溺愛しゅかゆづ夫婦 12

その唄が流れればほら意識して
目と目かさなるくちづけも


 テレビをつけた途端、ひな祭りの唄が流れた。弓弦はリモコンを置きつつ、そうかと思う。今日はひな祭りなのだ。
 ところで、弓弦は、もとは男性である。現在は正真正銘、女性の身体であるが、これは龍神の力を借りて得た姿だ。つまりは、弓弦の夫である朱夏の力。そして、弓弦が朱夏に望んだ形。
 つまり何か。――弓弦は本来、ひな祭りに馴染みなどない。性別としてもそうだ。そして、環境的にもそうだった。幼い頃に両親を亡くし、劣悪な孤児院生活だった弓弦は、例えはじめから女性だったとしても、ひな祭りとは無縁の人生だっただろう。

 そんな弓弦が、今になって、ひな祭りの唄に反応する。ああ、と思い、少しだけ肩に力が入る。
 それは何故か? 答えは簡単だ――。
「弓弦、おはようございます」
「わっ朱夏、おはよ……わあ!?」
「ふふっ可愛い。今日もとっても可愛いですね、弓弦。そんな貴女のためにあるような日ですよ」
 ぼんやりしていた弓弦を背後から抱きしめる。その両腕でひょいっと弓弦を抱き上げ、愛しい愛しいと頬ずりをする。赤い髪に寝癖をつけた朱夏が、言葉を続けた。
「ひな祭り、つまり愛しの弓弦祭りです」
「……なにそれ」
 弓弦は、思わず声を転がして笑った。つまり、の意味がちっともわからない。だが、「あははっ」と笑う朱夏に、とやかく言うつもりはない。彼が嬉しそうで、ご機嫌そうで、それならいいやと弓弦は思うのだ。

「とりあえず――弓弦、お腹は空いていますか? 美味しいものを食べましょう。任せてください」
「うん。貴方に任せるよ」
「では、弓弦祭りのオムライスから。世界一美味しく作りますからね」
「ふふ……うん」
 弓弦がひな祭りを意識するようになった要因。あるいは、意識できるようになったきっかけ。それは間違いなく、この、ハイテンションな朱夏である。
 彼は毎年、ひな祭りをかかさない。弓弦を祝い、甘やかし、ふわふわに愛する。
『生まれてきてくれてありがとうございます』、『俺と一緒に生きていてくださって、ありがとうございます』――朱夏は必ず、弓弦にその言葉と想いを贈る。思えばそれは、弓弦が男性であった頃から既に成されていた。朱夏にとってひな祭りとは、性別にとらわれず、『弓弦祭り』なのであろう。
「朱夏」
「はい、弓弦?」
「……」
 それが、弓弦にとって――苦しいばかりの人生を歩み疲れた者として――どれほどの救いか。涙があふれそうになるほど幸せで、ゆえに少々恐ろしく、しかし最早この陽だまりを浴びなければ、弓弦は生きてゆくことさえできない。
 それほどの、
「だいすき。毎年ありがとう、朱夏」
「あはは、どういたしまして。愛しています、弓弦」
 ゆっくりと視線を重ねる。弓弦が背伸びをし、朱夏が屈む。やわらかいくちづけを、もっと、と求めてゆく。
 今年も幸せでいっぱいのひな弓弦祭り。


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