みなづき珈琲(仮)

 夜はボヤいた。

「そりゃあねえ、わたくしだって、やんなっちゃうわよ。べつに宵が悪いわけじゃない。なのに、みいんな暗いせいにして」

 みなづき珈琲店は仕方なしに開店中。夜のためにカクテルを。彼女、もしくは彼のお気に入りは、意外にも『朝焼けミルクチョコ』。
 カウンター席でボヤく夜に、朱夏は面倒くさそうな顔を隠しもせず、

「どうでもいいのでさっさと飲んで、さっさと帰ってください」
「朱夏、お客さんだよ。そんな言い方……」
「弓弦。無理せず寝ていていいんですよ」

 咎める弓弦には甘く優しい、今はこの『みなづき珈琲』の店長でもある朱夏龍。その龍神が唯一溺愛する妻は、夜に向かって申し訳なさそうな顔をした。

「いいわよ、いいわよ」

 夜は笑う。カクテルのグラスをからんと傾けて。

「あなたたちのそういうのが、このお店の醍醐味なんだから。朝や昼もそう言っていたわ」

 そうして、朝焼けミルクチョコを飲み干し、グラスとともにお代をカウンターに置く。ちいさく丸い、飴玉のような何か。薄紺色のそれは、よく見ると、ゆっくりゆっくり動いている。

「夜つむりなんか要りません」

 朱夏は、グラスだけを片付け、お代のほうを触らない。ぎろりと夜を睨みつけ、「それを持って早く帰ってください」と、今度は殺意まで滲ませている。
 くすくす。夜は小さく笑った。優雅に席を立ち、困った様子の弓弦に微笑みかける。龍神の寵愛を受ける、元人間の不老不死。憐れで可愛いヒトモドキ。夜は、弓弦のことがお気に入りだ。

「またいつか飲みに来るわ」
「もう来なくていいです」
「ふふ、またね」

 夜から護るように弓弦を抱きしめる朱夏。それを横目に店を去る、この満足感。夜は、真っ黒な髪をひらひら揺らし、とてもご機嫌だ。だから今宵は心なしか、ちょっと明るく感じる夜。
 夜つむりを三日月の端に置いて。


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