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溺愛しゅかゆづ夫婦 7

 たまに、無性に読みたくなる本がある。それらは大抵、暗い話だ。どろどろしていて、救いようのない、後味の悪い物語。
 読めば心がかき乱される。わかっているのに。だから、なるべく読まないようにしているのに、たまにそういう本の存在が頭から離れなくなって、気づけば表紙を開いている。

 そうして読み始めてしまった本。
 今回のそれは、ミステリー。探偵が相棒と協力して悪を裁くような、そんな痛快なものじゃない。犯人の目線で淡々と語られる、生々しい底なし沼。同情できない動機、理不尽な残酷さ。最後の最後まで、幸せな登場人物はいない。
 …………。


『朱夏、……僕、本を読んで』
「はい。あんまり影響を受けてはだめですよ。弓弦。貴女は感受性が強いんですから」

 ちょっとした隙間に、弓弦へ電話をかけた。ああ、よかったな、と朱夏は思った。
 電話の向こうの弓弦の声は、明らかに、ずーんと沈んでいる。元気がない。本を読んだ、と言われれば、おおよそ事情が理解できた。弓弦は、暗いばかりの本を読み、持ち前の感受性の高さから、その物語の暗澹に入り込んでしまっているのだろう。
 うん、ごめん。そんな返事にも、やっぱり元気がない。朱夏は、今日も今日とて定時上がり、龍のすがたで速攻うちへ帰ろうと改めて決意した。いや、むしろ、今すぐ帰ってしまってもいい。
 でもそれは、なにより大切な弓弦が気にしてしまうのだ。僕のせいで、とさらに落ち込みかねない。朱夏は、さっと腕時計を見る。夕方の五時。あと一時間。

「弓弦、終わったらすぐ帰りますので、一緒にお買い物に行きましょう」
『買い物……』
「貴女に買って差し上げたい、かわいいアクセサリーがあるんです。貴女の気分や体調がよろしければ、デートしましょう」

 彼女を元気づけてやりたい。暗い話なんて忘れてしまうくらい、俺だけに夢中にさせたい。

『……うん。わかった』

 返ってきた声に、少しばかり明るさが混じっていた。朱夏は、ほっとする。そして、とても嬉しくなる。弓弦は、朱夏が誘う唐突なデートを、楽しみだと思ってくれたようだった。

「定時で上がって、龍になって。ひとっとびで帰ります」
『うん、待ってる。気をつけてね、朱夏。……ねえ朱夏』
「はい」
『ありがとう。貴方のおかげで、元気になれた』

 じゃあ待っているから。弓弦の、照れ隠しの早口。
 朱夏は微笑む。これ以上ないほど、やわらかく。幸せそうに。それは、世界中のすべてを虜にしそうな笑みだ。けれど、朱夏が求めているのは、世界でただひとり。

「はい、楽しみに待っていてください」

 かわいい愛しい弓弦だけ。


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