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1章

 気まずいというわけではなかった。
 しかし心地いいというほどでもなかった。
 先ほどまでは申し訳なさとか、後ろめたさとか、自分へのがっかりした気持ちを抱えていたが、そんなものはいつの間にか消え去っていた。そういう気持ちにさせるのがうまい奴なのだ。
 しかし失敗だった。少し前を行く俺より広い背中を睨む。
 先日の体育祭。佐伯は一番活躍した。女子に好かれてはいるものの、人気があるとはまた毛色の違う男だ。だがその日はちょっとした黄色い歓声もなくはなかったように思う。
 そのときのベストショット写真が個人的に手に入ったため、奴の想い人にこっそりその活躍を伝えにきたのであった。
 俺が見るに、裕子さんも佐伯のこと特別に興味を持っていると思う。実際、ただの弟の友達の写真を貰ったにしては随分喜んでくれた。それに俺の数少ない友達のうち、さらに数少ない惚れただなんだという話をするやつなのだ。手を貸してもいいかなと思ったのだ。俺はこう見えても友情に厚い男なんだ。発揮する機会がないだけで。
 とにかくまあ、俺は自分の手柄を確信して自画自賛したのだ。ナイスアシスト! 俺! なんて一人浮かれていたのだが、まさかその場に佐伯本人が偶然やってきて、しかも俺の所行がすべてバレるなんて。
 どう考えたって不運だ。だってここは学校や家から離れた海辺の街なのだ。そりゃあバスでいける距離だけど。そりゃあ近頃学校で噂になってるお店が並ぶ街だけど。まさかこの日この時間に同じ店に訪れるなんて思わないじゃないか。
 相手が佐伯でよかった。もし別の相手だったらもっとおかしなこじれかたや勘違いを呼んでいたことだろう。
 ばつの悪さを感じながら俺はとぼとぼと佐伯のあとを歩き、帰路についていたのである。まあ、あいつの調子のいい減らず口のおかげでその気まずさからはすでに解放されていたが。
 ふいに佐伯は「そうだ」と呟き、くるっと振り返った。その動きに合わせ、奴の肩の向こうからちらっと太陽の光が漏れて眩しさに少し顔をしかめる。

「パフェどうだった? あれ和泉が気にしてたんだよね」
「和泉が? 甘いものすきだったっけ」
「河合さんと食べに行きたいんだって言ってたよ」
「ええ……ずるいな……」

 あの野郎、抜け駆けか……。河合さんとカップルみたいな面してパフェをつつこうだなんて。許し難い。

「めちゃくちゃおいしかったけど。ムカつくからくそまずかったって言っておこうかな」
「あ、こら、営業妨害だよ」

 咎められた。まああいつの態度次第かな。
 ……よく考えれば、こいつを差し置いて裕子さんと一緒にパフェつついていた俺が和泉に文句を言う権利などなかったのだが……。

「うわあ、すごい夕焼け!」

 先を行く佐伯が感嘆の声を上げた。
 その道は緩い坂道となっていて、いつの間にか町並みを見下ろすようになっていた。登っている最中は見えなかったが、ちょうど景色がひらけて海が見える。そしてその向こうへ太陽が落ちていく最中だった。
 佐伯の姿はすっかり逆光になっていた。
 絵に描いたような夕焼けである。毎日太陽は暮れているというのに、あまり意識して見ることはなかったな。綺麗な色だとは思う。

「綺麗だね」

 俺が思ったことを素直にそう口にする佐伯は、なんだかうちの母親みたいだ。景色に素直に綺麗だとか、なんだか年寄りみたいじゃないか。……母親が年寄りって言う訳じゃないけど。
 そりゃあまあ、いい景色だろうなっていうのはわかるけどさ。
 なんだかしみじみと感動するなんて気恥ずかしくて、ちょっととぼけてみせる。

「佐伯の方が綺麗だよ」
「あははっ! せめてこっち見て言ってよねー」

 どうせ逆光で見えないのだ。俺はまだ青い空の色が残る高い部分と、光を受けてピンク色になった雲の塩梅が少し興味深かったんだ。
 横で佐伯が気持ちよさそうに深く息を吸うのがわかった。
 見なくたってわかる。佐伯はいつだってご機嫌に笑っているのだから。
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