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11章

「長門と知り合いだったなんて、あいつ、同じ高校だったんだよ」
「うん聞いた。なんていうのかな、あの人も特待生でしょ? 浮きこぼれっていうのかな、なんとなくそういう人の気持ちわかる気がするから、多分割と仲いいよ」

 待て、あの人もって言ったか。……少し、筒井さんのことを見誤っていたのかもしれない。賢そうだとは思っていたが。
 あの長門と仲がいいと言えるほどコミュニケーションがとれてる時点でただものではないが。だって、まだ入学して半年経ってないだろ。そんな短期間であいつが自分から声をかけられるくらい打ち解けるなんて、前代未聞だ。
 筒井さんはあたりを見回し人がそばにいないのを確認して、ベンチに座った。ここは階段のそばの休憩スペースだ。廊下の先にもっと広くソファや自販機が並んでいるのでそちらには人影が見えるが、こちら側は寂しいものだった。
 俺はひとつ隣のベンチに座る。

「あっ何か飲む?」
「いらないっす」

 当然だが筒井さんの態度は少しそっけない。
 俺だって機嫌を伺うような態度はすべきではないだろう。しかし、どこから話すべきだろうか。とにかく謝罪か。

「昨日は……その、ごめんね。河合さんは気を遣ってああしてくれただけなんだ」
「あの人に散々あたしのこと愚痴ったあとだったと……」
「い、いやいや! 愚痴るっていうか、ま、まあ相談したことは確かだけど……」

 しかし結局和泉との話題に流れてしまったのだが。
 ……まあ……誰だって人が自分のことでお悩み相談してたなんて知ったら傷つくよな……。

「じゃあ彼女がいるっていうのも嘘と」
「……まあ、そう、なるね……」

 そこか。
 ……まあ、いくらなんでもこれ以上嘘を突き通すのは見苦しいよな……。

「彼女はいないけど、作る気ないんだ」
「……それって、どういう意味? 他に好きな子がいるってこと?」
「まあ……そうなるね」
「片思い?」
「……」

 片思い、とは違う。両思いとも違うだろうが。俺はわかりやすく言葉に詰まった。すぐに適当な嘘でごまかそうとしたが、どうせまたすぐにバレると予想ついた。俺は間が悪いようだしな。

「……ごめん、話したくない。軽い気持ちで他人に話せる内容ではない」

 筒井さんはベンチに座りながらこちらに体を向けた。それから俺の目をじっとまるい目で見つめる。

「その人死んだの?」
「えっ? い、いや。生きてる。生きてるよ。多分」
「あっなんだあ~、ごめん変なこと言って」

 胸を撫でおろし、筒井さんは「だめだなあ……」と小さく呟いた。

「あたし小さい頃から人の心がわかるの」
「え」
「っていっても読心術ってほどのものではないんだけど。相手の感情がなんとなーく、伝わってくるんだよね。セクハラ親父とか、すぐわかるよ」
「それは……大変そうだね……」

 神経型の能力か。
 他の能力と比べて数の割に研究が進んでいない系統だ。本人が自己申告しない限り周囲からはわからないからだ。しかし本人への精神的な負担は他に比べて圧倒的に高い。他人と感覚を共有できず、人に馴染みづらいからだ。
 なんらかの精神疾患を発症してはじめてその能力が原因であると気付くこともあれば、幻聴や幻覚として片づけられて対応が遅れてしまうことも多いそうだ。その場合は大人になって能力がなくなると一気に改善するのだが、それはそれで今まで日常的に使えていた力が突然使えなくなるストレスは他の能力の比ではないらしい。
 細胞型は能力が失われると、自分の力を見誤って怪我をするなどということが多くみられるが、そちらは矯正器具を使ったり何かしら対策できることが多い。しかし精神や心というものはそう簡単にいかない。
 デメリットのない能力などない。みんなどこかしらで割を食っている。しかし特に神経型の能力者は、普通らしく振る舞うというのは非常に難しい力だと思う。もちろん、能力の強さにもよるだろうが……。

「まあ、そんなにいい力じゃないよね。役には立たないし」
「……そう? 何考えてるかわかんない相手とかには便利そうじゃない」
「それって先輩のことじゃーん」
「俺? わかんない?」

 まあ、よく言われてたけど、でも最近はいい感じになってきたって河合さんにも言って貰えたんだけどな。

「先輩はねー、無、ってかんじ」
「えっ!? 心がないの!?」
「なくはないけど、普通女子高生がしつこく絡んできたら、こいついけんじゃね? って思ったり、まじでキモってうざがったりするじゃん。それが先輩はなんにもなしだったんだよね~」
「……ああいうこと他の人にもやってたんだ?」
「い、いやいやしないけど! でも弟の先輩の人とか遊びに来たら、やっぱねーなんかあるよ? 女だ! みたいな。顔には出さないけど」
「それは男子校だからなんじゃ……」

 いや、まあ、俺だって人のことは言えないか。共学なのに女子のことをやたらと意識してたし……。
 それにしても無か……。

「なんの反応もしないから気になったって? それだけのことで?」
「それだけってなに!? うーん、まああんまりやらしくない感じ大人っぽくて良いなーとは思ったけどね。下品な男が嫌いな年頃だからさ」

 下品な男はどんな年齢だって嫌いだろうけど。
 筒井さんは目を合わせない。自分の足先ばかりみている。

「でも先輩、家庭教師時代にあたしに彼女いるって言ったじゃん。嘘かどうかなんてことはわかんないんだけど、あのときなんか、すごく、悲しい……? 苦しい? ような、そんな感じを、感じたのね。おかしいじゃん? そんな気持ちになるの。別れたばっかりなのかなって思ったけど、でもなんか、質が違うっていうか……。やっぱ影のある男って女はみんな好きじゃん?」
「し、知らないけど……」

 ともかく、それがきっかけになったのだと、続けた。
 そんなことで、と思ってしまう。口には出さないけど。
 俺にはわからないが、だって、彼女の見る世界では、そんなことありふれたことじゃないだろうか。表に出していないだけで、相手がどんな経験をしたかなんてわかるはずがない。人生経験の少ない俺だってそうなんだ。同い年でももっと込み合った事情のあるやつはいくらでもいるし、考えもしないような経験をしているやつもいる。ただ彼女の話をしたとき悲しそうだった、なんて、彼女の人生ではよくあることじゃないんだろうか……。

「この間も彼女さんの話したときそんな感じだったから、絶対いい恋愛してないじゃん!? あたしが忘れさせてやるよ! って……」

 筒井さんは拳を作って恥ずかしいことを言ってのけた後、すぐに消沈する。

「勝手に、張り切っちゃった」

 消えそうな小さな声だった。それなのに誰もいない廊下には嫌に響いた。

「今の話、引いた?」
「なんで? 引かないよ」
「だってさ、人の心勝手に読むのって嫌がられるじゃん。昔それでハブられたりしたんだよねー。こっちもこっちで一方的に気を遣わされるのしんどかったし、それからは人には話さないようにしてたから」
「ああ……そうか。いや、俺は気にしないよ」

 気の利いた言葉が出てこない。先輩なのに、後輩に気を遣わせっぱなしだ。

「なんだか……ごめん、振り回してしまったようで……」
「やーもう完全に自爆だよ自爆! 気にしないで!」

 筒井さんは明るく言った。いい子だと思った。

 俺はそのとき、彼女にすべて言ってしまおうかと思った。
 佐伯のこと、俺のこと、そしたらどんな反応をするだろうか。軽蔑するのだろうか。それでもなお慕ってくれるのだろうか。
 よくないと思った。彼女は俺にとって耳心地の良いことしか言わない気がした。

「……ごめんね、ありがとう」
「いーえー。こんだけ献身的でもやっぱだめかー」
「……君はもっとじっくり距離を詰めた方がいいよ。俺のことろくに知らないだろ。とんでもないクズかもよ」
「え、説教!? 見る目はあると思うんだけど……、ま、そろそろ使用期限くるし、これからはダメンズ避けできないかもね」

 使用期限、というのは能力が尽きるということだ。突然力を失う男と違って女性は徐々に使えなくなるから、彼女もそろそろだと勘づいているのだろう。

「将来無職でギャンブル好きのDV野郎と結婚したら先輩恨むよ~」
「さ、逆恨みじゃないか……。そういう状況になったら脱出するための手助けくらいするから、連絡しなさい……」

 筒井さんは「そんなの浮気疑われちゃうじゃん」と笑い飛ばし、しかしすぐに神妙な顔になる。

「先輩も、将来幸せになれなかったら連絡してもいいよ」
「……幸せになったら連絡しちゃだめってこと?」
「それはー、あたしの状況にもよる」
「わかる。不幸なときに幸せ満載なとこみたくないよね」
「ねー」

 筒井さんは立ち上がり、つられて俺も立つ。話はこれで終わり、とでも言うようだった。
 俺は話したくないといい、彼女は深追いしなかった。それでよかったと思う。
 多分、力がなくたってこの子はうまくやれるだろう。自分の頭で考えられる子だというのはよくわかったから。

「先輩、また勉強でわかんないとこあったら聞きにいっていい?」
「いいけど……俺に答えられるかな。筒井さんの周りの人のほうが俺よりずっと賢いでしょ」

 彼女たちの専攻は特殊能力を医療に活用するための研究だ。俺とは全く分野が違う。それに特待生になるくらい成績優秀なら、専門分野以外のことだって俺よりできるだろう。

「だめだめ、みんな勉強しすぎてバカになっちゃってるから、人に教えるとか全然できないもん。先輩の授業が面白いの、知ってるしね」

 じゃ、戻るね、と筒井さんはさっぱりとした顔で小走りに階段を降りていった。
 予想以上に穏やかに話せてしまった。それもこれも筒井さんだったからこそだろう。なかなかこう和やかにはいかないはずだ。最後まで、俺が勝手に好かれていると勘違いしているんじゃないかと思うくらい彼女は落ち着いていた。でもそう解釈するのは失礼なことだとも思う。

 ……俺の反応次第では彼女と付き合うというのもあり得たんだろうか。俺が断らなければ、そうなったんだろう。
 ぼんやりと考えるが、あまり想像できなかった。やっぱり俺から見ると子供にしか見えない。
 ……いや、やっぱり、俺は筒井さんのことをまだろくに知らないのだ。趣味だって、食べ物の好みだって。
 そんなの、考えるだけ無駄だ。
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