みなづき珈琲(仮)

 みなづき珈琲店に客人はいない。それを良いことに、欲のまま弓弦に甘える朱夏と、「こらだめ」などと言いつつ朱夏を甘やかす弓弦。溺愛夫婦のいつものじゃれ合いがはじまった。
(やれやれですねえ〜)
 これにはチマもため息をひとつ。しっぽをひと振りし、店のドアに鍵をかける。これにて、この店は誰の目にも留まらない。便利な魔法、もとい龍の力。龍神見習いチマにもこれぐらいのことはお手のもの。
「弓弦ぅ、弓弦、かわいいですね。大好きです。お腹すいてませんか。具合は悪くありませんか。俺のこと好きですか」
「はいはい。かわいくないし、お腹はちょっと空いていて、具合は大丈夫。僕も貴方が好き」
 カウンターの向こうで、すっかりふたりの世界の水無月夫婦。
(お先に失礼します〜)
 チマは、そおっとその場を離れた。声をかける必要もない。へたに邪魔をすると、朱夏龍にボワッと燃やされる。
 あの龍は愛する弓弦以外に、とことん冷たく無関心で、ときに残酷なのだから。触らぬ龍神にたたりなし。


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