溺愛しゅかゆづ夫婦 7
きれいな薔薇の花が一輪、これもまた見るからにきれいで繊細そうな花瓶に活けられている。
心做しか、花も、満足そうで。いいでしょう、素敵でしょうって、胸を張りながら咲き誇っているように感じた。
ショッピングモールの片すみ、ぽつんとしたところ。人ごみに酔ってしまい、ちょっと休みたい。固い長椅子に腰かけるとほぼ同時、向こうから朱夏がやって来た。飲みものをふたつ持って、駆け足で。
「弓弦、大丈夫ですか? お水、飲んでください」
「ありがとう」
「……あ、弓弦、あそこ。花がありますよ」
僕を気遣いながら、隣に座る。そして、朱夏もあの薔薇に気づいた。遠いけれど、正面。ぽつんと飾られている赤。白い花瓶。
うん。僕は頷く。ペットボトルのふたは開いていた。たぶん、朱夏が開けてくれたのだろう。僕のために。
ペットボトルを両手に持ち、軽く傾ける。のみくちから、ひとくち水を飲んで、ほっと息をする。
ふと朱夏を見ると、その横顔はふわふわしていた。とても優しい、やわらかい表情だった。彼のひまわり色の瞳は、まっすぐ薔薇を見つめている。
……。べつに、いいけれど。さみしくなんて、これっぽっちもないけれど。
視線を逸らし、もういちどお水を飲もうとしたら、
「昨晩の貴女も、あんなふうに、いいえあれよりもっと真っ赤っかで、本当に可愛かったんですよねえ」
恍惚とした、……ひとりごと? 僕は固まる。うっかり、半端な水にむせかける。朱夏が、あわてて僕を抱き寄せてくれる。
ちょっとまって、なに? 朱夏は、あの花を見て、……僕を。僕のことを、しかも、昨日の夜――……。
「っ……」
「弓弦、大丈夫ですか!? 吐き気は? 眩暈はしますか?」
「だ、だいじょうぶ、だから」
「?? 弓弦」
「……いいから。みないで」
口もとをおさえ、そっぽを向く。心配する朱夏が僕を覗き込もうとするから、なおさら、逃げるように背中を向ける。
どうしたんですか、と訊ねる声が、不自然に途絶えた。だから、たぶん、ばれてしまったと思う。僕がどうして顔や体を背けるのか。どうして、息をつまらせているのか。
ずるい。
「……ふふ、弓弦」
「ひとに見られる」
「大丈夫です。だれもいません。ああでも、そうですね――」
僕を背中からぎゅっと抱きしめる朱夏が、こそこそ話の声量で言う。
「あの薔薇に見せつけてやりましょう。俺と貴女のらぶらぶっぷりを。あれがいつか枯れるまで、きっと、二度と忘れられないですよ」
「ばか」
ずるい、本当に。ずるい。
……でも、心がぽかぽかする。さっき感じたさみしさややきもちまで、一緒に。朱夏の体温と、くすくす笑う声、彼のぜんぶに溶かされていく。
ホットミルクに混ぜ合わされた、はちみつみたい。そんな連想。いつも朱夏が作ってくれるそれを、今晩も飲みたいなあ、なんて。
昨晩。今晩。夜。
――ああだめだ、まだ、かああっと顔が熱くなる。
どうしようもない。悔しいから、朱夏の腕を掴んだ。ぎりっと、強く。
「あはは、痛いですよ。弓弦。……えっ、ちょ、いたたた」
ふん。僕は、しれっとする。顔も耳も、あちこち熱くて、じくじくむずむずしっぱなしだ。
心做しか、花も、満足そうで。いいでしょう、素敵でしょうって、胸を張りながら咲き誇っているように感じた。
ショッピングモールの片すみ、ぽつんとしたところ。人ごみに酔ってしまい、ちょっと休みたい。固い長椅子に腰かけるとほぼ同時、向こうから朱夏がやって来た。飲みものをふたつ持って、駆け足で。
「弓弦、大丈夫ですか? お水、飲んでください」
「ありがとう」
「……あ、弓弦、あそこ。花がありますよ」
僕を気遣いながら、隣に座る。そして、朱夏もあの薔薇に気づいた。遠いけれど、正面。ぽつんと飾られている赤。白い花瓶。
うん。僕は頷く。ペットボトルのふたは開いていた。たぶん、朱夏が開けてくれたのだろう。僕のために。
ペットボトルを両手に持ち、軽く傾ける。のみくちから、ひとくち水を飲んで、ほっと息をする。
ふと朱夏を見ると、その横顔はふわふわしていた。とても優しい、やわらかい表情だった。彼のひまわり色の瞳は、まっすぐ薔薇を見つめている。
……。べつに、いいけれど。さみしくなんて、これっぽっちもないけれど。
視線を逸らし、もういちどお水を飲もうとしたら、
「昨晩の貴女も、あんなふうに、いいえあれよりもっと真っ赤っかで、本当に可愛かったんですよねえ」
恍惚とした、……ひとりごと? 僕は固まる。うっかり、半端な水にむせかける。朱夏が、あわてて僕を抱き寄せてくれる。
ちょっとまって、なに? 朱夏は、あの花を見て、……僕を。僕のことを、しかも、昨日の夜――……。
「っ……」
「弓弦、大丈夫ですか!? 吐き気は? 眩暈はしますか?」
「だ、だいじょうぶ、だから」
「?? 弓弦」
「……いいから。みないで」
口もとをおさえ、そっぽを向く。心配する朱夏が僕を覗き込もうとするから、なおさら、逃げるように背中を向ける。
どうしたんですか、と訊ねる声が、不自然に途絶えた。だから、たぶん、ばれてしまったと思う。僕がどうして顔や体を背けるのか。どうして、息をつまらせているのか。
ずるい。
「……ふふ、弓弦」
「ひとに見られる」
「大丈夫です。だれもいません。ああでも、そうですね――」
僕を背中からぎゅっと抱きしめる朱夏が、こそこそ話の声量で言う。
「あの薔薇に見せつけてやりましょう。俺と貴女のらぶらぶっぷりを。あれがいつか枯れるまで、きっと、二度と忘れられないですよ」
「ばか」
ずるい、本当に。ずるい。
……でも、心がぽかぽかする。さっき感じたさみしさややきもちまで、一緒に。朱夏の体温と、くすくす笑う声、彼のぜんぶに溶かされていく。
ホットミルクに混ぜ合わされた、はちみつみたい。そんな連想。いつも朱夏が作ってくれるそれを、今晩も飲みたいなあ、なんて。
昨晩。今晩。夜。
――ああだめだ、まだ、かああっと顔が熱くなる。
どうしようもない。悔しいから、朱夏の腕を掴んだ。ぎりっと、強く。
「あはは、痛いですよ。弓弦。……えっ、ちょ、いたたた」
ふん。僕は、しれっとする。顔も耳も、あちこち熱くて、じくじくむずむずしっぱなしだ。