溺愛しゅかゆづ夫婦 12

 弓弦は真っ暗な世界を歩いている。
 これは夢だと知っている。
 たびたび見る悪い夢。
 この夜は静かであるかわり、不気味だ。

 真っ暗な世界を歩いている。
 けれど、弓弦はこれを怖いと思わない。
 弓弦の小指に、きらきら光る赤い糸。
 見えるだろうか?
 しっかりと結ばれたひだまりの糸が、ほら、ふわりと揺らぐ。
『こっちですよ』
 と、弓弦を導いてゆく。

「僕は貴方に助けられてばかりだね、朱夏」
 ぽつんと呟けば、どこからともなく風が吹いた。
 緩く、優しく、あたたかい。
 春の陽気のようなそれが弓弦の頬を撫で、抱きしめるように包み込む。
 それは朱夏からの返答だ。
『そんなことはないですよ。俺も、貴女に救われています。いつだって』
 照れくさくなり、ちいさく笑って誤魔化す弓弦である。

 あちらのほうに光が見える。
 そろそろ夢から醒めるのだろう。
 起きたら、きっとそこに朱夏が待っている。
『大丈夫ですか』と、弓弦をとても心配する。

 大丈夫だ。怖くない。
 だって、朱夏との絆が、結ばれたり結んだりした強固な赤い糸が、ここにある。
 美しく揺らぎ、弓弦を導くさまは、まるで空を泳ぐ龍。
 つまり、朱夏なのだ。
 傍にいてくれる。たとえ、悪夢の中だとしても。いつだって。

 真っ暗な世界を歩いていく。
 朱夏と手をつなぎ、光のある方へ。


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