このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

溺愛しゅかゆづ夫婦 4

 ふいに思うのだ。
 この幸せは、胡蝶の夢。
 あるいは走馬灯。
 池の底に沈み逝く僕が最期に観る、やさしい幻。
 だってこんな僕に、こんな幸せが訪れるはずは――。

「弓弦」

 はっ、と目が覚める。
 視界がひどくかすんでいる。どくどくと、胸が痛い。
 頬を包み込むてのひらは温かくて、
 息すら忘れてしまった僕に、それを思い出させるような口づけがおりた。

「こわい夢だったでしょう。もう大丈夫ですよ」

 夢――。
 僕は、眠っていたの?
 だんだんとひらけてくる視界に、朱夏の微笑みが映り込む。
 そっと頭を撫でられ、僕が、ふるえながらの息を吐く。

「……朱夏」
「はい」
「ここは、……これが」

 本当に、現実?
 問いかけることすら怖い。
 言葉を詰まらせてしまった僕を見つめ、彼はくすりと喉を鳴らした。

「ねえ、弓弦。俺も、こわい時があるんです」
「……?」
「貴女と出逢って、今、貴女とこうして生きていること。これが、ただただこの世に在るだけの、俺の幻想だとしたら、あまりに残酷で恐ろしい」

 気高く強い龍の神さま。
 そんな彼でも、そんなふうに思うのか。
 こわいと感じるのか。僕と、同じように。

「ですが、これは現実で、真実です。この俺が言うんですから、間違いありません。――ですが、もし仮に」

 朱夏はぎゅっと僕を抱きしめ、言葉を続ける。

「なにかの間違えで、これが夢と幻ならば」

 語る彼は、どこまでもやわらかく、やさしい声色だ。
 そっと歌われるような言葉たちに、僕はただただ耳を傾ける。

「ずっと一緒に、夢幻を見続けましょう。何百年でも、何千年でも。仮に貴女の居ない現実があるなら、目を覚ます必要などありません」

 貴女も、そう想ってくれるでしょう? ――なんて、
 自信たっぷりに笑いかけてくる朱夏の、たくましさ。力強さ。
 ずるいくらいに、……格好いい。

「……うん。……ふふ、朱夏」

 ありがとう。
 つぶやきつつ、朱夏を抱きしめる。彼の力に負けないように、ぎゅうっと。
「どういたしまして」と朗らかな笑い声。すうっと肩の力が抜けていく。
 そうだね、朱夏。
 どちらでもいいのだ、貴方さえ一緒にいてくれれば。
 夢でも現でも。


16/30ページ