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溺愛しゅかゆづ夫婦 7

 ――ひっく。ひっく……。
 不規則に引きつるような息。その声。朱夏は、はっと起き上がる。すかさず弓弦を抱きしめた。弓弦は、朱夏の隣、俯きがちに座り込んでいる。泣いているのだ。
 きっと、また、悪い夢を見てしまったのだろう。どうしてすぐに起きてやれなかったのか。朱夏は己を叱責した。愛しい妻が苦しむ横で、のんびり眠っていただなんて。そんな自分が許せないが、今は何より、弓弦のことだ。
 ひっく。ひっく。声は止まない。朱夏は、そっと声をかける。「弓弦、すみません、でももう大丈夫ですよ」。そして、その涙を拭ってやろうと思い、彼女の顔を覗き込む。

「ひっく……しゅ、か? おはよう」
「……ん? はい、おはようございます」

 弓弦からも顔を上げてくれた。彼女は、……泣いてはいなかった。ひっく、ひっく。しゃくりあげるようなままなのに、その赤い瞳は、ぱちぱち不思議そうに瞬かれる。

「ひっく、ど、したの。起こした?」
「ええと、まあ、起きました。それより弓弦、貴女」
「ん、……っ、これ、なかなか止まっ……ひっく」
「…………」

 弓弦は、泣いていなかった。聴こえたのは、泣き声ではなかった。
 しゃっくり。そう、しゃっくりだ。朱夏は、しゃっくりに苦戦する弓弦を、声を殺して泣いているものと勘違いしたのだった。
 少し、ぽかんとしてから、

「……あはは」
「朱夏?」
「いいえ。それなら良かったです」

 朱夏は、ふわふわと笑う。こてんと首を傾げる弓弦が可愛らしくて、もういちど、ぎゅっと抱きしめて。
 そうだ。と、思いつくままに囁く。

「しゃっくりって、息、とめると治るんでしたっけ?」

 どうだっただろう。朱夏はあまりしゃっくりになったことがないので、知識が乏しい。一応、薬剤師として仕事に就いているけれど、……しゃっくり。ぐるりと働き出そうとする思考を、朱夏はあえて抑えとどめた。今この状況に、そんな野暮ったい思考は必要ない。

「弓弦、少しこちらを見上げて」
「っ……ひっくっ、んん」

 ほら。弓弦には、朱夏の囁く言葉の意図が伝わっている。彼女は頬どころか耳まで真っ赤にして、はずかしそうに、ちょこっとだけ顔を上げる。
 だから、それをもっと、と。ぐいっと上げさせてしまうのは、朱夏の艶やかな手だ。ひっく、ひっく、しゃっくりがとまらない弓弦の、愛しいくちびる。そうっとキスをしたら、弓弦は、身をゆだねるように瞼を閉じる。キスの際、弓弦は息をとめる。忘れてしまう。そういう癖があるのだと、朱夏は誰より詳しく知っている。

「ん、っ、んぁ……んん……っ」
「……ふ」

 深く、深く。とろけあうように、貪るみたいに。
 呼吸も忘れて朱夏にしがみつき、必死についてこようとする弓弦が、いじらしくて愛おしい。
 朱夏はこっそりと笑い、キスを続ける。弓弦を、そっとベッドに寝かせた。優しく、やわらかく、意図的に。
 ――しゃっくりなんて、忘れさせてさしあげます。


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