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溺愛しゅかゆづ夫婦 4

 ただここに在れば良い。
 それが、朱き龍神のすべてだった。
 生まれついた瞬間から強大な力を持っていた龍は、ゆえに孤高だった。
 父母と呼べる神々のことも、弟と定義される龍のことも、人間からの信仰すらも必要ない。
 龍神池の水面を揺蕩う朱。
 ただ、ここに在れば良いだけ。
 神々も人間も世界も、すべては勝手に移ろっていく。一瞥するまでもなく。
 ただただ水面を揺蕩うだけの幾千年。

 はてしない孤独ですらも、彼の心を蝕むことはできなかった。
 高貴で随一。ただここに在るがために生き永う。
 そんな彼を揺り起こしたのは、

「朱夏、おきて。風邪引くよ」

 儚さと強さのはざまで揺らめくような声。
 いまにも溶けてなくなりそうな淡雪色の肌と、
 強く、美しく、底のしれない真っ赤な瞳。

 朱き龍を、生まれついて凍てついた心ごと溶かし、
 瞬きすら忘れ去られた金の瞳にまばゆく射し込んだ彩り。灯り――。

 ソファでうたたねをしていた龍神は、心地よく寝ぼけた意識で、ふわりと微笑んだ。

「弓弦」

 その名を呼ぶ。呼んだ傍から、心があたたかくなる。
 愛しい存在が目の前にある。腕を伸ばせば、あちらからも身を寄せ、腕の中に入り込んでくれる。

「ゆづる」
「ふふ、なに。甘えんぼうさんだな。よしよし」

 ぎゅっと抱けば、負けじと抱きしめ返してきて、淡い指先が龍の髪を撫でる。
 龍はいまだ夢心地だ。その指先や細い腕、やわらかく笑う声に甘えて、瞼を閉じる。

 ただここに在れば良い。
 そうやって揺蕩うだけの幾千年は、もう、終わったのだ。弓弦というたったひとりの灯りに出逢って。
 自分の名は、朱夏。ただひとりの存在を愛し、そのために心を揺らし、瞬き、揺蕩うのではなく、生きている。
 今の朱夏は、弓弦を愛し、彼女に愛され、その傍らに在る。

「お腹すいた? お昼にしよう」
「はい」

 愛しい弓弦の傍に在りたい。
 それが、今の朱夏のすべてだ。


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