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11章

「なんで合コンとか行くの!? そういう系の人だったのー!?」
「こ、声が大きい……」

 大学のカフェテラスにて、筒井さんに捕まった俺はいわれのない非難を受けていた。
 そんな責められ方をしたら、まるで俺が彼女がいるのに合コンに行ったみたいに受け取られかねないじゃないか。

「だって彼女いるっていってたじゃん」

 ……あっそうか……! この子にはそう言ってあったんだった。

「……違うよ、俺はただの飲み会だと騙されてつれていかれたんだよ」
「ふーん?」

 頷きながらも怪しいなあ……というような目で見られる。
 何も悪いことはしていないのに! っていうかしていたとしても責められる関係ではなくないか……。

「やっぱりまだ別れてなかったんだー」
「な、なに……悪い? 合コンを責めるなら彼女持ちにしつこく絡んでくる君の行いも褒められることじゃないと思うな」

 ……まあ、俺自身は男女の友情は成立する派なんだけどさ。だって仮に彼女ができたとして河合さんと交流するなと言われたらそれは受け入れられないし。そして実際に河合さんとは何も間違いは起こらないのだ。今更河合さんが素っ裸で現れても手を出さないさ。むしろ恐れ多くて拝むかもな。触れていいもんじゃない。
 という俺の主義は隠しておいて。ついでに彼女持ちどうこうも必死に声を潜めた。知り合いに聞かれたら絶対面倒くさいことになる。これ以上嘘を上塗りしても良いことは絶対にない。

「先輩の知り合いの人は先輩女っ気ゼロ! って言ってたから、別れたのかなーって思ってたんだもん」
「……なるほど? 俺のこと相当詮索してるね」
「あ、やば」

 ……やれやれ。小野さんに聞いておけばよかった。こういう子の思考回路。
 筒井さんと再会してから二ヶ月近く経ったか。
 広い大学の敷地内で1人の人間の足取りを掴むのは簡単なことではないだろうとタカを括っていたのだが、俺の活動範囲は極めて狭かったようで毎回あっさりと捕まるのであった。
 そしていつの間にか俺は図書館の主として他の学生や教授などからも認識されているようで、いつどこにいるか聞けばすぐに情報が集まるらしい。目立つタイプではないはずなのに。
 いつも同じような行動しかしない俺も俺だが、筒井さんの行動力も尋常ではない。
 それでも大事な勉強の邪魔されて大人しく相手してやれるほど優しくもない。図書館内ではほぼ無視を貫いていたら諦めたのか、大体俺の帰宅時間を狙って声をかけてくるようになっていた。まあ、待ち伏せというほどの本格的なものではないけど。頻度も週に2、3回くらいだし、殆どあしらえてると思うし。
 果たして俺に対してそこまでする理由があるのかと少し不気味には思うが、小野さんの和泉に対するストーカー行為を見ていたせいだろうか。それに比べれば可愛いもんだった。

「わ……、別れてなんかないよ」
「じゃあ相手は大学の人じゃないんだ」

 ……しまったな……。少しずつ追い詰められはじめた犯人の気持ちだ。
 かといって、ここで今は誰とも付き合ってないなんて言ったらもっとややこしいことになる気がするし、貫き通すしかない。責任もって嘘をつき続けなければならない。

「あんまり女の人に興味なさそうで合コンとかにも乗ってこないから、男好きなんじゃないかってまことしやかに囁かれてたよ。で、それがこの前女子大の人との合コンに現れたからもう大スクープ! って感じであたしにも情報回ってきたの」
「どういう情報網だよ」
「えっとーメインで教えてくれるのは横田さんと大西さんって人。何か新情報手に入ったら教えるって連絡先交換したから」
「あいつら……っ!」

 勝手なことを! 絶対面白がってる……!
 入学してまもなくのころ、弁論部の体験入部に流れで連れ出されたのだ。そのときそのあたりのやつらと簡単なディベートをやることになって、俺と対立した彼らは悔しさなのかなんなのか、最終的に泣いてしまったのだ。大学生にもなる男が。別に人格を傷つけるようなことは一切言ってないと誓えるぞ。なんで泣いたのかは未だに謎だ。華々しい大学デビューに人生かけてたのかな。
 それ以来妙につっかかってくるのだ。
 とりあえず、今度乗り込んでもう一回泣かせようかな。

「しかし君は情報源を漏らすなんて詰めが甘いね」
「大丈夫。有力な協力者は他にもいるから」

 むむ。手強い……。
 切り捨ててもいいやつらと判断されたらしい。哀れな奴め。

「……まあ、そういうことだから、他の女子と仲良くなろうとは思わないんだよね。悪いけど俺が距離を置きたいという気持ちを理解してね」
「えー? そんな束縛激しい彼女なのー? 先輩後輩としての付き合いもだめなわけ?」
「学業に一切関わりのないところで親交を深めるのは先輩後輩としての付き合いを逸脱していると思うよ」
「あ、勉強以外全部無駄タイプ? だめだよー色んな人と関わることも人として経験を積む大事な要素なんだから。本だけ見てればまともな人間になれるんだったらみんなやってるってー」

 ああ言えばこう言う。
 別にそんな極端な話はしていない。屁理屈というのだ。

「俺の彼女は束縛なんて一切しないよ。ただ俺は彼女が俺の知らないところで異性と二人きりでお茶を飲んだり無駄話に華を咲かせていると思うと嫉妬するね。だから俺はそういったことはしないと決めているんだよ。自分が守れないことで人に文句はつけられないだろ」
「あ。なんかムカっときた」
「し、知らんがな……」

 筒井さんは唇を尖らせた。
 そんな顔を見ると、すっかり忘れていた、佐伯が照れ隠しをするときの顔を思い出した。
 そして少し重たい気持ちになる。
 実際は束縛どころか、俺が誰と付き合おうが結婚しようがそんなことは佐伯は全く与り知るところではないのだ。
 そんな佐伯のことを勝手に彼女に見立て、嘘をついて人を不快にさせるのはやっぱり言ってて嫌になってくる。彼女には俺が惚気ているようにしか映らないだろうけど。
 筒井さんはむっすりとした顔で机の一点を見つめている。

「ねえー彼女のどこがいいの? どういう女子が好み?」
「好みは年上。その子は同級生だけど」
「あたしだめじゃん!」
「そうだよ」

 本当に、この熱量はどこからくるんだ。
 去年一年の間週一で顔を合わせただけだろうに。親密になる瞬間なんてなかった。温度差がきつい。
 ……しかしこれだけ食い下がるということはそれなりに本気なんだろうか……。あしらいづらくなるじゃないか。スマートに断る術なんて知らないし、周りに助言を期待できるような相手もいない。

「筒井さんは俺のどこが好きなの」
「はっ?」

 瞬間彼女はぶんむくれた顔をぱっとゆるませてこちらを見上げた。
 その顔が見る見る赤くなる。そういえば、こうした他人の顔を見るのは随分久しぶりだ。まあそうそう見るもんでもないか。
 筒井さんはやはり、こういう油断したような顔を見ると年相応の子供に見える。うん。18歳はまだ子供だ。俺だって大して変わらないけど。

「べっ別に好きとか言ってないんですけど!」
「……ああ、そうか。たしかにそうだ。ごめん。早とちりした」
「い、いや、そうすぐに引かれても困るって言うか……もうっ何!?」
「え……逆ギレ……?」
「普通自分から言うー!? 信じらんなーい!」

 自分からしつこく付きまとっておいて俺の勘違いってことはないと思うのだが。何故か筒井さんはぷりぷりと怒ってそのまま席を立って店を出ていってしまった。
 なんで俺が一人取り残されてんだ……?
 ……まあ、俺が勘違い自意識過剰野郎だった場合は明日にも俺にキモいこと言われたという噂が学校中に知れ渡っていることだろう。……これも自意識過剰か。なんにせよ、そんな危ない男に近寄りはしまい。
 ま、ちょっと変な噂が立ったって学業の妨げになるほどではないだろう。多少尾ひれがついたとしても。……だ、大丈夫だよな? 一年生にセクハラ行為に及んだとか、そんな背びれ胸びれつきはしないよな……?
 ちょっと不安になってきたな……。
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