溺愛しゅかゆづ夫婦編 (NL)

 僕はわがままだ。
 だって、こんなに、胸が苦しい。
 いつもいつもくだらない自己嫌悪があって、朱夏に溺愛されている自分を不相応だとかのたまうくせに。
 そんなことは絶対にないですよ、って。朱夏の口から言ってほしいだけの、面倒くさい性質のくせに。

 朱夏は、龍の神さまだ。
 だからたまに、他の神さまと会うことがある。朱夏は面倒で嫌だと言うけれど。
 そんなとき、僕も、その神さま同士の場に居させてもらえる。僕は朱夏のお嫁さんで、彼は僕の旦那さまだから。

 ――今日。まさに今の、神さま同士の場所。
 朱夏がいて、彼の目の前に、やっぱり人間のすがたをした神さまがいて。
 朱夏はだいぶいらいらしている。話を切り上げたがっては、『もう少し』に引っ張られて。神さまとしての朱夏は、僕とふたりきりの時とはうってかわって、ひどく冷たい。
 今にも目の前の神さまを射殺しそうな睨み方をするし、鋭くとがった金の瞳はゾッとするほど醒めていて――。
 恐い、と思う。凛々しくて、格好良いとも思う。僕は、そんな朱夏の一面も好き。ああそう。好き、だから、困るのだ。
 胸が苦しくて、なんだかもやもやと黒い感情が渦巻いて。僕は朱夏のお嫁さんなのに、それに相応しくじっとしているべきなのだろうに……ただでさえ、僕は、とことん素敵な朱夏に相応しくないのだから。
 頭がぐるぐるする。わかっている、はずなのに。

「……朱夏」

 もう、苦しくて。切なくて、嫌になった。
 名前を呼ぶ、彼の服の端をきゅっと掴む。
 言い争いのために口を開いていた彼が、はっとした顔でこちらを見る。「弓弦、どうしました?」その声は、僕だけに優しい。
 そのことにほっと吐息してしまう僕は、本当に、根っこから性格が悪い。いいさもうどうせ、僕はこんなもんなのだから。

「朱夏、僕……」

 僕だけを見て、僕だけに話をして、あの冷たい瞳だって、苛立った声色だって、ぜんぶ僕に向けてくれたらいいのに。
 ねえ。僕をこんなわがままで空気の読めないお嫁さんにしたのは、貴方だろう? こんなになるまで甘やかして、溺愛して。
 ……嫌われてしまったらどうしよう。
 ああ、指が、かたりと震える。

「弓弦」

 想いはひとつも言葉にならない。僕の言葉は無意味に途切れ、どうにもならない。
 名を呼び返され、びくりと肩が強ばった。緊張し、息を詰まらせる――咄嗟に伏せた視界、に。するりと映り込む、朱夏の腕。
 つくりもののように美しく、けれど男らしくて格好いい。僕の大好きな朱夏の腕が、僕を包んで抱き寄せてくれて、

「行きましょう、弓弦。――それじゃあ、俺たちはこれで。さようなら」

 ふわりと身体が浮く。横抱きに持ち上げられたのだと、少し遅れて気づいた。
 朱夏が瞼に口づけをくれるおかげで、なんとなく目が開けづらい。だから、僕を連れた朱夏の去り際、一方的に会話を絶たれた神さまが、どんな顔をしていたのかさえ、僕にはわからなかった。


「……あの、朱夏、ごめん。僕――」
「弓弦」
「っ、はい、ええと……っ」

 まさしく、瞬く間。
 あっという間に帰ってきた、僕と朱夏の家。いつもの寝室。
 ベッドにおろされた僕は、おそるおそると朱夏を見た。覆い被さる影へ、まともに謝ることも、言い訳することもできない。
 それはもう、とんでもなく怒られるのだろう、けれど。でも。それでも、朱夏の怒りが僕に向くのならと思ってしまう。彼の意識を、思考を、独占したい。
 僕だけを見て、かまって。

「弓弦、貴方。本当に」
「うん、ごめんなさ――」
「本当の本当に可愛らしくて、愛しくて、まったくもう、かわいいひとですねえ……!」
「え。わっ、朱夏……!?」

 ぎゅむ。抱きしめられる。
 すりすりすり、頬擦りされる。甘ったるさが度を超えて、悲痛ともとれるくらいの声と言葉。
 ぎゅむぎゅむ、すりすり、どうしよう。朱夏がとまらない。うれしいけれど、僕、背骨が折れたり髪から発火したりしちゃうんじゃないか……?

「寂しかったんですね? すみません、気づけなくて。ですが、ありがとうございます」
「な、なに?」
「きちんと俺に甘えにきてくれたでしょう。いい子ですね」

 叱られる覚悟だった行動を、逆に褒められるとは、思いもしなかった。
 言葉を失う。そんな、僕は、いい子なんかじゃない。首を振りたくても、朱夏の頬擦りはとまらないし。やっと口を動かせるかなと思ったら、優しくキスをされてしまうしで、否定もできなくて。

 …………まあ。
 朱夏が許してくれるなら、いいか。

 僕は思考のほとんどを放棄し、彼にぎゅっと抱きつく。
 胸から全身がふわふわ溶けていって、朱夏のことだけ考えて、彼のことが大好きで。


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