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溺愛しゅかゆづ夫婦 8

 その日は。なんだろう。酷く、嫌な夢を見て。
 そんな夢を見たものだから、昔の嫌なことばかり思い出して、頭から離れなくて。
 どうしても、ひとりになりたくない。

「弓弦……大丈夫ですか?」

 朝からこんな暗いやつがいて、朱夏は面倒に思わないのだろうか。朝ごはんも、お弁当も、本来僕がやるべきことを、朱夏が全部やってくれた。
 お休み明けで、朱夏の方が大変なのに。時間いっぱいベッドで休むのは、朱夏であるべきなのに。
 彼は優しいから、僕をベッドに寝かせてくれる。「ご飯、チンして食べてくださいね」って、僕の分まで。
 心底心配そうに僕を覗き込む朱夏は、すらっと格好のいい仕事着だけれど、それを見にすると、やっぱり。どうしても、だめだった。
 だめなことなのはわかってる、
 でも。優しい朱夏の手に縋って。握って。

「朱夏、いかないで」

 ……なんて。
 ううん、冗談、冗談だよ朱夏、朝はありがとう。行ってらっしゃい――。
 がしっ。僕の手をしっかりと包み込む、朱夏の両手。とても暖かい。

「もちろんです」
「え、……いや、あの」
「こんなに弓弦がつらそうなのに、仕事なんて、どうでもいいなと思っていたところです。ねえ弓弦」

 僕の目を真っ直ぐ見つめ、朱夏は言う。

「頼ってくださってありがとうございます」
「……そんな、頼る、なんて。僕、ただ、わがままで」
「わがままでも良いです。わがままを言ってくださり、本当にありがとうございます」

 朱夏は笑った。優しくて心強い、屈託のない顔。
 それから、龍神さまの力で、まるで魔法みたいに身なりを替えてしまう。立派な仕事着から、紺色のシンプルな寝間着に。いちど僕の手を離し、すかさず僕の隣に横たわる。

「傍にいますよ、弓弦。安心してください。どうか、俺にもっと甘えてください」
「……うん」

 お仕事先に連絡しなくていいの、とか。
 本当に貴方はそれでいいの、無理していないの、とか。
 色々なことが濁流のように頭の中を埋め尽くすけれど、

「俺に任せてください。愛しています」

 朱夏が、そう、言ってくれるから――。
 うれしくて、涙が滲んでしまいそうで、僕はただただ頷き、朱夏の胸に顔を埋めた。

「ありがとう」
「どういたしまして」

 僕をそっと包んでくれる朱夏の両腕。
 ここに、いてくれる。僕のために。いやな顔ひとつせずに。それどころか、嬉しいですと、声にも表情にも惜しみなく出して。
 ……これじゃあ僕、貴方がいなくちゃ、なにも出来なくなっちゃうよ。
 いかないでと言ったのは僕自身のくせに、僕はどこまでもわがままで、――ああもうとっくのとうに貴方なしでは生きていけない僕だった、今さらだった。
 ありがとう、朱夏、大好き。
 それじゃあもうとことん僕を甘やかして。今日は。


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