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溺愛しゅかゆづ夫婦 4

 眠い、とてもとても眠い。
 眠ることは出来なくはない、
 買い物に洗濯に掃除――思いつく限りの家事は、ひと通り片付けてある。
 それでも僕が眠りたくない理由は、
 彼が、お仕事、頑張っているだろうからだ。

 いつだって僕のために頑張ってくれているのに
 それを一番知っている僕が、お家でのんびり眠るのはどうなの。
 それに、眠ってしまったら最後、目覚めたら知らない世界にいるかもしれない。
 起きたら真夜中で、帰ってきた彼を出迎えそびれたり、なぜか彼が帰ってきていないかもしれない。
 そんな幼稚なふうにまで心配になって、不安になって、
 だから、僕は。

 にゃんにゃら。彼からの着信をつげる、スマートフォン。
 コール三回とかからず出て、なあに朱夏。貴方いまお仕事中でしょう。

『なんだか貴女のことが気になって、ちょっと電話してきますって、出てきました』

 そうにゃんだ。どうしたの。
 彼は、あははっと笑う。『弓弦、眠いんでしょう』。どうしてバレてしまうのかな。

『少し眠ればいいですよ』
「……でも」
『大丈夫です。ちょっと寝て、夜、とことん俺に構われてください。そのために必要な睡眠ですよ』

 …………そう言われてしまうと。
 でもだって、なんて、もにょもにょ言えなくなってしまう。
 たぶん、彼はわかっている。僕の寝かしつけ方を。電話越しなのに、今だけはすこし離れているのに。
 ずるい。

「しゅか」
『はい、弓弦』
「もしも僕がべつ世界行っても、みつけてくれる? 夜までねてたら、おこしてくれる? ちゃんとかえってきてくれる?」

 ああ、だめだ、ねむくて
 僕、なにを言っているんだろう、彼を困らせるような、

『ええ、もちろん』

 それなのに彼は即答した。

『たとえ貴女がどこへ行ってしまおうと、必ず見つけます。ちゃんと起こしてあげますし、今日も即行で帰りますよ』

 だから、なにも心配いりませんよ、って。
 電話越し、微笑んでいるのがわかる優しい声色、でもそれは戸惑いも迷いも曇り一点なく、まっすぐで強くて格好いい。
 ぐるぐる、ぐるぐるしていた不安や心配が、彼の声と言葉たちで、

『おやすみなさい、弓弦。俺が帰るまで、もう少しですからね』

 じんわりとやさしく溶かされて、いって。
 僕は、たぶん、かろうじて。「うん、ありがとう」と、伝えてから。
 大丈夫ですよ、弓弦、おやすみなさい。そんな彼の声に手を引かれ、ゆっくりと眠りにおちていって
 そこは、朱夏の腕の中みたいにやさしい、眠りの水底で。
 ゆらゆら、たゆたう。

 ◆

 ――弓弦の寝息を聞き届けてから、朱夏はスマホの通話終了ボタンを押した。
 それはもう、断腸の思いで。通話終了なんかしたくないです、ずっと彼女の寝息を聴いていたいです、ああもう――もう、本当に。
 朱夏の頭のなかは弓弦のことでいっぱいだ。本当に本当になんて可愛らしいひとなんですか、と。なんだか気になって電話して本当に良かった、と。

(眠くてふにゃふにゃな喋り方も、不安がるのも、それなのに俺の言うことを聞いてくれて、俺に甘えてくれるのも、安心しきったような寝息も、)

 全部。
 弓弦の全部が愛おしくて、たまらなかった。
 朱夏はまだ顔の綻びをどうにもできないので、職場に戻るのはもう少し、いまの自分の顔よりかは冷たい風を浴びてからになる。
 晴れた空を見上げながら、朱夏は改めてかたく決意した。

 今日も完膚なきまでに仕事を終わらせ、即行定時上がり。
 帰りは龍のすがたで空を突き抜け、一刻も早く弓弦の待つ自宅へ帰ることを。


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