みなづき珈琲(仮)

 やっと咲いた桜もすぐに散って、あとは葉を残すだけとなった。

「きれいだね」
「ええ、そうですね」

 今日の『みなづき珈琲店』はお休み。僕は朱夏と買い物に出ている。
 あれこれ買った帰り道、桜並木を見上げて、

「散るの、早かったね」
「寂しかったりします?」
「うん? さみしいというか……なんだろうな」

 言われてみれば。なんだろう。そこまで大げさじゃない。けれど、ちょっぴり切ないような。しばらく黙って考えたけど、上手い言葉が見つからない。答えるのを諦める僕と、べつに気にしてなさそうな朱夏。

「桜ラテ、作って差し上げます」

 と朱夏が言いつつ立ち止まる。つられてきょとんとする僕に伸ばされる手。かさこそ、朱夏の腕にさがった買い物袋。
 朱夏の指先が僕の髪に触れ、すぐに離れていった。……あ。花びら。もしかして、ついていた?

「貴女にくっついたり触れたりしていいのは、俺だけですから。ね、弓弦?」
「なにそれ。やきもち? 花びらに?」
「はい。花びらごときが生意気です」

 本気の目つきだ。大人げない龍。というか、それを言うなら、貴方だって。手を伸ばすだけじゃ朱夏の赤い髪に触れられないから、背伸びもする。とても悔しい身長差。
 朱夏の髪についた花びらをなんとか取って、

「貴方に触れていいのは、僕だけ。……でしょう?」
「ふはっ、あははっ」

 笑いあって、ぎゅっと手をつないだ。僕と朱夏は、ふたたび歩き出す。ゆっくりと、のんびりと。
 桜ラテが楽しみだ。たぶん、帰ったらすぐに作ってくれる。桜味とミルクでふんわり甘いラテは、みなづき珈琲店のメニューには載っていない。たびたび作ってもらい飲んでいるのは、今のところ、僕だけ。
 じんわり胸をあたためる喜びと、そんな独占欲。最低かな、……でも。朱夏も独占欲の塊だから、おあいこってことでいいのかな。


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