフルなソファが設置されている。小児科っぽい雰囲気である。壁には楽しげな模様が描かれていて、窓がない空間だが全体的に明るく感じる。
 ミツルくんは廊下に出るなり固まってしまったが、俺がソファに誘導すると大人しく座った。隣に腰掛ける。うーちゃんを堅く握りしめ、正面のドアをじっと見る様はまるで誘拐されてきた子供のようだ。俺が犯人なのか? だめだ、どう考えてもストレスを与えている。でもこの年の子供って、こんな知らない場所で母親と離されたら誰だって心細いもんじゃないか?
 まあその緊張をほぐすのが俺の仕事なんだが!
 うーむ、どんなにボケても滑りそうな冷たい空気だ。恥ずかしいけど、でも子供相手に緊張してまごまごしてる方がずっと恥ずかしいことなはずだ。よし、とひとつ心で決心する。

「その子、かわいいねえ。うーちゃんだっけ? お友達かな?」

 できるだけ明るい声を出して、顔も笑顔にしてみる。
 ミツルくん、一切こっち見てないけど。
 こくんと小さく頷いた。しまった。会話が続かない。

「お……兄ちゃんも、おうちにクマさんいっぱいいるんだよ~」

 ちらりとこっちを見た。ついでに廊下を歩いていたスタッフも「まじで?」みたいな目でこっちを見た。やめてくれ。俺を正気に戻さないでくれ。

「ミツルくんもうーちゃんの他にもおうちにいる?」
「いる。ミンミン……」
「ミンミン? 可愛い名前だね。ミツルくんがつけたの?」
「そう。あとね、いもむしのべーちゃんとね……」

 そのあとはひたすらミツルくんのお友達紹介のコーナーとなった。
 話したくて話しているというより、若干俺に気を遣って間を持たせてくれた感がなくもない。
 普段どんな遊びをするのかとか絵本は好きかとか、お見合いみたいな質問責めをしている途中でミツルくんのママが出てきて終わりの時を告げた。
 ぺこぺこと会釈して見送るとミツルくんは振り返ってバイバイと手を振ってくれた。そ、そんな、俺みたいなもんにミツル様が手を……!
 ひとしきり感動したあと診察室にかけこんで、とにかく手本を見せてくださいと先生に泣きついた。これ以上子供に気を遣わせるわけにはいかない……! 被害者を増やしてはいけないんだ!

 どれだけ悔しさが残っても今回の実習ではひとつの現場も一日で終わる。割り振られた仕事のコツが掴めてきたかもというところで終わってまた新たな仕事を覚え直すのはなかなかしんどい。
 しかしどこで働くにせよ、どこでどんな仕事をしているのかは把握しておかなければならないのだ。間近で働きぶりが見られる貴重な期間だ。二週間、そんな調子で耐え抜いた。
 最後は凄まじかった。
 いよいよ先輩たちに恐ろしいと散々脅された発散治療の現場を見学したのである。
 知識としてはもちろん、すでに習っていたし、バイト先で色々教わっていた分ある程度の覚悟はできていた。勉強で無機質な言葉で表現されているものでは想像しきれない、かといって写真や動画などは閲覧不可なのだ。

 まず発散治療というのは、目的は天候に左右される体質を改善させることなのだが、やることというのがその能力そのものを限界ぎりぎりまで人工的に引き出して消耗させて枯渇させるという方法なのだ。その能力に応じた発散方法と、能力暴走の対策方法を数年かけて作り出し、体が負荷に耐えきれる年齢になったら治療を開始する。
 基本的には薬でその能力を一時的に増幅させ、また治療室で天候を擬似的に再現して力を使い果たすまで無理やり出力最大で発動させる。
 すると血の中を巡っている、能力の元となる物質が枯渇状態になり、血液中の濃度を保つために一気に生成される。そうなったらさらにもう一段界負荷を強めて同じことをする。すると当分の間能力の元となる物質は生成されなくなるのである。無能力者と同じ状態になる。数週間かけると回復するのだが、これを年に数回繰り返していくとどんどん回復までの時間が長くなっていき、能力自体も弱まっていく。人体への能力の影響度が一定値を下回ると治療は終了である。
 この発散治療を行うためにも検査入院や経過観察のために長い間入院しなければならないし、かなり大掛かりな治療だ。

 そして力を使い果たす、というのも当然簡単にできることではない。本人と周囲の人間の安全を確保するための部屋を作るところから始まる。俺の時は部屋中の家具をがっちり床に固定するだけでなんとかなったが、俺たちが見学した温度を操る子供の部屋は治療が終了したとき、床の一部が溶けていた。よくこんなことを続けてこの建物今まで保っていられたな、と戦々恐々としたものだ。
 しかもこれは丸2日ほど続く。俺たちは終わる寸前を見ただけなのだ。子供はすでに疲れ果てていた。意識はなく、涎と下を垂らしながらも治療は続いていた。誰も中に入れないからなにもしてやれない。服も燃えてしまうから、予め耐火性に優れた手術着のような布を身に着ているだけ。まるで人体実験だ。一緒に見学していた女子は耐えきれず嘔吐していた。刺激が強すぎるということで、治療の最中は親も見ることはできない。
 いくら命がかかっているからとはいえ、我が子のこんな状態を見て冷静でいられる親などいないだろう。

 ……そりゃあ、投薬治療を勧めるに決まってると実感した。
 見ている側だって普通の神経をしていたら耐えきれないはず。拷問を見せられているようなものだ。
 多くの場合はここまで重たい状態ではないのだ。特別な部屋で少し意識的に力を使って回転を早めるというのを数ヶ月続けるだけで十分な子が多い。
 しかし三割くらいの子供はその程度じゃ一向に力は尽きない。そういう子には父親の血液を使った投薬治療を行う。
 そして父親がいなければ……もしくは親が投薬治療を拒否すれば、発散治療を行うしかない。
 父親は同じ性質を持っているわけで、子供が幼いうちから父親の血を使って研究するのだ。父親がすでに力を失っていても、その血液には力の抜け殻みたいなものが流れているらしい。それを採取して、息子専用の特効薬を作る。それを長期間服用すると、徐々に息子の脳が新たな能力の素を作り出すホルモンの生成の指示を抑え始めるのだ。

 力の源というのは血液とともに循環して、力を使うとその分だけ抜け殻になり、心臓だかどこだかに帰ってくるとそこにまた新しい力をつけてまた体を巡る。このメカニズムはまだ明らかとされていないのだが、その回数は人生で何度だけと決まっていて、それが尽きると能力は失われる。そしてその回数とは生成する数ではなく、抜け殻の数を数えているのだ。その抜け殻が一定数に到達すると、脳がもう終わりだと判断する……と言われている。
 その上限の違いによって、発散治療が必要であるか、そうでないのかが変わるわけだ。能力の強さに直結しているから、それも遺伝で決まる。
 同じような力であっても他人の血液では今のところ効果は期待できない。子供にとって祖父とか父親の兄弟であれば理論上は可能なのだが……今の親世代はまだ子供の頃治療法が確率されていないから、その父親は当然すでになくなっているし、子供を作るのも育てるのも非常に手がかかるため一人っ子ばかりだ。今後に期待、というやつだ。

 治療を終えた子供への処置を見守り、最終日は終わった。
 あの子はまだ一度目の治療だ。経過をみて、何度かまた同じことをする。地獄だな。ちょっと自分の時のことを思い出してしまった。今回の比にはならないけど。
 とにかく苦しくて全身が痛くて、動けないのが辛かったしなにより絶飲絶食がきつかった。眠たくないのに寝るのも眠いのに寝れないのもしんどかった。今となっては飲むのも食べるのも寝るのもやりたい放題だ。やらなきゃ損だ。
 見学中嘔吐し泣いていた女の子は少し心が折れかけていた。
 関係ない部署を選べばいいじゃないかと言ったが、そういう問題ではないらしい。こんな治療を平然と行うセンターへの見る目が変わってしまったとうなだれていた。それはちょっとわからなくもないが、別に誰もが喜んで取り組んでいるわけではないし。……いや、マッドサイエンティスト的な人は喜んでるやつもいるかもしれないけど、多くの場合はこんな治療をしなくてもいいようにしようと研究しているんだ。
 しかし、この治療を見てこの道を諦める学生は少なくないらしい。
 そしてむしろ、だからこそセンター希望者は全員この治療を見学させられるのだそうだ。

 ……なんというか、俺にしては珍しくその日は食欲がわかなかった。
 俺にも一応繊細な部分はあったらしい。
 やっぱり、自分の子があんな思いをするなんて、耐えられない。
 でもそんな耐えられないようなことを他の子にするのだ。
 当然だ、死ぬよりいい。
 でも……やっぱり……そう簡単には割り切れない。
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