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11章

「どーゆーことだよお前ー!」
「こっちの台詞だよ! 俺の合格祝いって聞いたのにケーキのひとつもないなんて!」

 俺は居酒屋で馬場と言い合いをしていた。まあいつものことだ。
 周りにはそこそこ話す同級生の仲間もいる。しかし女子だ。女子ふたり、俺と馬場で男ふたり。でも合コンじゃない。断じてない。
 先日俺は夏休みを前にしてひとつ資格の試験に合格したのだ。それは大体が三、四年で取得するもので、二年の前期に受験したのも合格したのも俺ひとりらしい。焦ってとるものでもないのだが、さっさと取っておけば来年のこの時期全く別の資格をとれる。どうせなら早いに越したことはないので勝手に受験したのだ。
 とてつもなく厳しい試験というものではないのだが、他の勉強と平行してとなるとなかなか厳しいらしく、それなりに褒められはした。おめでとー飲みに行こうぜ! と誘われて、祝われるのも悪くないと顔を出してみればこれだ。

「こっちは裏とれてんだぞー! めっちゃくちゃ可愛い一年に言い寄られて、あまつさえそんな子を適当にあしらい続けてるそうじゃないか! プレイボーイ気取りか!?」
「ちゃんと断ったよ」
「付き合ってもムカつくが断っててもムカつく……!」

 その気持ちはわかる。

「桐谷くんなに頼む? あ、アレルギーとかない?」
「何でも食べるよ。俺こういうがやがやした感じの居酒屋初めてなんだよね。ちょっと悩ませて」
「あっやっぱり~? 育ち良さそうだもんね~!」

 土居さんは優しい。気配り上手だ。以前の合コンのときもそうだったけど、自然とみんな大人の振る舞い方を覚えている。小野さんは、まあちょっと異色だったけど。河合さんだって絶対こういうときの立ち回りはうまくできないじゃないか。俺たちは経験が足りないのだ。……いや経験あっても甲斐甲斐しくするようなタイプじゃないか。それにしても、みんないつの間に学ぶんだろう。やっぱり部活とかで覚えるもんなのだろうか。
 高校時代、やたらと男女別々に行動取らされていた。あの学校は元々女子校だったらしく、トイレや更衣室がひとつしかなかったのが大きいそうだけど、おかげでなんとなく共学であるのに男女の隔たりを感じていた。……ちなみに、河合さんは別格である。
 それが大学になると急にその境がなくなったようで、むしろ意識するのがなんだかいやらしい、子供っぽい、みたいな雰囲気だ。俺の通っていた学校が異質だったんだろうか。
 しかし高校時代、佐伯で免疫作っていなければ、こうして普通に話しかけてくれているだけなのに勝手に舞い上がって好きになってたかも知れないなと思うと、ちょっと恐ろしいな……。
 レンコンの煮付けみたいなものをぱりぽり食べながら馬場の話を聞き流して、折角話題に出たんだし、弁明ついでに女子たちに意見を求めることにした。

「俺の対応別に間違ってないよね?」

 とりあえず、筒井さんの話が出たのでざっくりと経緯を説明して回答を仰ぐ。

「ううーん……」

 しかしみんなの態度は芳しくない。

「ていうか彼女、いたんだ……」
「えっあ、う、うん……」

 そこか……。そこは流して欲しかった……。
 さすがに彼女もいないのにあんな熱烈にアピールされて付き合わない理由というのはうまく思いつかなかったし、あちらこちらで証言を変えては絶対に綻びが出るだろうと踏んだのだ。

「元カノとより戻したん?」
「そ……そう、そう……」

 意外にも馬場は佐伯の話をしたことを覚えていたらしい。
 く、苦しい……。ほんとは見つかってもいないのに……彼女いないのに……。

「ねえ写メとか見せてよー! どこの子? 高校の同級生?」
「あ。いや、そういうのはちょっと……は、恥ずかしいから……」
「え、赤くなった! マジじゃん!」

 あんまり拒否すると存在を怪しまれそうだが、まあどうだっていい。見栄を張って嘘を言っていると思われたとしても、筒井さんと恋愛する気がないという体面が保たれるなら、心の内でどう思われていようと関係ない。

「うーん、桐谷くん女慣れしてなさそうだから、押せばいけるって思われてるんじゃないかなー」
「あと彼女いるって聞いたら余計燃える子もいるしねー。軽いタイプの男だったら納得って感じだけど、桐谷くん浮気しそうにないじゃん。そういう人ほど奪い取りたいってなりそう……じゃない? 知らないけど!」
「なにそれこわ……」

 なんでよくあることみたいに言うのか。そこから口々にこういう子もいたあの子はこんなことばかりしていたという話を聞かされ、思わず馬場と身を寄せ合う。

「悪い男を演じろ。悪役になるのも優しさだぞ!」
「そんなハイリスクローリターンなことをするほど切迫していない」
「ちっ」

 馬場はなんなんだ……俺を破滅させようとしているのか……?
 それにまあ結局、半年もすれば飽きるっしょ、という結論に落ち着いた。そんなもんか。俺が騒ぎすぎなのかな。調子乗ってると思われても仕方ないか。

「つうかお前どんだけ飲むんだよ! 割り勘だつったろ!」
「あっそうかごめん! 自分で飲んだ分はちゃんと支払うから! 大丈夫、覚えてるから!」

 まさか馬場に常識を説かれるとは思わなかった。周りが見えていなかったようだ。
 ……っていうかほんとにお祝いしてくれるわけじゃないんだ……。まあ、奢りだからって飲みまくれるほど厚かましくはないけどさ。
 とりあえず女性陣からのアドバイスは役に立つのか立たないのか微妙だった。彼女たちは筒井さんの人となりを知らないし、いつの間にか話題は妄想や、身近な他の誰を元にした話へと変貌していた。
 他の人からの助言が欲しかった。とりあえず、俺の潔白を信じて、苦労をわかってくれる言葉を。もっと俺に親身に寄り添ってくれる人が必要なのだ。
 こういうとき浮かぶ相手は一人である。……す、少ないな。でも一人でもいるだけマシか。
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