溺愛しゅかゆづ夫婦編 (NL)

 んー、と唸りとまではいかない声が聴こえてくる。
 ベッドの中、俺の隣でもぞもぞと寝返りをうつ弓弦は、どうも眠れない様子だった。
 俺はスマホで写真を見ていた。当然、撮りためた弓弦の可愛い写真集だ。いま画面に映っているのは数日前の土曜日、雨上がりの紫陽花を眩しそうに見つめる弓弦の横顔。可愛くて、きれいだ。
 愛しいなと微笑み、スマホの画面を消す。かちりと音。枕元に置く。仰向けの体勢を横向きにさせ、弓弦、と彼女を呼ぶ。

「大丈夫ですか?」
「ん。ごめん、朱夏。鬱陶しかったかな」
「いいえ」

 自然と向かいあった。不安げで、気遣いだらけの弓弦の瞳。揺らぐ赤眼を愛おしく思いながら、安心してもらいたくて、笑みを深める。

「眠いんだけど、うまく眠れなくて」

 弓弦はぼやき、ため息をつく。困ったように眉を下げ、自分のベージュの髪を指でいじる。それを見てすかさず思う。どうせなら俺の髪をいじってくれればいいのに。彼女が俺の髪をいじって、俺が彼女の髪をいじれば、それはとても幸せなことだから。
 俺は彼女の手を取り、ゆっくりと自分の赤髪へと導きながら、

「そうですか。……じゃあ、弓弦。これを貴女に」
「ん?」

 彼女の指先が、おそらく無意識に、俺の髪を撫でてくれる。その心地よさに目を細めつつ、俺は、片手を空中へ差し出した。
 俺の手のひらにふっと現れる、これは一冊の本。向こうの本棚で微睡んでいたもの。おおまかに絵本と分類されるこれのタイトルは、『神無月の龍神さま』。
 俺と出逢ったばかりの弓弦が、俺という龍の伝承を捜し、買ってきた絵本だ。
『これは貴方のこと?』と、こてんと首を傾げてみせたのが、とっても可愛らしかった。思い出すと、当然のごとく頬がゆるむ。

「読んでさしあげます。貴女が眠くなるまで」
「……僕は子どもじゃないけれど」
「あはは、そんな扱いしていませんよ」

 貴女、この本、好きでしょう。
 そっと笑いかける。弓弦はなんにも言わないけれど、俺を見つめる眼差しは期待に満ちていた。
 その頬が、うっすらと赤い。ああもう、本当に可愛いな。

「眠れそうになったら寝てしまって良いですからね」
「……うん」

 俺が絵本を軽く放ると、それは空中にふわふわと浮かんだ。
 読もうと思ったページがひとりでに開かれる。俺にも弓弦にも見やすい位置で、ふわふわ、読まれることを待っている。
 俺がこうやって使う、人間でいうところの、神の力というか。弓弦が『魔法みたい』と呟いたことのある、もの。最初のころはとても驚いていた弓弦も、今ではすっかり見慣れたようで、特になにも言わない。
 そういうところが、また、ひとつひとつ愛おしく思うのだ。俺とこのひとの過ごした日々は、こうやって軌跡になる。
 これからも。

「……『龍神さまがからだをひるがえすと、たちまち、荒れた空は晴れ渡り――』」

 ゆっくりと本を読む。
 ぽん、ぽん。弓弦の背中を、そっと撫でてやる。
 俺の声に耳を傾けていた弓弦が、次第にうとうと舟をこぐ。すりすりと俺の胸もとに甘えながらの様子が、もう、たまらなく愛おしくて。

 おやすみなさい、俺の大好きな弓弦。
 また明日。


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