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溺愛しゅかゆづ夫婦編 (NL)

 僕の旦那さまは、龍の神さまだ。
 今日は朝早くから仕事へ行く。なんでも、どこか遠いところで、もう随分と雨が降り止まないらしい。
 旦那さまは――朱夏は、龍の神さまだから。そういうものを降り止ませ、雨を日照りに変えることくらい、なんてことはないらしい。
 ただ、問題なのは、

「ああもう本当に面倒くさい……なんで俺がそんなことしなくちゃならないんです。せっかく貴女とのんびり朝飯でもと思っていたのに」

 とうの龍神さまがこんな感じで、嫌そうなため息を吐くことだ。
 人間も他神も知ったことじゃないと言い放つくらい、朱夏は人嫌いで、自分以外の神さまも嫌いだ。
 今回のお仕事も、雨降りに困り果てたどこかの神さまが、必死に頼んで頼みぬいて、それなりの謝礼も用意されたようで。やっとのことで朱夏をしぶしぶ頷かせたみたいだった。

「やっぱり行くのやめましょうか。ねえ、弓弦。そんなの、どうでもいいと思いませんか?」
「うーん……まあ……」

 玄関先でむすっとしている朱夏に、僕は苦笑を返すしかない。僕は朱夏の花嫁としてここにいて、朱夏の力によって不老不死で、だから朱夏の他の神さまとも、ちょっとだけ縁がある。
 けれど、だからといって、神さまたちの事情を知っているわけじゃない。僕はあくまでも人間あがり。正直、なにも知らないくらいだ。
 改めて自覚すると、それも少し寂しいなと思いつつ、僕は言ってみた。

「早く行って、早く帰ってくれば、それが一番格好良いよ」

 朱夏のやる気になれそうな言葉を。
 嘘はついていない。それが一番良くて、格好良いと思うのは本当だ。
 それを聞いた朱夏の瞳が、気だるさから一転、輝いた。「それもそうですね」と頷く拍子に一瞬の線を引く金色の瞳。燃えるような赤い髪。
 きれいだなあと、今日も見惚れる。

「さすが俺の弓弦です。じゃあそうしますので、お昼は一緒に食べましょう」
「わかった。貴方の好きなものを作っておくから――……ん、」

 するりと屈んだ朱夏の影に覆い尽くされる。
 無意識に顔を上向かせた僕の唇に、やさしくあたたかいキスがされる。ちゅっと音をたてて、すぐに離れていく。……ほんの少し、さみしいと思った。
 朱夏の唇を追いかけたがる自分を制し、そのかわり、彼を呼ぶ。朱夏はまだ、軽く屈んでくれている。僕としっかり目をあわせて、僕の言葉を待ってくれている。
 ああ、そんな些細なことでも、彼の愛情がたくさん伝わってきて、胸がときめく。
 僕も負けじと彼を見つめながら言った。

「気をつけて、行ってらっしゃい。貴方の帰りを待っているから。なるべく早く帰ってきてくれると……うれしい」
「あははっ、はい。可愛いですね、弓弦。貴女が可愛すぎるから、もっと行きたくなくなりました」
「えっ。それは、その」
「ふふ、大丈夫ですよ。わかっています」

 慌てる僕の頭を撫でて、朱夏は満面の笑みを浮かべた。

「行ってきます、弓弦」

 ……うん、と頷きながら。
 朱夏が背中を向けてしまうことが、ほんの数時間家を離れるだけのことが、さみしいと思ってしまう僕もいて。
 もちろん、この心だけに秘めておくけれど。
 それに、朱夏は必ず帰ってきてくれるから、なんにも心配は要らないのだ。

 山奥。僕たちだけの住処。静かな森を、ざああっと突風が揺らす。窓から外を眺める僕は、風につられてなびく自分の髪を、そっと抑えた。
 見上げる空は青く澄んでいる。このあたりに雨の気配はない。
 その青空に、

「きれい……」

 大きな龍が飛び立っていく。ぞっとするほど真っ赤で美しい身体を、きらきらと光り輝かせながら。
 僕は思わずつぶやき、そして、感嘆した。ちいさなため息は風に掬われていく。そのまま、どこへ往くのだろう。
 あれほどまでに美しく高貴な龍の神さまが、僕の――僕だけの旦那さま。
 僕は彼を愛しているし、彼は僕を溺愛してくれる。毎日毎秒、いつまでも。
 ちょっとのさみしささえ幸せの証明なのだ。
 僕は、朱夏が見えなくなってしまった空を見上げたまま、愛おしさを噛みしめる。

 お昼ご飯、せいいっぱい頑張って作ろう。
 朱夏への愛情を、たっぷり込めて。


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