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12章

 その日の夜、俺は大したことをしていないのにすっかり疲れ果てたようにぐっすり眠った。働いてくれたのは松永くんなのだが。
 翌日、裕子さんの報告すべきだと思い立ち留守電を入れた。その日の夜に電話が来て説明すると、向こうも話しにならないくらいぐずぐずに泣いてしまった。
 和泉にも連絡しようかと思ったが……まあ、あいつはいいか。多分そんなに心配してないだろうし。なんなら、「なんだよ、見つかったって報告かと思ったのに」みたいなことをサラッと言いそうだし。
 河合さんもまた今度顔を合わせたときでいいだろう。それより河合さんにもそろそろ俺と佐伯の話をしておかないとな……ずっと言いそびれている。

 夏休みに入って多少暇になるかと思いきや、センター絡みのバイトを紹介された。これは俺が夏休み前に取得した資格のおかげでできる仕事らしい。
 センターは自由に出入りできるわけではないのだが、大学関係者には特別なIDカードが配られる。一年の間はただの学生証みたいなものなのだが、それをセンターの専用出入り口で警備員さんに見せるとセンターで使えるカードキーが発行される。そしてそれはセンターなどの直々の許可の有無や免許や資格などの取得状況に応じて入れる場所などが非常に細かく制限されているのだ。だから資格を持っているとその分自分が入れる領域のバイトもできるということなのだ。ちなみに出るときは必ず返却しなきゃいけないぞ。
 入るために資格が必要とはいえ、仕事の内容自体は入院中の子供の治療に使うために作られた装置の設置や試運転の手伝いが主だ。正直、専門知識は必要ない雑用である。

「これ、もしかして子供一人一人にオーダーメイドで作ってるんですか?」

 白く無機質な塊を撫でながら先輩に聞いてみた。その機械は、今までみたことのある機械の中ではMRIの装置に近いだろうか。人一人にしては大掛かりで、メカとかロボとか好きな人が喜びそうなデザインである。

「そうだよ、知らないの? 外側は再利用されるけど」

 先輩の女性が何か紙に書き込みながら答える。

「って言ってもパソコンの組み立てみたいにパーツを選んで組み合わせるのが殆どよ。完全に1からってのは年に2回くらいかなー」

 この場の監督であるセンターの研究者である女性も話題に加わった。俺が運んだ装置を繋げたり嵌め込んだりして、その度にメーターの数値をチェックしている。

「あ、そうか。桐谷くんまだ発散治療習ってないのか」
「図書館で一応調べたので知識だけはあるんですけど……」
「全然情報ないでしょー? あれ見てこの道諦める子多いんだから早めに終わらせればいいのにね……」

 発散治療というのは、能力による健康被害が起きることを予防するために、無理やり能力を引き出して枯渇させる治療法である。……というのは本に書いてあったのだが、具体的に何をするのかというのは記載がなかったのである。

「あ、俺昔センターで世話になってたんですけど、あのときの治療かな? こんな大掛かりなことはしなかったけど」
「マジ!?」

 先輩の大声に肩が跳ねた。同じように他の先輩なども作業を止め、こちらに注目する。

「えー経験者でもうこんな大きい子いるんだー! 時の流れ早ー」
「っていうかそんな経験しておいてよくこの道目指したな、君」

 口々に褒められてるのかなにかよくわからない反応をされる……。
 センターの職員は俺の情報は知っているらしく、驚いた様子はないけど。

「……そ、そんなにエグい治療なんですか……? 俺は寝て絶食絶飲が辛かった記憶しかなくて……」
「いやそりゃ程度によるけどね。酷い子は酷いよー。あれ、こういうこと二年に言っていいんですっけー?」
「まあここ入れてるんだし、隠すことじゃないんじゃね」

 そ、そんな機密事項なのか……? でもここは治療棟だし……。実際に子供が受ける治療内容なのだし……。研究棟の方はなかなかハードな実験がなされていると噂されているけどさ。

「別に悪いことをしてるわけじゃないんだけどね、治療自体は割とショッキングなのよ。桐谷くんは軽く済んで運がよかったのかな?」
「記憶障害起こす子も多いよ。それかも」
「えええ……? でもそれって自然型のレベル3以上の子は全員受ける治療なんですよね……?」
「いやいや、それ情報古いよ。7年前からうちでは投薬治療が主流になったから」
「後期で習うから、ここで予習しときな〜」
「は、はい」

 主流である治療法すら俺は知らなかったのか。
 今はまだ治療法自体に関する授業はない。

「……っていうか、薬あるんですか!?」
「あ、ううん、厳密には薬じゃないんだけどね、一応サプリって枠ぐみになるのかな」
「専用のサプリを作って、それを数年飲み続けて行くことで能力を抑制するんだよ。入院も最初の経過観察の一週間だけだし、通院も薬取りに来るのと年一の定期検診だけだし、何より子供自体への負担が全然ないから、今は断然こっち」
「最高じゃないですか!」
「そうなのよ〜。まあ研究者連中からすると調べたい能力が消える一方だから面白くないみたいだけど」
「それに親の方もねー、発散治療の方が協力金とか医療費タダとか色々掛け合わせるとめちゃくちゃお得らしくて。わざわざそっち選ぶとこもあるみたいよ」
「信じらんねえよなー、センター的にも得するやついるみたいで、結構偏った伝え方するやつもいるらしいし。親が決めたらこっちは従うしかないし」

 ふむ。
 なにやら複雑らしい。
 子供のことを第一に考えれば投薬治療一択だが、発散治療の方が他の人間は潤うようだ。
 サプリというのが子供一人一人専用でほかに回せないので、薬の開発に時間がかかる割に他で活かしようがないそうだ。利益を求めるなら積極的にやりたくはないのか。

「人権団体とかの力で、父親のいる子は絶対投薬治療! って決められればいいのにね」
「人権とか言い出したら発散治療自体が問題視されて廃止されたら助かる子供も助からなくなるしなあ……」
「あたしたちそんなやばいことしてるってこと〜!?」
「いや、素人が見たらね」

 先輩同士で盛り上がり始めてしまった。
 そんなにとんでもない治療なのか。当事者なのに俺はぴんとこない。もちろん非常に辛い記憶ではあったけど。もう二度と味わいたくないけど。

「……あれ、父親がいる子は……ってなんですか? 父親が必要なんですか?」

 俺が疑問を口にすると、先輩たちはきょとんとした顔で俺を見る。
 そんなことも知らないのか、という目だ。ひどい。俺は唯一の2年なのに。年下なのに。

「あ、そっか……桐谷くんのときは投薬治療なかったんだもんね。そりゃ知らないわ」
「薬……っていうかサプリな、サプリを作るには父親の血液が必要なんだよ。だからすでに父親が死んでる子とか、どうしても提供できない状態とかの子は発散治療するしかないわけ」

 ……えっ。
 それって大問題なのでは……?
 ……しかし、言われて思い出してみると確かに。俺の治療がかなり早めに楽にできたのは父親の献体のおかげ、というのは聞かされていた。しかしすでに亡くなっているので血液は作れないもんな。当時投薬治療があったとしてもできなかったことに変わりはないけど。
 あれ? じゃあ俺の子、やばくないか?
 血の繋がった父親がいないとなると、発散治療しかない。そしてその治療は人権的に問題視されかねないレベルに酷く辛いという。

「発散治療の見学は三年になってからなんだけどさ、見てるだけで失神する子いるから覚悟したほうがいいよ。まあ見学の前にストレス耐性とかのアンケートと検査パスしなきゃだけど」
「あ、あれってそういう意味だったんだ」
「そういう脅かすようなこと二年に言うなよー、人手不足なんだから」

 先輩たちが口々に言う内容がどれも恐ろしい。
 治療中の動画などは一切公開されていないようだ。しかしそうなると無闇によくない想像ばかりしてしまう。
 目の前の装置が一体どのように使われるのか。
 そして大人が見るだけで気を失うというような治療を、俺の子供も受けなければならないのかと。
 父親……俺がいれば、全て回避できるのだ。……そもそもの原因が俺からの遺伝のせいなんだけどさ。
 だとしたら……佐伯も、俺のことを探してくれるだろうか。説明を受けて、父親さえいれば解決できるとしたら……。
 さすがにそこで、佐伯が気まずいからとか申し訳ないからとか言っていられる状況ではないはずだ。
 命は助かるにしても、どちらの治療を選ぶかによって人生は大きく変わる。そして、辛い思いなんてしなくていいならしない方がいいに決まっている。
 じんわりと焦りが湧いた。
 いつか出会えたら、では遅い。できるだけ早く再会しなくては。
 センターに就職できたら、おそらく少しは利用者の情報も閲覧できるようになるはずだ。それさえできれば……まあ、私的利用なんてバレたら速攻首だろうけど。佐伯と子供の居場所が見つかるのであれば俺の社会的立場はこの際どうでもいい。
 とにかくやっぱり、俺にできる一番の近道はセンターに就職することだ。
 佐伯の無事を確認したことで浮ついた気持ちが、すっと鋭くなるような感覚がした。
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