12章
和泉の旅立ちはなんともあっさりしたものだった。
一年前もこうだったが、あいつはそれほど別れを惜しんだりしない質らしい。まあ、そうでなければ海外進学なんてやってられないか。
俺は登校ついでに河合さんの家で別れた。河合さんは空港まで見送りに行ったようだ。
あの二人、この先大丈夫なんだろうか。河合さんは開き直っていたけど。和泉ももう少し年をとったら落ち着くのかな。
夏休みが始まり、俺は一人家でどうやって情報を集めるか考えていた。
長門に聞いたところ、やはりとてもじゃないが個人情報にはアクセスできないらしい。ハッキングでもするしかないし、バレれば退学+お縄だ。流石にリスクが高すぎる。自力で探す他ない。
ううん、こんなこと本当に考えたことがなかった。特定の能力を持った人間を探すなんて、途方もない話だ。
見た目や行動でわかりやすい細胞型ならいくらでも耳に入ってくるのだが、流石に細胞型で人探しができる能力というのはないだろう。せいぜい嗅覚が優れてるとかくらいだ。
目についた人にねえねえ知り合いに人探し得意なやついる? なんて聞くのか? どう考えたって怪しいよな。怪しい奴に友人の情報なんて渡すわけないし。
それに年齢的にも厳しい。大学生となるとすでに力を失っているやつも多い。探すとしたら年下だ。
俺に人望があれば違ったんだが……。これなら高校時代、部活動や生徒会に入るなり、もっと活動範囲を広げておくべきだった。さすがにここで筒井さんにお願いするのもデリカシーがないような気がするし、他に後輩なんてろくに……。
……あ。
そういえば、いたな……、後輩。話好きで顔が広くて、好奇心旺盛そうな……。
長いこと連絡をとっていないけど、多分そんなに気にするタイプじゃないだろう。一人であれこれ考えるのはやめだ。俺は早急に連絡を付けることにした。
ーーー
「お! 大人になっとる~!」
相変わらずの関西弁、相変わらずの遠慮のない距離感で彼女……いや彼……ううーん、大倉しのぶはこちらに手を振った。
「久しぶり、しのぶちゃん、ごめん急に連絡して、呼び出しちゃって」
「ええですよ~、夏休みやもん」
「専門だっけ?」
「そうっす! 服飾の。センパイは大学生ですよね? ええな~キャンパスライフ、憧れるわあ」
喋り好きは変わらないらしい。佐伯といい、こういう口が回る子と話すとまるで自分が喋り上手になったのかと思うほど会話が捗る。俺にはない技術だ。
しのぶちゃんは和泉が部長をしていた写真部の後輩だ。卒業してその座を引き継いだようだが、俺はその姿を知らない。三年にあがってからはさすがに自分が所属していない部活に顔を出す機会などなく、自然と没交渉となっていたのだ。
それに、きゅっとしたつり目とか、女子と気のあう姦しいような感性や喋り方が佐伯とは似ていて、気も合うようだった。だから佐伯ロスに苦しんでいた当時は正直しのぶちゃんを避けようとする気持ちもあったのである。お陰でこうして再会することにちょっとした罪悪感も感じている。本人は知ったこっちゃないだろうが。
しのぶちゃんは背が少し伸び、大人っぽくなっていた。モノトーンの服は中性的でボーイッシュな女の子にも見えるし、線の細い男の子にも見える。相変わらずで安心した。
「人探し……?」
恐ろしい手腕でフルーツのジュースを奢らされつつ、俺はカフェにてしのぶちゃんに事情を説明した。
人を捜すのが得意な力を持った知り合いや、噂を知らないかという話だ。知らないと言われたらそこで俺の今日の目的は終了してしまうのだが、まあそれならそれで久しぶりに顔を合わせたんだからいくらでも話はできるしな。
しのぶちゃんはジュースを飲みながらうーん、と視線をくるくるさせる。
「それってなんかあ、人を道具扱いするみたいで……どーなん?」
「うっ、そ、それを言われるとなあ……ぐうの音もでないんだけど……」
能力目当てで人に近づくというのは、やっぱり誰からしたって気分の良い行為ではない。
開き直って自分の能力を活かした商売みたいなことをするやつもたまにいるが、普通はそこまで割り切れない。
そして自分から主張したわけでもないのに勝手に嗅ぎつけて手を貸して欲しいなんて厚かましいにもほどがある。そして怪しすぎる。
「でも手段を選んではいられないんだよ。こうしている間にその力が失われてしまうかもしれないし」
「んんー、まあ、気持ちはわかりますけど……」
しのぶちゃんは悩むようにおでこを指でさすった。
「テレビの特番とかでようあるやないですか、行方不明者を超能力者が探すーってヤツ。そういう能力持ってる子ォって、すぐそういう、政府? FBI? とかみたいなとこに保護されるって話ですよ。こんな身近にほいほいおりませんってー」
「や、やっぱりそうかな……。別にピンポイントで人探しできなくたっていいんだよ、……こう……工夫次第で手がかりが掴めそうな……なにか……」
ううん、だめだぼんやりしすぎている。能力自体が使える状態でそれをどうにか工夫して活かすならともかく、何もないところから目的だけ提示したって、そりゃあなにも浮かぶわけがない。
俺の力がもうちょっと使いどころがあるものだったらな。だとしても今更遅いけど。
「工夫次第でねえ……。探してるのってやっぱ佐伯センパイですか?」
「え、な、なんでそれを」
「いや、他おらんでしょ。和泉先輩も一時期荒れとったもん。細かい話は聞けませんでしたけど」
ああそうか、和泉の様子を知っていたなら佐伯がいなくなったのはただ引っ越した程度のことではないことくらい察せられるか。
「んー。詳しく状況聞いてもいいですか? どの程度のことがわかっているのか……」
しのぶちゃんは気を遣うような、忍びないように尋ねる。協力を要請しているのだ、隠す理由はない。
新幹線の距離らしいということ、大体の方角、それから名前は変わっていることを説明する。
ふんふんと頷きながらしのぶちゃんは分厚いメモ帳に書き留めていく。
「じゃあ佐伯センパイが無事でやってるかもわかんないってことですか」
「そうだね……、確かめる方法はない」
「ふうん、んー、どうやろ。あんまり期待せんとって欲しいんですけど、ちょっと友達と連絡とってきてええですか?」
「えっ、あ、うん!」
返事するなりしのぶちゃんは電話をかけるため席を立つ。
つまり、なんだ、何か手立てがあるんだろうか。いや、あまり期待しても、もしダメだったときしのぶちゃんが申し訳ない気持ちになるはずだ。落ち着いていこう。
「お待たせしました~」
「早くない!?」
「え~? こんなもんやろ、要点だけ話したけえ。ほんでセンパイ、佐伯センパイの持ちもんとか……なんか、持ってます?」
「も、持ちもん……、あ、あるよ。ルービックキューブ貰った」
「お、お~……。それ結構遊びました?」
「そりゃあまあ……家族で暇なとき代わる代わる……」
んーっとしのぶちゃんは唸る。な、なんですか……? だめでしたか……?
「エート……、その友達の力がですね、物とか、髪とか爪やとなおええんですけど、そういうものから持ち主の、なんやろ、念みたいなもんを見るんですって。今よく見る風景とか、センザイイシキ? とにかくそんときの持ち主の心みたいなもんをちょびーっとだけ見れるんですって。だから色んな人が触ったもんはブレてまうらしくて……」
「なるほど……!」
どうしよう、それで知らん男の顔とか出てたら。
しかし佐伯の持ち物と言えばルービックキューブと、あとはテディベアしかない。しかしテディベアも俺の物だしな……。俺の心が目の前で見られたらめちゃくちゃ嫌だな。
……その嫌なことを佐伯にするっていうのか……? 知らない間に知らない人に心の中を覗き見されるなんて嫌だよな……。
……。いいや! それはそれ、これはこれだ。
「佐伯が作ってくれたテディベアがあるんだけど……それはどうかな? ほとんど飾ったままで、触ったのは俺と和泉くらいなんだけど……」
するとなぜかしのぶちゃんは目をぱっちり開いて口をぽかんと開けてこちらを見つめていた。
「な、なに……」
「佐伯センパイが? テディベアって、あの、クマの?」
「あ、ああー……、ほらあいつ、あの頃寝込みがちだったからさ、動けない分、手芸にハマったみたいで? 誕生日プレゼントにくれたんだよね~」
「意外ですね……ちまちましたこと苦手な性分だと思ってたんやけど……」
「男の頃は目が悪かったから、それでじゃない」
「ああー……?」
俺の適当な説明で納得してくれたらしい。
「あ、和泉の家にお世話になってたから、もしかしたらそっちに私物残ってるかもしれない。すぐには連絡つかないかもしれないけど……」
「おお、いいですね。このあと友人と会えるっぽいんですけど、とりあえず今日はテディベアで試してみますか」
「うん、わかった。お願いする」
最近裕子さんと連絡は取っていないが、それでもなんとなく状況は察しがつく。この冬に公開された映画が日本でもかなりヒットして、ニュースで取り上げられたり、バラエティやドキュメンタリーなどとにかくひっきりなしにテレビで見かけるようになったのだ。少し落ち着いたもののもちろん次の撮影もあるし、CMだって見かけるようになったし、秋に旅行に行ったことが大昔のことのように忙しい日々を送っているようだ。
そんな状態で和泉家の状態の確認を待つとなるといつ返事が帰ってくるかわからない。それに佐伯は出て行く前断捨離をしていたし、もしかしたら何も残していないかもしれないから、やっぱり俺の第一候補はテディベアだ。佐伯も色んな思いみたいなものを込めて作ってくれたと信じてるし……。
俺は家にとんぼ返りして、ぬいぐるみを回収し、さらにそこからも帰ってきてしのぶちゃんとの待ち合わせ場所に向かう。その間にしのぶちゃんは友人をつれてくるという手はずだ。
相変わらずテディベアは歪んだ顔だ。手作り感満載だ。
しのぶちゃんの説明曰く、場所の特定にはまず役に立たないから期待するなとのことだ。しかし、持ち主が亡くなっていたら何も見えないとのことだ。つまり佐伯の安否がわかるかもしれないんだ。事実を確認できない以上、どこかで無事にやっていると信じるしかなかったが、それすら俺の勝手な妄想だ。ただ生きてるかどうか確認できるだけでも大収穫だ。
土下座してでも協力してもらおう。
一年前もこうだったが、あいつはそれほど別れを惜しんだりしない質らしい。まあ、そうでなければ海外進学なんてやってられないか。
俺は登校ついでに河合さんの家で別れた。河合さんは空港まで見送りに行ったようだ。
あの二人、この先大丈夫なんだろうか。河合さんは開き直っていたけど。和泉ももう少し年をとったら落ち着くのかな。
夏休みが始まり、俺は一人家でどうやって情報を集めるか考えていた。
長門に聞いたところ、やはりとてもじゃないが個人情報にはアクセスできないらしい。ハッキングでもするしかないし、バレれば退学+お縄だ。流石にリスクが高すぎる。自力で探す他ない。
ううん、こんなこと本当に考えたことがなかった。特定の能力を持った人間を探すなんて、途方もない話だ。
見た目や行動でわかりやすい細胞型ならいくらでも耳に入ってくるのだが、流石に細胞型で人探しができる能力というのはないだろう。せいぜい嗅覚が優れてるとかくらいだ。
目についた人にねえねえ知り合いに人探し得意なやついる? なんて聞くのか? どう考えたって怪しいよな。怪しい奴に友人の情報なんて渡すわけないし。
それに年齢的にも厳しい。大学生となるとすでに力を失っているやつも多い。探すとしたら年下だ。
俺に人望があれば違ったんだが……。これなら高校時代、部活動や生徒会に入るなり、もっと活動範囲を広げておくべきだった。さすがにここで筒井さんにお願いするのもデリカシーがないような気がするし、他に後輩なんてろくに……。
……あ。
そういえば、いたな……、後輩。話好きで顔が広くて、好奇心旺盛そうな……。
長いこと連絡をとっていないけど、多分そんなに気にするタイプじゃないだろう。一人であれこれ考えるのはやめだ。俺は早急に連絡を付けることにした。
ーーー
「お! 大人になっとる~!」
相変わらずの関西弁、相変わらずの遠慮のない距離感で彼女……いや彼……ううーん、大倉しのぶはこちらに手を振った。
「久しぶり、しのぶちゃん、ごめん急に連絡して、呼び出しちゃって」
「ええですよ~、夏休みやもん」
「専門だっけ?」
「そうっす! 服飾の。センパイは大学生ですよね? ええな~キャンパスライフ、憧れるわあ」
喋り好きは変わらないらしい。佐伯といい、こういう口が回る子と話すとまるで自分が喋り上手になったのかと思うほど会話が捗る。俺にはない技術だ。
しのぶちゃんは和泉が部長をしていた写真部の後輩だ。卒業してその座を引き継いだようだが、俺はその姿を知らない。三年にあがってからはさすがに自分が所属していない部活に顔を出す機会などなく、自然と没交渉となっていたのだ。
それに、きゅっとしたつり目とか、女子と気のあう姦しいような感性や喋り方が佐伯とは似ていて、気も合うようだった。だから佐伯ロスに苦しんでいた当時は正直しのぶちゃんを避けようとする気持ちもあったのである。お陰でこうして再会することにちょっとした罪悪感も感じている。本人は知ったこっちゃないだろうが。
しのぶちゃんは背が少し伸び、大人っぽくなっていた。モノトーンの服は中性的でボーイッシュな女の子にも見えるし、線の細い男の子にも見える。相変わらずで安心した。
「人探し……?」
恐ろしい手腕でフルーツのジュースを奢らされつつ、俺はカフェにてしのぶちゃんに事情を説明した。
人を捜すのが得意な力を持った知り合いや、噂を知らないかという話だ。知らないと言われたらそこで俺の今日の目的は終了してしまうのだが、まあそれならそれで久しぶりに顔を合わせたんだからいくらでも話はできるしな。
しのぶちゃんはジュースを飲みながらうーん、と視線をくるくるさせる。
「それってなんかあ、人を道具扱いするみたいで……どーなん?」
「うっ、そ、それを言われるとなあ……ぐうの音もでないんだけど……」
能力目当てで人に近づくというのは、やっぱり誰からしたって気分の良い行為ではない。
開き直って自分の能力を活かした商売みたいなことをするやつもたまにいるが、普通はそこまで割り切れない。
そして自分から主張したわけでもないのに勝手に嗅ぎつけて手を貸して欲しいなんて厚かましいにもほどがある。そして怪しすぎる。
「でも手段を選んではいられないんだよ。こうしている間にその力が失われてしまうかもしれないし」
「んんー、まあ、気持ちはわかりますけど……」
しのぶちゃんは悩むようにおでこを指でさすった。
「テレビの特番とかでようあるやないですか、行方不明者を超能力者が探すーってヤツ。そういう能力持ってる子ォって、すぐそういう、政府? FBI? とかみたいなとこに保護されるって話ですよ。こんな身近にほいほいおりませんってー」
「や、やっぱりそうかな……。別にピンポイントで人探しできなくたっていいんだよ、……こう……工夫次第で手がかりが掴めそうな……なにか……」
ううん、だめだぼんやりしすぎている。能力自体が使える状態でそれをどうにか工夫して活かすならともかく、何もないところから目的だけ提示したって、そりゃあなにも浮かぶわけがない。
俺の力がもうちょっと使いどころがあるものだったらな。だとしても今更遅いけど。
「工夫次第でねえ……。探してるのってやっぱ佐伯センパイですか?」
「え、な、なんでそれを」
「いや、他おらんでしょ。和泉先輩も一時期荒れとったもん。細かい話は聞けませんでしたけど」
ああそうか、和泉の様子を知っていたなら佐伯がいなくなったのはただ引っ越した程度のことではないことくらい察せられるか。
「んー。詳しく状況聞いてもいいですか? どの程度のことがわかっているのか……」
しのぶちゃんは気を遣うような、忍びないように尋ねる。協力を要請しているのだ、隠す理由はない。
新幹線の距離らしいということ、大体の方角、それから名前は変わっていることを説明する。
ふんふんと頷きながらしのぶちゃんは分厚いメモ帳に書き留めていく。
「じゃあ佐伯センパイが無事でやってるかもわかんないってことですか」
「そうだね……、確かめる方法はない」
「ふうん、んー、どうやろ。あんまり期待せんとって欲しいんですけど、ちょっと友達と連絡とってきてええですか?」
「えっ、あ、うん!」
返事するなりしのぶちゃんは電話をかけるため席を立つ。
つまり、なんだ、何か手立てがあるんだろうか。いや、あまり期待しても、もしダメだったときしのぶちゃんが申し訳ない気持ちになるはずだ。落ち着いていこう。
「お待たせしました~」
「早くない!?」
「え~? こんなもんやろ、要点だけ話したけえ。ほんでセンパイ、佐伯センパイの持ちもんとか……なんか、持ってます?」
「も、持ちもん……、あ、あるよ。ルービックキューブ貰った」
「お、お~……。それ結構遊びました?」
「そりゃあまあ……家族で暇なとき代わる代わる……」
んーっとしのぶちゃんは唸る。な、なんですか……? だめでしたか……?
「エート……、その友達の力がですね、物とか、髪とか爪やとなおええんですけど、そういうものから持ち主の、なんやろ、念みたいなもんを見るんですって。今よく見る風景とか、センザイイシキ? とにかくそんときの持ち主の心みたいなもんをちょびーっとだけ見れるんですって。だから色んな人が触ったもんはブレてまうらしくて……」
「なるほど……!」
どうしよう、それで知らん男の顔とか出てたら。
しかし佐伯の持ち物と言えばルービックキューブと、あとはテディベアしかない。しかしテディベアも俺の物だしな……。俺の心が目の前で見られたらめちゃくちゃ嫌だな。
……その嫌なことを佐伯にするっていうのか……? 知らない間に知らない人に心の中を覗き見されるなんて嫌だよな……。
……。いいや! それはそれ、これはこれだ。
「佐伯が作ってくれたテディベアがあるんだけど……それはどうかな? ほとんど飾ったままで、触ったのは俺と和泉くらいなんだけど……」
するとなぜかしのぶちゃんは目をぱっちり開いて口をぽかんと開けてこちらを見つめていた。
「な、なに……」
「佐伯センパイが? テディベアって、あの、クマの?」
「あ、ああー……、ほらあいつ、あの頃寝込みがちだったからさ、動けない分、手芸にハマったみたいで? 誕生日プレゼントにくれたんだよね~」
「意外ですね……ちまちましたこと苦手な性分だと思ってたんやけど……」
「男の頃は目が悪かったから、それでじゃない」
「ああー……?」
俺の適当な説明で納得してくれたらしい。
「あ、和泉の家にお世話になってたから、もしかしたらそっちに私物残ってるかもしれない。すぐには連絡つかないかもしれないけど……」
「おお、いいですね。このあと友人と会えるっぽいんですけど、とりあえず今日はテディベアで試してみますか」
「うん、わかった。お願いする」
最近裕子さんと連絡は取っていないが、それでもなんとなく状況は察しがつく。この冬に公開された映画が日本でもかなりヒットして、ニュースで取り上げられたり、バラエティやドキュメンタリーなどとにかくひっきりなしにテレビで見かけるようになったのだ。少し落ち着いたもののもちろん次の撮影もあるし、CMだって見かけるようになったし、秋に旅行に行ったことが大昔のことのように忙しい日々を送っているようだ。
そんな状態で和泉家の状態の確認を待つとなるといつ返事が帰ってくるかわからない。それに佐伯は出て行く前断捨離をしていたし、もしかしたら何も残していないかもしれないから、やっぱり俺の第一候補はテディベアだ。佐伯も色んな思いみたいなものを込めて作ってくれたと信じてるし……。
俺は家にとんぼ返りして、ぬいぐるみを回収し、さらにそこからも帰ってきてしのぶちゃんとの待ち合わせ場所に向かう。その間にしのぶちゃんは友人をつれてくるという手はずだ。
相変わらずテディベアは歪んだ顔だ。手作り感満載だ。
しのぶちゃんの説明曰く、場所の特定にはまず役に立たないから期待するなとのことだ。しかし、持ち主が亡くなっていたら何も見えないとのことだ。つまり佐伯の安否がわかるかもしれないんだ。事実を確認できない以上、どこかで無事にやっていると信じるしかなかったが、それすら俺の勝手な妄想だ。ただ生きてるかどうか確認できるだけでも大収穫だ。
土下座してでも協力してもらおう。