みなづき珈琲(仮)

「もしもし夜桜さん」

 空からなにやら声がした。見上げると、青白い三日月がこちらを覗いていて、

「散る前にどうだい、月と一杯」と、花札役のような言いようで誘った。

「もう眠いの」
「おやまあ、ふられてしまったね」
「御生憎様」

 話す間にも風は吹く。花びらが舞い散る。ぽつんと美しい桜は、今宵桜。夜明けのころには散り終えている。

「では寝物語ならどうだい」
「まぁお好きに。でも、なぜ?」
「退屈だからさ。……否否、きみと話していたいのだよ」
「あらそう」

 三日月はずいぶん失礼なたちのようだ。夜桜がひとつため息をつき、それでまた花びらを散らすこととなる。

「みなづき珈琲店。知っているかい」

 と、三日月。夜桜は首を振るかわり、枝を揺らす。聞いたことはあるような、でも、気のせいかもしれない。なにしろ春に目覚め春に眠るものなので。
 三日月は勝手に話を進めてゆくようなので、好きにさせた。散り際の退屈しのぎくらいにはなる。

「みなづきという姓の夫婦が経営していてね。たまに飲みに行くんだけど、なかなか良い。オススメは月見カクテル」

 月が月見で一杯やっているらしい。うつらうつら。夜桜は、ふっとわらう。

「そこの夫婦はとても仲が良くてねえ。夫の方は、龍神だよ。かの気高き朱ノ龍。妻の方は、そうだなあ。不老不死は……つまり、ゾ――」

 声がふいに掻き消えてしまう。なにかと思えば、三日月が燃えていた。あらまあ、めったなことを言うから。その朱ノ龍とやらから、天罰がくだっているのねえ。
 夜桜は、大きくあくび。豪快に花びらを散らしてゆく。大目玉をくらった三日月はどうでもよく、『みなづき珈琲店』とその夫婦のことは気になっている。

 来年は散る前にいちど行ってみましょうかしら。もちろん、ひとりで。あんな三日月とは御免だわ。
 きっと熱燗をいただきましょう。桜、花見で一杯。
 ひとつ笑い、桜散る。今宵限りの夜桜。


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