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12章

「ごめん、お待たせ!」
「あ、お疲れさまでーす」

 なぜか待ち合わせ場所に指定された歩道橋の上にたどり着くと、すでにしのぶちゃんは到着していた。後ろには同い年らしい男の姿も見える。この人が、「そう」なのだろう。
 しのぶちゃんより背は高く、よくいる普通の男の子という感じだ。運動部とかに入っていそうな感じの。

「こちらまっつん。高校の時の同級生」
「ども、松永っす」
「あ、どうも、わざわざ来て貰ってごめんね、桐谷です」

 どうもどうもとお互い会釈して挨拶を交わす。俺もしのぶちゃんも松永くんも、ただ自分の好きなように生きていたら関わりがなさそうな取り合わせだ。不思議な気持ちになる。
 松永くんは居心地が悪そうだ。突然呼び出されて協力してくれなんて言われても困るに決まっている。そうでなくたって、友人の友人、しかも先輩となると距離感も掴みづらいだろう。俺みたいなタイプは苦手そうだし。
 改めてきちんと説明して、ちゃんとお願いしよう、と話を切りだそうとすると、しのぶちゃんが先手を打った。

「センパイ、例のブツは?」
「あ、ああ、これなんだけど。できそうかな……?」

 袋からテディベアを取り出し、松永くんに手渡す。松永くんは両手で受け取り、もちもちと握ったり撫でてみたりを繰り返している。
 歩道橋の真ん中、ぬいぐるみをさする男を見守る二人。怪しすぎるが、人通りはまったくないので通報される心配はなさそうだ。

「あ」

 松永くんは急に振り返って、車が過ぎていくずっと先を見つめた。

「え、何。何? 何かわかった?」
「あー……多分、いけます。なんかずっとこの辺にもやもやした感じが留まってて、わかりづらかったんですけど……急に向こうに一本通ったっていうか……、多分その人だと思うんで……」
「そ、その人……って、佐伯のいる場所がわかるの!?」
「めちゃくちゃざっくりとだけっす。最初に繋がった感覚するときだけしかわからないんで……、これを頼りに人を捜すっていうのは無理だと思……います」

 ぎこちない敬語だ。
 他人に自分の能力の説明をうまくできる人はそういない。個人の感覚でしかないものを言語化するのは難しいし、理解するのも難解だ。俺たちに動物がしっぽを動かす感覚を想像できないように。
 俺はただ結果を聞くしかない。でも、いる! 佐伯はいるんだ! この視線の先に! まずそれに安心した。

「えっと、まずオレの力の説明してもいっすか? 変に期待されても困るんで……」
「わかった、頼むよ」

 あるあるだ。能力を持っていない、開花していない奴は漫画なんかの影響で、なんでもできる魔法か何かのように勘違いしていることがある。能力持ちだって、自分の力のこと以外は素人だし。
 俺も小さい頃友達に空を飛べると自慢したら、その子はアンパンマンみたいに飛んで駆けつけたりするのを想像したらしい。ふわふわと揺蕩うように浮かぶ俺を見て、あからさまに幻滅したような、なんだ……こんなもんか……みたいな態度、よく覚えている。全く、勝手に期待して幻滅するなんて失礼な話だ。
 とにかく、松永くんの説明に耳を傾ける。

「全部オレが勝手に解釈してるだけで、ちゃんと調べた訳じゃないんで、間違ってるかもなんすけど……、物を使って、持ち主の頭の中のどっかに繋がる……みたいな感じなんすけど、大したことはできないっす。印象の薄い夢を見るみたいな感じで……ほら、夢って脳が記憶を整理するために見るっていうじゃないですか。その上澄みを見る、みたいな感じだと思います」
「本人が夢を見ている時でなくても大丈夫なの?」
「そう……ですね、実際に夢を共有しているわけじゃなくて、多分人の記憶をオレが解釈するために、夢に近いものになるんじゃないかと思って……ます。だから欲しい情報が見れるわけじゃないし、日常動作を本人視点で見るだけ、とか、結構つまんないことが多いです」

 ふうむ、わかるようなわからないような。確かに松永くんはずっと「人の夢を見る力」とは言っていない。ただ夢のように見させられるというだけなのか。なんにせよ、神経型の能力っぽいな。ああでも、物体から持ち主を導き出すってとこは特殊型か?
 佐伯は離れた場所にいるから大雑把な方角しかわからなかったが、目の前に人を並べて誰が持ち主でしょう、というのが当てられるとしたら、何かの犯人探しなんかでかなり有効活用できそうな能力だ。
 ただ、記憶を探る、というのがおまけにしてはなかなか存在感が強いな。あまり人に言いづらい力でもあるだろう。

「あ、でも実際の夢とは違って、空想とか、明らかに夢っぽいありえない展開とかを見たことは今までないので、多分嘘はない……と思います」
「なるほど。じゃあ偶然郵便物なんかが目に入れば正しい住所がわかることもあるってこと?」
「そこはオレの記憶力次第っすかね……」
「もし見えたら頑張って欲しい」

 自分が知りようもないはずのことを知れるというのはどんな感覚なんだろうか。ただ人より遠くの物が見える程度の認識なんだろうか。俺は想像するしかない。

「あーっと……じゃあ、はじめていっすか?」
「ああ、うん、お願い。お礼何がいい? 焼き肉奢ろうか」
「まじっすか! ちゃんとやります」
「センパイ! ボクも! ボクもええですよね!?」

 焼き肉最強。
 やっぱり気軽にボランティアを引き受けられるほどの簡単な仕事ではないようだ。適当にこなすつもりだったんだろうか。よかった、先に言っておいて。
 集中している間は話しかけるなと注意された。一度止めるとそこで終了してしまうそうだ。再挑戦しても、もう松永くんの中でこの物体の記憶はこうだと印象づけられてしまうせいか、他のものは見えなくなってしまうらしい。
 松永くんは歩道橋の手すりにテディベアを持った手を置き、そこに額を押し当てるようにしてじっと瞑想するように動きを止めた。
 俺は少し、もし手が滑ってテディベアが道路に落ちたらどうしようとか、頼んだこととはいえ汗ばんだ男のおでこ当てられるのなんか嫌だなとか考えながら、しのぶちゃんと二人黙って見守る。
 人がしっかりと能力を使うところを改まって見る機会はまずない。
 テレビでの実験企画だって、ゲームのようにオーラみたいなものが出るわけではない。画面映えしないせいか、力を使っている人物にフォーカスすることは少ない。
 今どういう状況なのか、俺にはさっぱりわからないのだ。

「……あ、和室……?」

 ぽつりと、目を閉じたまま松永くんが呟いた。
 必死に、聞き漏らしのないよう固唾を飲んで見守る。

「茶色い……天井かな……畳があって……ちゃぶ台があって……、あ、こっちは台所……? ばあちゃんち見たいなちょっと古くさい……家……っすね……。ちょっと怖い感じの……」

 古い田舎の家、想像した通りだ。わざわざ事情を抱えた妊婦を嫁として迎えるような家、きっと裕福で、金より跡継ぎが途絶えることの方が重大なんだ。土地だって持ってるだろうし、しっかり受け継がれてきた家があるんだろうと思っていた。
 しかし、男といちゃいちゃするようなシーンが出たりなんかしないだろうな。少し冷や冷やする。

「……子供……?」

 俺の表情が強ばるのに気付いたんだろうか、しのぶちゃんがこちらを見た。

「絵本の読み聞かせしてるっぽいっす……あ、子供が何か指さして……褒めてる……のかな。子育てしてる……?」

 俺の子供だ! 俺は叫びたくなった。佐伯はちゃんと子供を産んで、ちゃんと育てているんだ。ちゃんと無事で、親子をやっていけているんだ。
 佐伯のことだから、きっと大事に育ててくれるだろうとは思っていた。でもどんな人だってどうしようもないことはいくらでもある。出産だって、小中学生ほどリスクが高いわけではないだろうが、高校生の体はまだまだ未成熟だ。小柄だったし、子宮とか、骨盤とか。大人だって絶対無事に埋めるなんて保証はどこにもないんだ。それを佐伯はやったんだ! そして、その子供を大事に守って育ててくれている。慣れない環境で……。

「あ、多分これで終わり……っすね、すみません、居場所がわかるような情報は何も……」

 松永くんはふっと顔をあげ、申し訳なさそうにテディベアをこちらに渡そうとして、固まった。

「センパイ泣いてません……?」

 驚愕の表情を向けたしのぶちゃんに言われて、自覚する。

「あ、ご、ごめんっ、いやっ、ちょ、ちょっと色々…………いやー……平気平気、あ、あくびしちゃって」

 ごしごしと袖で顔を拭いた。我ながらレベルの低い嘘をついてしまった。
 うん、なんともない。ずびずび泣いているわけではないから、涙を拭いてさえしまえばなんてことない。目が腫れることだってない。だって、ちょっとほっとしただけなんだ。

「こ、子供って、男の子? 女の子?」
「あーっと……よくわかんなかったですけど、車の絵本見てたから男の子じゃないかな……」
「……なんや今度はえらい満面の笑みしはって」

 先ほどまで心配げだったしのぶちゃんの顔は訝しげな目線に変わっていた。
 男の子、だったら確実にセンターにやってくる! もちろん治療のためだから治療が必要なほどの困った体質であるわけで、それを父親に喜ばれたら……俺だったらブチギレものだけどな。でも、数少ない……というか唯一俺が希望を持っている佐伯との接点を持つ可能性なんだ。
 将来子供ができたら、苦労はかけたくないから女の子がいいなとずっと思ってきたが、こんなに男の子であることに感謝する日がこようとは。もちろん、こんな状況でなければどっちだっていいんだ。どちらの方が都合がいい、という考え方をどうしてもしてしまうことに、子供への罪悪感はある。

「ありがとう……ほんとに、助かった。よかった、ほんとに、よかった~……」

 言葉がうまく出てこない。とにかく松永くんの肩を掴んで必死に感謝を述べるしかなかった。これ以上は焼き肉で表現するしかできない。
 しのぶちゃんはものすごく何か言いたそうな顔をしていた。松永くんも佐伯のことは少し知っていたらしく、何か聞きたそうにしていたが、結局深追いはしないでいてくれた。そのくらい俺の喜びように圧倒というか、ちょっと引いていたようだ。
 とにかく、佐伯は元気でやってるみたいだ。詳しい状況なんかはさすがにわからないけど、台所が見えたってことはやっぱり家事もやってるのかな。主婦業だ。あの活動的で男っぽい趣味が多かった佐伯からは想像つかない。あいつはきっと将来、営業とかの仕事をやるんだろうと思っていた。どうせスーツが似合うんだと、勝手にそう思っていた。
 お姑さんとか旦那さんとどんな風に生活を送っているのかはわからなかったけど、ちゃんと寝るところがあって、子供に読み聞かせをしてあげられる環境なんだと思うと、それほど悲観することはないのかもしれない。
 とにかく、いずれ佐伯が子供をつれてこっちに帰ってくる可能性はだいぶ高くなった。
 出生児の検査はまだ義務化前なので、まだ子供が自然型の能力持ちであることを気づいてもいないかもしれない。俺の体質の話なんて佐伯にしたことはないし、したとしても身近にそういう人がいなければ、治療が必要であるとかいう知識もないだろう。
 でも最近は幼稚園保育園小学校に通うには簡易検査が必要となっている場合が殆どだ。そこで治療が必要なこともわかるだろう。
 よし、よし、と何度もガッツポーズをした。俺は無駄なことをしていない。このまま勉強を続けて、センターで働けるようになれば、会える可能性はかなり高い!

「よかった……」

 何度目かわからない、その呟きは、いくらやっても言い足りなかった。
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