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溺愛しゅかゆづ夫婦 12

 朝起きてすぐに朱夏が「いろいろと考えたのですが、あれもこれも贈りたすぎて。これはちょっと、到底、一日では足りないと気づいたんです」と言った。ちょっと寝ぼけつつなんの話だろうと思っていると、優しいくちづけをされ、
「弓弦、今日はホワイトデーですよ」
 ああそうか。だんだん思考がはっきりしてくる。
「ですから、休みを取りました」
「やすみ?」
「ええ。弓弦、今年のホワイトデーも、とことん受け止めてくださいね」
 ふわふわ髪を撫でられる。だいぶにっこり言われて少し不安になったけど、朱夏が休みなのは嬉しいから、まあいいやと思った。

 それで、例え何が来ようと受け止める覚悟でいたら、
「朝ごはんは俺が作ります。貴女は待っていてください」
 と。椅子に座らされ、ミルク多めのカフェラテをもらい、
「弓弦、あーん。ふふ、美味しいですか?」
「ん」
 見るからに美味しそうなオムライスを、あーんで食べさせてもらったりと、いつもにまして世話をやかれてしまう。
 ごちそうさまのあとの片付け、お皿洗い、洗濯なんかもすべて朱夏がやってくれた。手際の良さにちょっと悔しさを感じた。

「ねえ、朱夏?」
「なんですか?」
「……その。ええと、貴方は……これでいいの?」
 ソファに座る朱夏の脚の上といういつもの場所で、ぼんやりテレビを見ながら。自分でもよくわからない問い方をしてしまった。何もかも朱夏がやってくれてばかり。それが後ろめたかっただけなのに。
 だけど、朱夏はくすりと笑う。僕の戸惑いを解っているみたいに。
「まだまだ、ホワイトデーは始まったばかりですよ」と言う。
 それから続けて、
「このくらい、ホワイトデーじゃなくても、毎日して差し上げたいですけどね」
「それは、僕が落ち着かないから」
「あはは」
 朱夏は僕の髪を撫でた。
「貴女へ何を贈って差し上げたらいいか、ずっと考えていたんです。いっそこの世にある美しいもの全部とも思ったのですが……」
 さらっと言うあたり、さすが龍神だと思った。思いとどまってくれたみたいで、よかった。
「あと、デートですね。あらゆる場所でのデートプランも用意したのですが、弓弦、貴女結構ひきこもり体質ですから。そんなところもとっても愛しいですよ」
「……」
「いろいろ考えた結果、一番は俺がいいなと思いまして」
 首を傾げると、朱夏はとっても誇らしげに笑んだ。
「貴女は俺と一緒にのんびりすることが一番好きでしょう?」
 どうしてそんなに自信たっぷりになれるんだろう。
 どきっとしてしまうくらい、その通りなわけだけど。ああ、悔しいな。悔しくて、嬉しい。ずるい龍。
「ですから今日はとことん俺と一緒です。貴女は俺にお世話されて、たくさん愛されて、たいへんですよ?」
「今日だけ? ホワイトデーだから? さみしいな」
 あまりにも嬉しい宣言でやっぱり悔しいから、ちょっと意地悪を言った。すると朱夏は金の瞳をぎらりとさせる。挑発に乗りましたといわんばかりで、あっと思ったら、
「……もちろん毎日貴女を愛していますよ。わかりました。とことんわからせて差し上げます」
「えっと」
「覚悟、してください。ね、弓弦」
 ……龍の尻尾に火をつけてしまった。それはきらきらごうごうと燃えさかり、きっと僕を呑んで離さない。朱夏の愛情という炎に溺れてしまう、のかも。
 でも、
「弓弦、愛しています」
「うん。……すき」
 胸がどきどきして落ち着かない。朱夏に抱きしめられ、朱夏に抱きついて、心地よさに酔いしれる。
 僕なんかをこんなにも想ってくれる朱夏が、僕だって大好きだ。口ではなかなか気恥ずかしくて伝えられない。僕だって、貴方を愛している。
 とことん溺れさせてほしいと思った。覚悟は、できているから。



 今年のホワイトデーはどうしようかと考えている時間も本当に愛おしい。あれもこれもと候補を出し、弓弦の笑顔を想像し、こちらも頬が綻ぶほど。
 そして迎えたホワイトデー当日と、俺の弓弦への愛情表現。いつも以上にたっぷりと、弓弦を愛して可愛がっていとしくて、まだまだ伝えたりない。贈り足りない。
「朱夏……やりすぎ」
「すみません。貴女が大好きで……」
 頬を赤らめた弓弦に頬をぺちっとされてしまう。なんですかそれ、可愛いですねえ。愛おしいですね。
「ホワイトデーが一日なのが悪いです」
「またなにか言ってる」
 弓弦を背中から抱きしめながら、短すぎるホワイトデーを嘆く。そんな夜と、弓弦の呆れ半分な笑顔。


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