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11章

 和泉は二日間実家に入り浸り、そして帰国から四日目には再び河合さんのお店に居着いていた。
 二日間の間に長門とは再会できたらしい。よかった。あれで忘れられていたら目も当てられないからな……。
 河合さんとは一応仲直りできたということで、すっかり高校時代のような距離感に戻っていて、ほっとした。

「一日中この調子で店に居座るんだから、仕事の邪魔ったらないわ。常連さんには彼氏だと思われるし……」
「いいじゃねえか、減るもんでなし」

 いや、河合さんの出会いは確実に減ってると思うぞ。
 結局その日の夜も和泉はうちに泊まった。
 佐伯がくれたテディベアを見つけて、和泉は勝手にお土産の包装についていたリボンを首に巻いてやっていた。俺はベッドに腰を下ろし、それを眺める。

「和泉が羨ましいよ。会いたいと思ったらいつでも河合さんに会えるんだもん」
「ま、おれは河合と孕ましたりしねえからな。……うはは、おーい凹むなよ~」

 床に座ったまま体を伸ばし、和泉は俺のわき腹をつっついてくる。

「さっさと友也見つけてさ、友也とお前と、子供と、河合とおれと……あと姉ちゃんもかな。六人で家買って、一緒に住もうぜ。でっけー家族になればさ、寂しくないだろ。フルハウスみたいな家族になんの」
「またお前は適当なこと言って」
「言うだけならタダじゃん」

 そりゃあ、そうだけど。

「おれも河合もさ、男女の関係つーの? そういうのはさあ……、ちょっと、違うからさ……」

 和泉はうーんと腕を組む。こいつの色恋沙汰への苦手意識はよく知っているが、河合さん相手でもそれは変わらなかったということなのだろうか。
 そもそも二人が熱烈な恋愛関係であれば話は早いのだ。でも河合さんは和泉とキスがしたいわけじゃないという。そして和泉も同じらしい。なんだ、それはそれで噛み合ってるじゃないか。じゃあ万事解決! とならないのが辛いところだ。

「でもさ、家族にはなりてえんだよ。子供がいなくたってなれるけど、おれがいなくなったらって考えると、あいつほっといたらいくらでも一人になるだろ? それがおれは嫌なんだよなあ……。あいつに家族をやりたいんだよ」

 河合さんにはお父さんも祖父母もいるようだが、まあ、そういう話じゃないんだろう。順番的には河合さんより先に死ぬし。

「まあ、そうしたいんならお前がもっと手を焼いてやりなよ。河合さんのおひとり様好きは筋金入りだからね」
「ううむ。まずはさっさと学校卒業して、本出して、夢の印税生活……」

 随分甘い見通しのようだ。まあ、こういうタイプは夢は大きいに越したことはないのかな。

「にしても友也、見つかんねえかあ。お前があの大学いくって言ったときにゃ、すぐ見つかりそうだと思ったもんだけど、うまくいかねえもんだなあ」

 和泉は頭の後ろで腕を組んで、絨毯の上に転がる。
 俺もなんとなくずっと和泉を眺めていても実りがないので、ベッドに横たわった。

「……まあ、実際にセンターで利用者と接するのは四年生くらいにならないと機会がないからね……」

 子供が最初にセンターに通うための窓口はひとつだ。
 職業としては様々な枠があるけど、それらを総括して子供や保護者と実際に説明するのは俺の目指している特殊診療員の役目である。子供に対してどんな治療をするのか、全体的な指揮をとる役割だ。その分必要とされる知識量も責任も大きい。すでに希望者の中から試験の結果などで振り落とされている奴もいるくらいだ。3年、4年とどんどん数を減らすだろう。毎年合格者が出るわけでもないそうだし。
 でも確実に来院者をチェックできる。
 ……なんだか、とんでもなく手の込んだストーカーや変質者みたいだな、俺。
 単純にこの仕事が向いてそうだし面白そうだと思った気持ちもあるんだけど、言い訳にしか聞こえないだろう。
 しかし、和泉はそんな俺の野望はどうでもいいと言わんばかりに首を傾げた。

「あーいや、お前んとこの学校だったら色んな能力持ってるやつと連絡とれるんじゃねえの? 研究してんだろ? だから人探しが得意なやつもいんのかなーって思って」

 俺は勢いよく体を起こしていた。和泉が驚いた顔でこちらを見上げている。
 そんなこと、考えたことがなかった……。

「ああ……いや……、個人情報はかなり厳重に守られてるから……そういう能力の人がいても、実際に会うのは難しい……かな」
「そっか。そりゃそうだよなあ……」

 たしかに、千里眼のような能力は聞いたことがある。現代の科学では観測できない能力、特殊型にあたり、そういった力はかなり大規模に研究がなされているのだ。もしもなにかひとかけらでも掴めれば、人類の文明が大きく変わるからだ。タイムスリップとかも夢ではなくなる。
 しかしそういう力は多くの人が悪用したがるものだ。他のタイプよりも危険にさらされやすい。自然型も大概だが、その力を求めて誘拐する者もいれば、その力があることで都合が悪いからと危害を加えようとするものもいる。なのでそういう力であればあるほど自分の能力を表に出さない人が多い。そしてセンター側も必死で保護するのだ。高校生にでもなれば、あとはもう力は衰えていく一方なのでそのリスクは大分下がるが、なんにしても、カルテなどの記録も簡単にはアクセスできないのだ。
 個人名は伏せ、これまでどのような能力が確認されたかという情報自体は閲覧可能だが、現在どのような能力の持ち主が存在しているのかは伏せられているはずだ。このあたりは完全に俺の分野外なんだよな……。長門はもう少し近い部分にいるが、学生の身ではやはり見られる情報は大して違いはないだろう。
 しかしみんながみんなセンターに管理されているわけではない。今後検査が義務化されるようになれば変わってくるだろうが、日常生活での不都合や健康被害がなければ自分の能力などわざわざ調べもしないのだ。
 みんな自分がどんな力を持っているかなんてわざわざ宣言しない。それでも、長い学校生活を送っていれば大体あの子はこういったことが得意らしい、みたいなことはやんわりと周知されてくる。
 もしかしたら地道に探せば見つかるか? いや、俺が見つけられるくらいなら誘拐犯だって見つけるか。でも自分の力を特殊型だという認識がなければわざわざ隠してもいない場合だってあるし。
 急に俺が黙ったんで和泉は不思議そうにちょっかいをかけてきた。まあ、こいつと次に会えるのもまた一年後になるかもしれないし、そこそこに相手をしながら俺はずっと頭の隅でこのことを考えていた。

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