しゅかゆづ短編集 1

 昼休み。弓弦が作ってくれた弁当を取り出す。俺の至高の時間だ。
 黄色のハンカチに包まれた、二段重ねの赤い弁当箱。ハンカチを紐とき、デスクに広げた時には既に、あたり一帯の視線を受ける。
 いい気分だ。俺は内心でほくそ笑む。笑みが少し顔に出たかもしれない。それもいいでしょう、なんて思う。

「朱夏〜、聞いてくれよ。いつもの爺さんなんだけどさ」
「聞きません」
「おっ! 今日の愛妻弁当。いいなあ、何かひとつくれ」
「あげません」

 殺すぞ、人間が。……とは言わずに、睨むだけに抑える。これは弓弦のためだ。弓弦のためなら、煩い人間を相手に睨むだけで済ませるし、とんでもないことを言われても殺さずにしておく。
 そうじゃなければ、今ごろこいつは――図々しくも俺に絡んでくるこの人間は、首がぽろりと取れてなくなっている。弓弦に感謝してほしい。喧しい人間が。
 俺の愛しい弓弦の手作り弁当を食べる。その至高の時間に水をさされたが、まあ、いい。弁当箱の蓋を開き、中を覗けばそれだけで、俺の機嫌はあっという間に良くなるのだから。
 上段は肉や野菜。下段は白米。生真面目な弓弦らしく、きれいに整えられた中身。小うるさい人間も、ちらちら俺を窺う周囲も、はっと息を呑むほどの出来映え。
 俺は誇らしくて笑う。これは完璧に顔に出た。

「……いやあ、毎日すごいなあ。朱夏の奥さんは」
「でしょう」

 弓弦を褒めるのは良い行いだと思う。俺は、人間に向かって、ひとつ頷いてやった。
 愉悦感や喜び、愛おしさが心を支配する。弓弦は今日も頑張ってくれた。俺のために、誰もが羨むほどの弁当を作ってくれる。料理はあまり得意じゃないらしいのに。
 けれど、毎日こうで、少し心配にもなった。無理はしていないか。頑張りすぎて、負担になっていないか。俺は、弓弦が作ってくれたものなら、なんでも自慢する。なんでも美味しいし。
 帰ったら、それとなく言おうか。ごちそうさま、いつもありがとうございます。でも、無理はしないでくださいね、と。弓弦ははにかんで、それから、素直に頷くだろうか。それとも、無理なんかしていないよと答えるだろうか。
 どちらにしても、愛しい。俺だけの弓弦だ。

「……なんです。ひとくちもあげません。あっちへ行ってください」

 ものほしげに弁当ばかり見る人間を追い払い、改めて、至高の時間。この時があるから、弓弦のためだから、俺はくだらない人間社会に付き合ってやれるわけで。

 ――ふと気づく。敷き詰められた白米の、端っこ。
 ちょこん、と、ある。それは、ハートのマークだ。海苔が張り付けられた、小さくて目立たない、弓弦からの愛情表現。
 …………俺は。はあ、と、深々、ため息をつく。心に満ちて溢れそうな感情を、そうやって落ち着かせてやる必要があった。そうでもしないと、まずいなと。本当なら今すぐ龍の姿に戻って、弓弦が待つ家に帰りたい。
 なんて愛おしいひとなんだろう。どこまで俺を惚れさせて、夢中にさせるのだろう。いや、わかるような気もするけれど。きっと、どこまでも限りなく、だ。

「……食べたら電話しよう……弓弦、」

 今日も貴方を愛しています。
 早く、そう伝えたい。


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