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溺愛しゅかゆづ夫婦編 2 (NL)

 僕にはお気に入りの傘がある。透明なビニールに、淡い赤と黄色の水玉模様が描かれたものだ。
 どこにでもありそうな、少し子どもっぽいかもしれない傘は、雨の日の憂鬱を晴らしてくれる。これがあるから、雨の日の外も悪くない。そう思わせてくれる。

 傘をさして、雨音を聞く。
 なるべく濡れないようにと慌ただしい街中を、のんびり歩いている。
 横断歩道の信号が赤で、立ち止まったりすると、僕はまずまわりを確認する。誰もいなかったら、くるくる、傘をまわす。持ち手をしっかり握って、ゆっくりと。
 くるり、時計回り。反時計回り。そのたび線を引く、淡い赤色と黄色。まざりあうみたいで、でも、混ざらない。
 なんだか万華鏡の移り変わりみたいだ。それが僕の頭上に散らばっている。僕がこれをお気に入りの理由、そのうちのひとつ。こうすると、綺麗だから。
 それこそ子どもっぽいだろうか。僕は良い歳した大人なのに。
 ぱっと信号が青に変わる。それを合図する音楽とともに歩き出す僕は、傘をまわすことを辞める。気づけばたくさんのひとに追い越される。気にもとめずに、ぼんやり考える。

『あはは、本当だ。くるくる回すときれいですね』

 たとえ僕の好みや思考が子どもっぽいとしても。
 僕の大好きな龍で、愛しい旦那さまな朱夏だけは、僕のことをわかってくれる。この前の雨の日、一緒に買い物に行った時も、そう言って笑ってくれた。
 だから、いい。僕は、これでいいんだなって――。

「弓弦!」
「朱夏、おつかれさま」

 彼のことを考えて、胸のなかを弾ませながら歩いて、たどり着く。
 ちょうどいいタイミングだったみたいだ。朱夏は勤め先から出てきて、まさしく今帰るところのようだった。
 すぐに僕に気づいて、驚いた様子で駆け寄ってくる。雨に濡れるのも気にせずに。僕は慌てて傘を上げた。朱夏が中に入れるように。

「どうしたんですか、こんな雨なのに」

 ああ、朱夏だ。僕の大好きな旦那さまが、今、僕の目の前にいる。やっぱり濡れてしまった赤い髪を揺らし、美しい金色の瞳を瞬かせ、僕を真っ直ぐ見てくれる。

「寒くないですか」

 僕の心配ばっかりして、僕の頬を撫でて。
 彼の手のひらにそっと頬を寄せながら、うん、と頷いた。なんにも寒くない。朱夏の手のひらは優しくて暖かいから。
 たまたま、と言うつもりだったのに。僕の口は勝手に開き、勝手にものを言う。

「はやく貴方に会いたくて、迎えに来たら会えるかなって」

 お気に入りの、貴方色の傘をさしながら。
 朱夏は目を丸くさせたのち、ふわりと笑った。ああ、その、きれいな花が咲くような眩しい笑顔。
 雨粒と陽射しに輝く紫陽花みたいな――僕の心をときめかせて、離してくれない。大好きな朱夏が、僕の傘を持つ。
 ゆっくりからだを傾けて、ちゅ、とやさしいキスをくれる。触れ合うくちびるが心地良い。たった一瞬のくちづけの音がいつまでも頭の中を廻っていて、ただの雨音なんか勝るすべもない。
 ……あ。でも。
 そういえば僕たち、外、なんだった――。

「あはは、弓弦。真っ赤で、可愛いですね」
「……うるさい。帰る」
「ええ、帰りましょう。足、つかれていませんか?」

 急にすべて気恥ずかしくなった。顔を逸らしてしまう僕の手を握り、とても自然に指をからめて繋ぎ合わせる朱夏は、やっぱり僕の心配ばかり。
 そういえばさりげなく取られた傘も、僕にばっかり傾いていて、それって、貴方ばかり濡れてしまうんじゃないの。
 不満、というか。僕だって、朱夏が心配だ。そういえば――こればかりだな――彼は自分の傘を持っていかなかったのだろうか。家の傘立てには、なかったような。
 いろいろぐるぐる考えながら顔を上げる。朱夏を見上げて、

「? 弓弦?」
「……ううん、なんでもない。足は大丈夫」

 赤と黄色の水玉模様の傘。
 それを持つ、高身長でどこもかしこも格好いい朱夏。ひとの姿をした、龍の神さま。
 似合わないけれど、とっても似合っている。つい、くすっと笑ってしまった僕へ向かって、朱夏が不思議そうに首を傾げる。
 僕は首を横に振って、朱夏と恋びとつなぎした手に、ぎゅっと力を込めた。
 会いたかった、おかえりなさい、今日もおつかれさま。
「弓弦」と僕を呼び、微笑みを深める朱夏が、僕の手をしっかり握り返してくれる。
 ああもうずるい。貴方がすき。子どもっぽい相合傘にも、どきどき、胸が高鳴って落ち着かない。
 一緒に帰ろう。ゆっくり、歩いて。


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