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しゅかゆづ短編集 1

 夜が刻々ゆくにつれて、弓弦のため息は深くなる。
 憂鬱そうなそれを心配するのは簡単だ。どうしたんですかって。
『なんでもない、大丈夫だよ』と弓弦は答えるだろう。でもそれは、俺が言わせているみたいで、あまり好きじゃない。生真面目で優しい弓弦は、俺に心配をかけまいと、大丈夫と言うに決まっているのだから。

 一方で。本当に理由はなく、ただなんとなく憂鬱で仕方ない時というのもあるのだ。
 俺は永く龍神なので、人のことなんか解らない。ですが、大好きな弓弦のことなら、話はまったくの別だ。
 弓弦は特に、そういう時が多いみたいだった。これという理由はないけれど、憂鬱で不安で嫌になる、そんな夜が。

 だから俺は、ホットミルクを作る。
 小さじ一杯のはちみつを混ぜて。
 湯気のたつマグカップの中。ミルクをスプーンでくるくる廻しながら、

「大丈夫、貴方には俺がいますから」

 弓弦が元気になれるよう、いっぱいの愛を込めた。


 弓弦は両手でマグカップを持つ。
 それを口もとに傾け、こくんと喉を鳴らす。
 ソファに並んで座って、俺は、そんな弓弦を横から見つめて。きれいだなあと見とれている。弓弦の横顔、ゆれる亜麻色の髪、白く痩い首。喉もと。
 俺は弓弦のすべてが愛しい。愛しくてたまらない。
 愛でて、愛して、幸せにしてやりたい。永遠に。

「……僕、」

 そっとマグカップをおろした弓弦が、俺を見上げながら言った。

「朱夏の作ってくれるホットミルクが、すき」

 ゆっくりと落ち着いた、感情の起伏の薄い声で。だけど、これ以上なく華麗に、ふんわりと微笑んでみせる。
 きれいな表情。きれいな赤い瞳。弓弦にしては素直な、やわらかい気持ちの言葉。
 そのひとのすべてに、底なしに惹き込まれていく。
 どくどくと心が跳ねている。それはきらきらしていて、とても暖かい。俺はもう本当にたまらなくなって、弓弦をぎゅむっと掻き抱いた。

「わっ、こら、危な……っ」
「……ああ、すみません。こぼしていませんか」
「……ん。大丈夫。どうしたの、朱夏」
「いえ」

 貴方があまりにも可愛くて、つい。
 本心をそのまま伝えた俺に、「なにそれ」と弓弦は笑う。とても照れていて、でも、くすくす喉を鳴らしていて。そこに、無理をしている様子はなかった。

 ――ふふん。
 貴方の憂鬱な夜なんて、こうやって、俺が奪い去ってやりますから。


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