溺愛しゅかゆづ夫婦 12

帰宅して焦げたにおいに驚けば膝を抱えた愛しの貴女


「弓弦、どうしたんです!?」
「あ、しゅか……っぼく、」
 朱夏は慌てて弓弦を抱き上げる。怪我をしたのか、具合が悪いのか。このにおいは何なのか。赤い瞳を覗き込むと、弓弦は今にも泣きそうで、
「……真っ黒にしちゃっ、た」
「はい?」
「シチュー……朱夏、たのしみにしてくれてたのに、僕、どうにもならないくらい……」
「……シチュー?」
 見やる鍋。火はちゃんと止められている。弓弦は両手で顔を隠してしまった。朱夏は優しく問いかける。
「焦げたのはシチューだけですか? 貴女に怪我は?」
「ない……」
「痛いところとか、苦しいところとか、なにもありませんか?」
「う、うん……ない」
「そうですか。それなら、よかった」
 肩の力が抜ける。安堵から、笑みが浮かんだ。朱夏は弓弦のことが何より大事なのである。シチューが焦げただけならばいい。弓弦に何ごともなければ。
「換気しましょうね。なにか食材あります? ごはん、俺が作りますよ」
「ううん、僕が」
「びっくりしてしまったでしょう? 貴女に元気になってもらいたいんです。任せてください、ね。弓弦」
「う……」
 戸惑う弓弦の額にキスをして、伝える言葉に嘘偽りも誤魔化しもない。弓弦は頑固なところがあるけれど、朱夏の真っ直ぐな愛を前に折れることも多い。
 換気と、朱夏の龍の力で、焦げたにおいはあっという間に消え失せる。鍋も、真っ黒なシチューも、弓弦の努力だ。朱夏はそれを知っている。
 そうして、リビングは朱夏の作るオムライスのにおいに満たされ、相当落ち込んでいた弓弦にも、やわらかな笑顔が戻るのであった。


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