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溺愛しゅかゆづ夫婦編 (NL)

 昼過ぎごろに雨が止んだ。なんとなく窓を開けて、雨上がりの空を眺めた。
 朱夏は今、どこで何をしているのかな。
 何時ごろ帰ってくるのかな。
 なんて。大好きな旦那さまのことを考えていたら、

「わ……っ」

 ふいに強い風が吹いた。雨のあとが散って、冷たい。いたずらな風は僕の体を通り抜け、寝室を過ぎ、どこかへ行ってしまう。あっという間の出来事。

「……?」

 無意識に、ぎゅっと瞼を閉じてしまっていたらしい。
 それをひらいて、何気なく手元をみる。そして、きょとんとした。僕の手のひらの中に、青紫の花がある。ちょこんと一輪、摘まれたばかりのように瑞々しい。
 僕はつい先程まで何も持っていなかった。窓辺に花なんて飾っていない。あの突風が置いていったものなのだろうか。そんなはずはない、と言いきれないのは、朱夏との生活が長いせいだろう。この世界は、不思議な事柄で溢れている。
 たとえば、自分の旦那さまが、実は龍の神さまだったり。
 ……これはどうやら、菖蒲の花だ。

 しばらく手のひらの花を見つめていた。
 何気なく顔を上げると、晴れた空の向こうに虹ができていた。
 僕の顔が綻んでしまったのは、虹を目にしたからではない。そのさらに向こうに、影を見たからだ。遠目からでもよくわかる。大きくて威厳のある、真っ赤な龍の姿――。

「朱夏」

 僕は、彼の名前を口にして。
 帰ってきてくれた旦那さまを迎えようと、玄関の方へ小走りする。転んでしまったらどうするんです、とか、朱夏に小言をいわれてしまうかもしれない。
 でも、仕方ない。思わずそうしてしまうくらい、朱夏の帰りが嬉しいのだから。

 ◆

「へえ。それで、この花があるんですね」

 朱夏を「おかえりなさい」と出迎えたあと。突然現れた菖蒲の花の話をした。
 ひとつ頷いてみせた朱夏は、おもむろに僕の手から菖蒲を受け取って、それを僕の髪に、髪飾りのように差し込んだりして。

「あはは、似合っています。きれいで可愛いですよ、弓弦」
「っ……」

 いきなり、だったから。
 あまりにも突然……意表をつかれたから。
 ありがとうと軽く言いたかったけれど、胸がどきどきしてしまって、真っ直ぐ僕を見つめてくる朱夏の笑顔が格好良くて、なおさら言葉が詰まってしまって。
 気恥ずかしくて俯く。そんな僕の頭を、朱夏の手のひらが、ぽんぽんと優しく撫でてくれる。


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