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溺愛しゅかゆづ夫婦 3

 円形のビニールプールはカラフルで、
 透き通った水が張られ、
 その水は、なにか、取り付けられている機械によってゆるやかな渦を巻き、
 プールを泳ぐ水風船たちもまた、愉快げに色とりどりだ。
 ……色とりどりだった、と言うべきだけど。

 夏祭りの水風船屋さん。
 しゃがみこみ、それらを眺める僕の隣で、

「ふは、余裕で釣れますね」

 紙糸とプラスチックの釣りばり。
 垂らしては、ひょいっと持ち上げて。
 そのたび釣り上げられる水風船と、ご機嫌な朱夏、
 水風船屋さんの『そろそろ勘弁してくれ』的なため息。

「弓弦、ほしい色ありますか?」
「まだ釣る気なの?」

 朱夏の手にはもう、たくさんの水風船がぶらさがっている。
 僕も、三個くらい、朱夏に釣ってもらったものを持っている。
 彼は赤色。僕は黄色。
 僕たちは毎日相変わらず、お互いの瞳の色にしか興味がないね。

「うーん。じゃあ、あれ」
「あの白ですか?」
「そう」

 はじめに比べてすっかり数の少なくなった水風船たちの
 赤色と黄色は、朱夏が釣り尽くしてしまって
 しいていうならあれかなあと指さした白い水風船は、
 水玉模様に、赤も黄色も入っているから。

「よし、任せてください」
「ふふ。うん」

 水風船たちの店主さんにはちょっと悪い気がしたけど、
 夏祭りもぼちぼち終わりの時間で、ひとも疎らになっていて
『失敗するまで取り放題でいい』と豪語したのは店主さん自身だから、
 まあ。いいんじゃないかな、なんて。
 こんな薄っぺらい紙糸じゃあ、今日のお客さん、だれも水風船釣れなかったでしょう?
 ちなみに僕も無理だった。

 朱夏のきれいな指先が紙糸を垂らすすがたに、
 なんとなく、蜘蛛の糸だなあとか。そんな連想。
 彼は龍の神さまなんだから、あながち間違っていないのかも。
 朱夏は、なにかを救おうとするような、心優しい神さまではないけれど。

「とれましたよ、弓弦。ほら」
「すごい。ありがとう」

 ちゃぷっと涼やかな水音。
 器用に水風船を釣り上げてみせる朱夏が、
 それを僕に手渡してくれる。

「どういたしまして」

 と微笑む顔が格好よくて優しくて
 ……僕だけは、
 この龍の神さまに見初められ、糸ではなく手を差し伸ばされ、
 そしてその真っ直ぐで淀みのない愛情に、救われたんだと
 いつだって救ってもらっていて、支えてもらっているんだって
 不意にまざまざ自覚し、ただただ嬉しくなる。

「朱夏」
「はい、弓弦?」
「そろそろ帰ろう。いっぱい取らせてもらったし、」

 言葉を切って、朱夏を見つめる。
 伝わるかな。きっと、わかってくれる。
 そろそろ貴方とふたりきりになりたいよ、
 お家のソファで貴方とゆっくり微睡みたい。

「ええ、そうですね。俺も同じ気持ちです」
「……ふふ」

 ああ、わかってくれた。
 すくっと立ち上がった朱夏が、僕に当然のように差し伸べてくれるその手を
 そっと。僕だけの旦那さまなんだ、って、握って。
 握り返してくれるのも、立ち上がらせてくれるのも、朱夏はとても優しい。
 大好きだなあって、今日だけで何度想ったかな。

 ぽんぽんぶつかりあう赤と黄色と白の水風船たち、
 それらとビニールプールからの緩やかな水の音。
 ふたりして、はっと我にかえる。
 店主さんが心なしかほっとした様子で、ありがとうございましたと言っている。
 それに頭を下げながら屋台を離れ、
 僕たちは顔を見合わせて笑った。

 まわりも忘れて、キスしちゃうところだったね。
 それは家に帰ってから、ゆっくりと。


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