溺愛しゅかゆづ夫婦編 (NL)

 赤い色が嫌いだ。
 それは僕の瞳の色だから。これのせいで、小さいころから散々だった。からかわれたり、気味が悪いと言われたり。
 いちご、りんご、トマト、それから。世の中にあふれる赤いものは、ほとんど皆に受け容れられている。
 僕はそれになりたかった。それになれないから、どうしても嫌われてしまうから、どんどん赤いものが嫌いになった。それらを見るたびに、自分の眼の色が頭に浮かんで。

「――俺が愛してさしあげます。弓弦、貴女のぶんまで。俺は貴女の瞳から恋をしたんです」

 朱夏は。僕の『嫌い』を否定しなかった。
 僕のぶんまで愛すると言った。僕の瞳。赤い色。

「赤って、俺たちの色ですよ。ほら、俺の髪も赤いですし。俺は赤い龍ですしね」

 でも、彼は、それを僕に押し付けない。嫌いなままで良いのだと、微笑んでくれた。答えに困る僕の髪を撫で、瞼に優しいキスをして、「大丈夫ですよ」って。


 ……以前、そんなやり取りがあったことを、今でも昨日のことのように思い出せる。
 朱夏は今朝、仕事に行ってしまった。のどかな昼過ぎ。静かなのは好きだけれど、ひとりで家にいるのは少し寂しい。今日の朱夏は定時で帰れるらしいから、もうちょっとの辛抱だけれど。
 僕は鏡の前にいた。椅子に座って、鏡の中の自分を眺めていた。瞬くたびに目立つ赤い眼。ああやっぱり嫌いだ。そう思ったからか、鏡の中の僕が、不機嫌そうに眉をひそめる。僕自身も当然、それと同じ顔をしているのだろう。
 ひどい顔。嫌いな瞳。
 でも、朱夏がいたら、彼は笑うのかな。なんて。

 髪をとかして、適当に三つ編みにして。テーブルの上に用意しておいたヘアゴムは、ちょこんと小さなリボンがついている。とっても控えめに、真っ赤なリボン。
 赤は嫌い。今もそれは変わらない、けれど。それを僕の瞳ではなく、朱夏の髪色や龍の姿だと思うと、途端に――それはそれは美しく、優しくて格好良くてあたたかい、『朱夏の色』。
 彼の色は好きだ。黄金色の瞳、朱い髪。……そう、きっと、朱いのだ。僕が好きだと思えるその色は。だから、このヘアゴムも。
 これは、いつだったか朱夏と出かけた時、彼が買ってくれたものでもある。ペアになっていて、もう片方は、黄色のリボンだ。

 ――よし。いい具合に髪が結べた。鏡を覗き込み、僕は満足する。ゆれる三つ編みの結びに、朱夏のくれた朱いリボンのヘアゴム。
 掃除も洗濯もすましてしまってあるし、本でも読もうかなと立ち上がると、ふいにスマホが鳴った。にゃいん! 短い通知音。
 スマホを手に取り、ロックを解除する。僕へのニャインなんて、送ってくるのはひとりくらいしかいない。そのたったひとりが、僕の愛しい旦那さま。

『弓弦、大丈夫ですか? もう帰れそうです』

 そのひと文だけで、とても嬉しくて。
 即読、即返信なんて、重たいかなあなんて。無駄にひねくれ、素直になれない僕は、わざとゆっくり文字をうつ。大丈夫。お疲れさま。
 僕のメッセージは即読され、即座に返信される。だけど、全然重たくなんて感じない。むしろ嬉しい。朱夏はとても素直だ。真っ直ぐなんだ。

『早く貴女に会いたいです。待っていてくださいね』
『うん、まってる』

 彼がそうしてくれてはじめて、僕も素直になることができた。すぐさま返事を送り、嬉しい気持ちのまま、ソファに座る。そこにあった黄色のクッションを抱きしめて、スマホの画面を見つめる。朱夏とのメッセージのやり取り。僕は、朱夏がすき。

 今の僕は、朱夏のお嫁さんだ。彼のおかげで、世界にある、あらゆる朱い色を愛しく思える。筆頭は、もちろん彼自身。それから、彼にまつわるもの。彼が僕のために買ってくれた、赤いリボンのヘアゴム。
 自分の瞳も、朱夏が好きと言ってくれるなら。僕だけでは好きになれないけれど、彼と一緒なら。

 ああ、朱夏が帰ってきた、その音がする。僕はソファから立ち上がり、玄関まで駆けていく。


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