溺愛しゅかゆづ夫婦 12

 穏やかな夜の中。ソファに座る朱夏の脚の上。つけっぱなしのテレビの音などそっちのけで、朱夏は僕の髪を梳く。僕は、彼に身を委ねる。
 他人に触れられるだなんて想像しただけで気持ち悪くなってしまうような、ひと嫌いでひとに馴染めなかった自分が、朱夏の手のひらなら心地いいだなんて。
 まあ、朱夏は龍だけど。そういう話じゃない。この龍が愛おしいからだ。そんなことを、ぼんやり考える。今さらだけど、今だから。これからも同じことを何回でも考えるだろうし、考えていたい。
 朱夏の腕の中で。

「――弓弦、そろそろ寝ましょうか?」

 だいぶ眠そうな顔です、と朱夏は笑った。
 髪を梳く手がとまる。そっと、離れていく。あ……、と息がこぼれ、その次。僕は、ほとんど無意識に、朱夏の手のひらを追いかけていた。
 ぎゅっと握る手。頬へと引き寄せる。「弓弦?」と、きょとんとした朱夏の声。僕を覗き込む金色の瞳が、ぱちぱち、きらきら。とても綺麗。
 たぶん朱夏は僕を寝かせようとして、でも、離れてしまうわけではないんだろう。わかっている。もしかしたら、僕を抱き上げて、寝室まで連れていくつもりだったのかもしれない。わかるけれど、でも。
 ……朱夏。僕、貴方に出逢って、愛されて、ずいぶん欲張りになってしまったよ。
 朱夏が僕のために何かしてくれる、と思う、わかっていても――それよりまだ、朱夏に撫でていてもらいたい。
 この美しい指で僕の髪を梳いて。大きな手のひらで僕の頬を撫でて。いまは、それがほしい。

「朱夏……」

 どうしよう。どんなふうにしたら、こんな欲張りが伝わるだろう。嫌われてしまわないかな。僕がわがままであることで。
 ひとまずと朱夏の手のひらに頬をすり寄せる。何か言わなくてはと朱夏を見上げると、

「なにかわいらしいことしているんです」
「え、?」

 ぎらぎらっと怖いくらい煌めく瞳に囚われた。思わず呆然としてしまう……くらい、なんとも。すごく、欲めいた眼差し。今の朱夏には、鋭く長い牙がありそう。狼のような。
 朱夏は龍だけど。

「なに……ん……」

 どうしたの、みたいに訪ねようとして、ふわふわ頬を撫でてもらえたことに思考をもっていかれた。
 あたたかくて優しい、心地いい朱夏の手のひら。
 すき、とつぶやきがこぼれる。

「……はあ」

 朱夏が何故か天を仰いだ。


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