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溺愛しゅかゆづ夫婦 7

「朱夏、これ」
「なにかほしいですか?」

 弓弦の声は控えめだ。朱夏は身を乗り出すようにして訊ねた。かわいい愛しい大切な妻は、欲が薄く、めったになにかを欲しがらない。そんな弓弦に、いいや、仮にそうでなかったとしても、彼女にはなんでも与えてやりたいと願う朱夏なのである。
 自宅のリビング。ふわふわな絨毯と黄色のクッション。それらに身をあずけている(朱夏としてはやきもきする事案である)弓弦が、先ほどまでじいっと見つめていたスマホの画面を、おずおず朱夏に見せた。

「これ、……だめ?」
「だめなんて。もちろん――」

 いいですよとひとつ返事をしようとした朱夏の目に飛び込む、『ちみ龍ビッグぬいぐるみ』の文字。ちみ龍とは、その名の通り、ちいさい龍だ。ぼやっとした顔につぶらな瞳のマスコット。ガチャガチャで手に入れたちびフィギュアが、玄関先の棚の上に飾ってある。
 朱夏は固まってしまった。なにしろ、それは、朱夏の天敵だ。朱夏は、そのちみ龍が気に入らない。理由はただひとつ。
 神の座なんぞどうでもいいなりに、偉大な龍であり神である自分自身のプライド――なわけはなく。
 愛している妻をそのちみ龍に取られてしまわないかと、やきもきしてしまうのだ。
 しかも、弓弦はどうも朱色のちみ龍ビッグぬいぐるみが欲しいらしい。朱色は、ほぼ、朱夏の髪の色だ。龍のすがたとなれば、龍鱗に覆われた身体は真っ赤だ。朱夏は、ちみ龍に敵対心をいだく。やはりどこまでも天敵。
 ……けれど。

「でも、貴方が嫌なら、やめておこうかな」

 かわいらしく、愛おしく、大切で大事で、かけがえのない妻。花嫁。そんな弓弦がほしがるもの。そして彼女は、それを、朱夏のためにすんなりと諦めようとしてしまう。
 朱夏は、ぶんぶん首を横にふった。「いいえ、注文しましょう」と言いつつ、弓弦のスマホの画面を指先で押す。注文確認画面、そして確定。

「いいの?」

 弓弦が戸惑っている。朱夏はソファからおりて、心配そうな弓弦をぎゅっと抱き締めた。

「ええ。貴女が欲しがるものですから。ですが、弓弦、ひとつお願いしても?」
「なに?」

 いちど、そっと体を離し、見つめあう。弓弦の赤い瞳が美しい。もちろん、その白雪のような肌も、真剣な顔も、かすかにゆれるベージュの髪も。
 愛している。貴女のすべてを。そう想いながら、朱夏は望む。

「俺のことも欲しがってくれませんか。弓弦。貴女だけの、本物の龍が、ここにいます。髪だってほら、赤ですよ」
「……ふふ」

 やきもち。欲しがられたい、求められたい。一番でいたい。ちみ龍ビッグぬいぐるみなんかよりも、ずっとずっと。
 朱夏の望み、切実な願いは、正しく弓弦に届いたようだった。弓弦はふわりと表情を崩し、朱夏の頬を手のひらで包み込む。
 うっすら冷たく、やわらかい。指先まで美麗で、どこまでも、どことなく儚い。弓弦は、真っ白でつもりたての雪のようで、そこにこっそり迷い込んだ白うさぎのよう。壮美と愛くるしさを絶妙に両立させ、朱夏の心を惹いてやまない。
 そのくちびるが、紡ぐ。

「大好き、朱夏。ありがとう。ちみ龍くんはかわいくていいなと思ったけれど、貴方は、もちろんそれだけじゃ足りないよ」

 ゆっくり、頬をゆるりと赤らめながら。
 朱夏のくちびるに触れるだけのキスをして、

「僕、貴方のこと、いつも求めているよ。大好き。かわいいのに、格好よくて。格好いいのに、そんなにかわいいやきもちをする」
「弓弦」
「えっ、と。だから。貴方が……その、欲しい、なあって。朱夏。ぎゅってしたり、きす、したり……してくれる……?」
「はい。もちろん」

 一生懸命、紡がれていく言葉たち。慣れていない、慣れることを知らない、いつまでも初心な弓弦の、あんまりにも可愛らしい様子。
 朱夏の心はきゅんとなって、満たされ、すかさず足りなくなった。朱夏は弓弦を改めて抱き込み、まずはその額に口づける。
 顔を上げる弓弦と目が合った。その、きらきらと美しい透き通った赤い瞳が、朱夏を求める。声が聞こえる。
「もっと」と。


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