溺愛しゅかゆづ夫婦 7
よし、できた。
鏡の前で自分の姿を再確認する。うん、おばけだ。
完璧に、いわゆる、おばけ。白くて丸くて目だけがあるあれだ。
ほら、ハロウィンだから。これは近場の雑貨店で売っていた仮装。大きな白布に目のところが空いているだけだから、僕としても楽だ。かぶるだけ。
さて今は何時だろう、と時計を見やったのと同じタイミングで、
――かちゃり。
玄関から、音がした。
僕は、足早に玄関へと向かう。
「ただいま帰りました、ゆづ……」
「おかえり、朱夏」
「……る?」
お仕事帰りの朱夏を迎える。おばけの姿のままで。
玄関先、きょとんとする朱夏を見上げ、僕は両腕を広げてみせた。
「と、トリックオア、トリート」
お菓子がないならいたずらするぞ。僕は、ほら、おばけだから。こんなに怖いおばけだから。
朱夏は多分、お菓子を持っていない。僕のために、早く帰ってきてくれる龍だ。なので、僕はいたずら目的。毎年、朱夏にしてやられて、あれこれいたずらされてしまうから、今年は先手を取った。
「ふふ……うーん、どうしましょう。困りました。こんなにかわい……いいえ、こわいおばけにいたずらされてしまうのは……」
よし。やっぱり朱夏はお菓子を持っていない。
だから今年は僕の勝ちだ――と、喜んだのも束の間。
「ああ、そうだ」
「わ……!」
突然、仮装のシーツを引っ張られる。
驚いた、けれど。優しく、丁寧な手つきが、ふわりと僕からシーツを奪い取っていく。
愉しそうなひまわり色の瞳と目が合って。
あれ、なんだろう、なんだか。嫌な予感がする。
僕、今夜中、朱夏をこちょこちょし続けるいたずらを考えていたのに。
そっと、抱き寄せられる。ゆっくり、優しく、口づけられる。そして、
……ころん。
口移しの甘さと、丸いかたちに、僕は目を見開いた。
「ふは……ああよかった。ちょうど、のど飴がひとつだけありました」
「…………」
口づけが終わり、目の前に、くすくす笑う朱夏の顔。僕の舌の上では、ころころ、はちみつ味の……のど飴?
「さて、弓弦。今度は俺の番ですね」
「……ええと……」
むかつくくらい格好いい顔が、白いおばけのシーツに隠れる。
おばけの丸い目のさらに奥で、朱夏の瞳が、ぎらぎらと黄金に輝いてみえた。
どうしよう、この龍、めちゃくちゃ楽しんでる。龍のくせに。龍の神さまのくせに。
「トリックオアトリート?」
「れ、冷蔵庫にいちごがあるから……取って、」
言いながら踵をかえす僕の、背中。
僕をぎゅっと抱き込む朱夏は、そうやって、絶対に逃がしてくれない。
「だめです。今すぐ、ここで。さもないと、怖い龍おばけがいたずらしちゃいますよ」
「りゅ、龍おばけってなに……!」
ツッコミをいれたり、あばれるふりをしているうちに、のど飴もすっかり溶けてしまって。
あっ、これ、のど飴……! のど飴ならあったのに。気づいても、もう遅い。
「ふふ。いたずらですね、弓弦」
「ひゃっ……待っ、朱夏」
ひょいっと抱き上げられる。朱夏の腕はシーツ越しにも強くて、全然抜け出せない。高いし。だから僕は、咄嗟に朱夏の首に抱きついて、そのままどうしようもなく運ばれて。
「今年もいたずら、たくさん考えておきました。ふふっ、どれにしましょうか。ねえ、弓弦」
「っ……うぅ、この……っ」
すごく楽しげな様子がうらめしい。あとちょっとだったと思ったのに、悔しい。
……はあ。そりゃあ、ため息も出る。
今年も僕の負け。
鏡の前で自分の姿を再確認する。うん、おばけだ。
完璧に、いわゆる、おばけ。白くて丸くて目だけがあるあれだ。
ほら、ハロウィンだから。これは近場の雑貨店で売っていた仮装。大きな白布に目のところが空いているだけだから、僕としても楽だ。かぶるだけ。
さて今は何時だろう、と時計を見やったのと同じタイミングで、
――かちゃり。
玄関から、音がした。
僕は、足早に玄関へと向かう。
「ただいま帰りました、ゆづ……」
「おかえり、朱夏」
「……る?」
お仕事帰りの朱夏を迎える。おばけの姿のままで。
玄関先、きょとんとする朱夏を見上げ、僕は両腕を広げてみせた。
「と、トリックオア、トリート」
お菓子がないならいたずらするぞ。僕は、ほら、おばけだから。こんなに怖いおばけだから。
朱夏は多分、お菓子を持っていない。僕のために、早く帰ってきてくれる龍だ。なので、僕はいたずら目的。毎年、朱夏にしてやられて、あれこれいたずらされてしまうから、今年は先手を取った。
「ふふ……うーん、どうしましょう。困りました。こんなにかわい……いいえ、こわいおばけにいたずらされてしまうのは……」
よし。やっぱり朱夏はお菓子を持っていない。
だから今年は僕の勝ちだ――と、喜んだのも束の間。
「ああ、そうだ」
「わ……!」
突然、仮装のシーツを引っ張られる。
驚いた、けれど。優しく、丁寧な手つきが、ふわりと僕からシーツを奪い取っていく。
愉しそうなひまわり色の瞳と目が合って。
あれ、なんだろう、なんだか。嫌な予感がする。
僕、今夜中、朱夏をこちょこちょし続けるいたずらを考えていたのに。
そっと、抱き寄せられる。ゆっくり、優しく、口づけられる。そして、
……ころん。
口移しの甘さと、丸いかたちに、僕は目を見開いた。
「ふは……ああよかった。ちょうど、のど飴がひとつだけありました」
「…………」
口づけが終わり、目の前に、くすくす笑う朱夏の顔。僕の舌の上では、ころころ、はちみつ味の……のど飴?
「さて、弓弦。今度は俺の番ですね」
「……ええと……」
むかつくくらい格好いい顔が、白いおばけのシーツに隠れる。
おばけの丸い目のさらに奥で、朱夏の瞳が、ぎらぎらと黄金に輝いてみえた。
どうしよう、この龍、めちゃくちゃ楽しんでる。龍のくせに。龍の神さまのくせに。
「トリックオアトリート?」
「れ、冷蔵庫にいちごがあるから……取って、」
言いながら踵をかえす僕の、背中。
僕をぎゅっと抱き込む朱夏は、そうやって、絶対に逃がしてくれない。
「だめです。今すぐ、ここで。さもないと、怖い龍おばけがいたずらしちゃいますよ」
「りゅ、龍おばけってなに……!」
ツッコミをいれたり、あばれるふりをしているうちに、のど飴もすっかり溶けてしまって。
あっ、これ、のど飴……! のど飴ならあったのに。気づいても、もう遅い。
「ふふ。いたずらですね、弓弦」
「ひゃっ……待っ、朱夏」
ひょいっと抱き上げられる。朱夏の腕はシーツ越しにも強くて、全然抜け出せない。高いし。だから僕は、咄嗟に朱夏の首に抱きついて、そのままどうしようもなく運ばれて。
「今年もいたずら、たくさん考えておきました。ふふっ、どれにしましょうか。ねえ、弓弦」
「っ……うぅ、この……っ」
すごく楽しげな様子がうらめしい。あとちょっとだったと思ったのに、悔しい。
……はあ。そりゃあ、ため息も出る。
今年も僕の負け。