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溺愛しゅかゆづ夫婦 4

 夕涼み。夕立ちの気配。濁った曇り空に、僕の憂鬱が映る。今にも押し潰してきそうなこんな空だから、なにか、思い出したくないことを
 ずきりと頭が痛む。ずきり、ずきり。思い出すな、思い出すな。……ああでも――
 まるであの隔離室のよう。薄灰色で威圧的な四方の壁と。立派な教会みたいな建物の孤児院、僕の育った場所、見た目と正反対の内部に中身。それはどんな冗談? …………、
 ああ、僕は、お利口ではなかったから、

「弓弦」

 ふわり。声がする。怒鳴るものでも、嘲るものでもない。僕の名前を優しく呼んでくれる声。
 肩に触れられ、びくりとしてしまう。けれどその指先や手のひらは緩やかで、僕を覗き込む彼も気分を害したようではなく、

「晩ご飯、一緒に作りませんか。とびきり美味しいオムライスを作るので」

 そっと細められる金色の瞳。ゆっくり、ゆっくりと僕を包む両腕。
 まるで目隠しでもするみたいにキスをされ、そのあまったるい感触に気をとられているうちに、ひょいっと横抱きに持ち上げられて。

「貴女は俺のオムライスにハートを描く係でどうですか?」
「……どうですかってなに?」

 なにその係。ケチャップ係?
 彼が――朱夏が、あまりにもへんなことを真面目に言うから。僕は思わず笑ってしまって、そうしたら、「愛情たっぷりに描いてくださいね」って。朱夏も、明るく笑う。
 彼の腕にやさしく運ばれるまま、キッチンへ。そこは明るく、僕と朱夏の生活感に満ちていて、なんだかほっとする。悪い夢のあと、朱夏がすぐ傍にいてくれる時みたいに、目の奥がつんと痛い。
 だけど、頭はもう痛くなかった。

「大丈夫ですよ、弓弦。俺がいます。俺は、貴女を愛し、貴女を守護する、この世界で最も強い龍の神です」

 そう、大丈夫――……僕はもう大丈夫なのだ。だって僕はこんな明るい家に住んでいる。朱夏と一緒に生きている。
 大丈夫、という呪文。僕のすべてを知る彼の、やさしく奏でられる声と、たくさんのキス。濁った記憶は、彼のすべてにかき消されていく。
 思い出していた、思い出しかけていた、ことすらも。彼に導かれるまま忘れていって、僕の心は平穏に戻り、

「僕はケチャップ係なんだから、ご飯も炒めるよ」
「いいえ、貴女はケチャップ係じゃなく、俺に愛情のハートをくれる係です」

 そんな他愛ない会話をしながら。
 貴方とキッチンに立って、笑い合って、そんな今がとても幸せで、
 貴方がいてくれるから、僕はこうして生きている。


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