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溺愛しゅかゆづ夫婦 6

 貴方は僕のために頑張ってくれているんだから、僕だってしっかり頑張らなくては。いわば専業主婦。炊事、洗濯、買い物、そのくらいは完璧に。目に見える努力に勝るものはなし――。

『――いつも言っていますよ、弓弦。無理はしないでください、と。家のことは俺が帰ってからでも良いでしょう?』
「……だって」

 多少の体調不良はいつものことだからと、ぐっと拳を握って動いていたら、昼。朱夏からの電話をとって聞いた第一声は、『貴女また無茶をしているでしょう』だった。
 そりゃあ少しは頭が痛いし、くらくらするし、咳が出て息苦しいけれど。これから買い物に行こうと思う僕を、朱夏はひたすらに制するのだ。

『だって、ではないですよ。弓弦。買い物は後で一緒に行きましょう。俺とのデートは嫌ですか?』
「嫌なわけないだろう」
『じゃあ今は休んでください。俺のために。ほら、ベッドへ行けますか? 横になるまで、切りませんよ』
「…………」

 そんなふうに僕を甘やかして。『龍神の目は誤魔化せませんからね』なんて、こんなときにだけ神さまを主張しなくても。
 ほら、早く。朱夏が言う。ためらう僕の手を引くような優しい声だ。そこは普通、いらいらしたりするものじゃないのかな。……僕に対していらつく朱夏を、僕はぜんぜん知らないけれど。
 とにかく、ここまで言われてしまったら、もう仕方がないというか。僕としてはもう少しくらい頑張りたかったし、無茶はしていない。でも、確かにちょっと体調は悪くて、多少の熱があるのかもしれなかった。

『そもそも貴女は頑張りすぎなんですよ。完璧主義すぎます。家だってきれいですし、俺の服もいつも新品みたいですし、ご飯だってとても美味しいです。それはもちろん嬉しいですよ。貴女が俺のために頑張ってくれている』

 ふらふら、してしまう足取りで。ベッドまでのあいだを、朱夏の言葉たちが、まるで僕の背中をそっと支えてくれるみたいに。
 大袈裟なくらいに褒められて、くすぐったい。僕はそんなに頑張れていないのに、貴方は僕を甘やかす。
 ベッドのふちに片手をつき、ゆっくりそこに腰かける。

『貴女は俺の愛おしい花嫁です。俺と一緒に生きていてくれているだけで、じゅうぶんすぎるくらい、俺にとっての幸せなんですよ。弓弦』
「…………」

 おおげさだよ、とは言えずに。
 ベッドにごろんと寝転がり、もぞもぞ毛布をかぶる。ああ、微かに朱夏の香りがする。心地よくて、どき、とする。
 スマホの向こうで朱夏がやわらかく笑った。

『いい子ですね』
「……。見えてでもいるの?」
『見えてはいませんけど、貴女のことならなんでもわかります。俺の溺愛アンテナはいつも好調ですから』
「……そう」

 なにそのアンテナ。僕、そんなのしらないけど。
 そうつっこむ気力もなく、適当な返事をする。全身がどっと重くなり、自分の体調は悪いのだ、と確かな自覚を得る。今さら。
 僕自身よりも僕のことを把握しているらしい朱夏は本当にすごいなと思った。彼はいま職場で、お仕事中なのに。その、アンテナとやらの効果(?)なのか。それとも、彼が龍の神さまだからなのか。

『弓弦、大好きですよ。待っていてくださいね』
「うん……」

 貴方の声は、僕の頭を撫でるよう。
 ぐるぐる煩かった頭の中が急にしんとして、ゆるやかに眠くなる。僕も、貴方がすき。ぽつりとつぶやきながら、おちる瞼に身をゆだねる。
 ……朱夏の微笑む声色が、波紋のように広がり、僕によりそい続けてくれている。

 このまま眠ってしまうのだろうと思った。
 数時間後、目をさますときは、きっと、貴方が僕を揺り起こしてくれているんだろう。いつだって変わらない、やさしくあたたかい手のひらで。


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