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溺愛しゅかゆづ夫婦 9

 朱夏は、自分の唇にたっぷりリップクリームを塗りつける。
 そしてそのまま弓弦の唇へ、長く触れ合わせるキスをする。

「あ、あの、もう」
「だめですよ、弓弦」

 唇を離して。
 リップクリームを塗って。
 顔を真っ赤にさせた弓弦が、すこし涙で潤んだ、なんともかわいらしい赤い瞳で訴えても、朱夏はきっぱりとした態度を崩さなかった。
 心の方は、弓弦を甘やかしてしまう一歩手前だったけれど。

「お仕置きなんですから。弓弦。貴女は俺のものですよ。唇だって、俺のものなのに」
「っ、」

 だってこんなに愛おしい。かわいい。
 本当は許してやりたいけれど、だめなのだ。
 朱夏はまた、弓弦にキスをする。ぺとり、薬用リップクリームが彼女の唇に移る。

「だめっていつも言っているでしょう、なのに貴女は、いつも皮を剥いでしまうので」

 弓弦の唇。下唇の方だ。それは、痛々しく血を浮かべている。せっかく治りかけていたのに、また酷くなってしまった箇所もある。
 彼女も、とてもばつが悪そうに目を逸らした。朱夏がそれを言ってしまったら、弓弦もさすがに口を噤む。
 そうするしかないだろう。
 だって、こればかりは、弓弦が悪い。

「ほら、弓弦。俺の気が済むまでお仕置きしますから、顔を上げてください」
「……はぁ」

 朱夏は、薬用リップクリームを片手に微笑む。
 荒れがちな唇の皮を破いてしまったり、指のささくれを剥いでしまったり、弓弦はそういうところがある。
 朱夏がどれほど注意しても、なかなかやらなくならない。本人いわく、『つい無意識で』だそうだが――ならばその無意識に擦りこもうと、朱夏は思い立った。
 あまりひどくそれをしたら、こんなお仕置きをされるんですよ。俺はとても心配性なので、貴女の唇が目の前で完治するまで、薬を塗り続けますよ。
 俺の好きな方法で。

「弓弦?」
「……うぅ」

 本来それは、お仕置きなんてものじゃないのかもしれない。
 けれど、とても恥ずかしがり屋で、自分のことに無関心のかわり、好きな相手をとても大切にする弓弦にとっては、十分なお仕置きで、罰だ。
 リップクリームなんて自分でも塗れるのに、それをさせてもらえない。どころか、そのいちいちが甘く優しいキスで。
 朱夏は自分の大切な龍なのに、その唇にまで、血がついてしまう。こんな自分のきたない血が。

「……反省します」
「はい。お利口ですね。貴女はもっと自分を大事にしてください。俺の愛しいひとなんですから」

 うん。と、しおしお頷く弓弦を見て。
 このお仕置きは、あと五回くらいにしてやろう。最後のキスには、ご褒美の、とびきり甘く優しく深い、とろけるような口づけをしてさしあげよう、と、朱夏は再び弓弦に影を落とした。
 彼女の愛らしいベージュの髪を、慈しむように撫でながら。


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