①奇妙なサーカス
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5章
少年がマダムを世話し始めてからというもの、毒が誰かに回るんじゃないか、牙が突き刺さるんじゃないかと、ずっとヒヤヒヤしていた。
クレプスリーにはとっくにマダムの所在を報告してあるのに、取り返そうとせず私に観察ばかりさせている。全く、弟子を何だと思ってるんだか。
だけど、そんな文句も吹き飛ぶようなことが起こった。
ダレン・シャンは、親友のスティーブ・レナードを家に招き、あろうことかマダムを見せたのだ。
それだけじゃない。あの子は、ここ数日ひたすら笛を吹いてはマダムを操る真似をしていた。まさか、それを他人に披露するなんて。
静かに、慎重に。いくつか注意を約束させると、ダレン・シャンはクローゼットの奥からマダムのカゴを取り出し、笛を吹き始めた。カゴの蓋が開き、マダム・オクタが音に導かれて姿を現す。ス
ティーブ・レナードは、静かに、しかし目を丸くしてそれを見つめていた。
そして――それは突然だった。
部屋の扉が勢いよく開き、ダレン・シャンの妹アニーが飛び込んできた。
「きゃあああああっ!」
毛むくじゃらの大きな蜘蛛を見てその子は悲鳴を上げた。
その叫び声に、空気が一瞬で変わる。スティーブの肩にいたマダムの脚がビクンと跳ね、シャアアアッと鋭く威嚇音を立てた。そして――牙が、首筋へ飛びかかった。
スティーブ・レナードはその場に倒れ込み、ダレン・シャンはすぐさま笛を吹いてマダムをカゴへ戻そうと必死に指示を出した。けれど、もう遅かった。
窓越しに見ていた部屋の光景が一瞬にして変わる。スティーブは痙攣しながら倒れ、マダムはカゴに入ったものの警戒を解かず、その場で脚を震わせている。
マダムの毒は即死性じゃない。麻痺で済む可能性はある。でも、このまま放っておけば確実に死ぬ。
「……もう、見てらんない」
――誰も、もう死なせたくない。
スティーブを助けるため。そして、これ以上マダムを暴走させないため。私は迷わず、ダレン・シャンの部屋の窓を開けて中へ飛び込んだ。
そこへ入り込むと、素早く部屋の状況を確認した。マダムはカゴに戻っている。スティーブ・レナードは倒れたまま、顔色がどんどん悪くなっていく。
「……だからすぐに回収しようって言ったのに」
最悪の事態を避けるために、クレプスリーにはマダムを見つけた時点で取り返そうと提案していた。
けれど、あの人は動かなかった。だからこんなことになった。
声がして振り向くと、ダレン・シャンが私を見て立ち尽くしていた。
「君は……あのときの……!」
「今はそれどころじゃない。この子、死んじゃうよ」
私は倒れたスティーブに駆け寄り、様子を確認する。唇はうっすらと紫色に染まり、呼吸も浅い。
……思ったより早い。毒の回りが、予想以上に速い。
「マダムの毒は、時間が経てば治まることもある。でも――子どもが噛まれた場合は別。下手をすれば、このまま……」
言い切れなかった。喉が、少しだけ詰まった。でも今は感情を挟んでる場合じゃない。
「誰かが死ぬのは、もう……十分なの」
「だったら……どうすればいいんだよ!?」
ダレンの声が震えている。怖いのは当然だ。でも、現実は待ってくれない。
「すぐ死ぬわけじゃない。でも放っておいたら毒が全身に回る。助けるなら今しかない」
生憎、太陽はまだ空にある。完全なバンパイアであるクレプスリーは、まだ動けない時間帯だ。彼なら解毒薬を持っているのに……!
私はアニー・シャンに目を向ける。
「あなた、お母さんに言って救急車を呼んでくれる? 早く」
「う、うん!」
アニーは顔を青ざめさせたまま、頷いて走り出ていった。解毒薬を用意できるまでは、少しでも時間を稼がなくちゃならない。
私はダレンに向き直る。
「……私の主が、解毒薬を持ってる。友達を助けたいなら――あの劇場に来て。今夜」
「……君は、いったい何者なの?」
ダレンの問いに、私はほんのわずかに間を置いた。
この子はまだ、私のことを知らない。マダムを追ってここまで来たことも、クレプスリーに仕えていることも、私が何者かということも。
でも――今は、説明している暇なんてない。
「……来れば、わかるよ」
私の声は、落ち着いていた。でもその胸の奥では、焦りと不安が渦を巻いていた。
少年がマダムを世話し始めてからというもの、毒が誰かに回るんじゃないか、牙が突き刺さるんじゃないかと、ずっとヒヤヒヤしていた。
クレプスリーにはとっくにマダムの所在を報告してあるのに、取り返そうとせず私に観察ばかりさせている。全く、弟子を何だと思ってるんだか。
だけど、そんな文句も吹き飛ぶようなことが起こった。
ダレン・シャンは、親友のスティーブ・レナードを家に招き、あろうことかマダムを見せたのだ。
それだけじゃない。あの子は、ここ数日ひたすら笛を吹いてはマダムを操る真似をしていた。まさか、それを他人に披露するなんて。
静かに、慎重に。いくつか注意を約束させると、ダレン・シャンはクローゼットの奥からマダムのカゴを取り出し、笛を吹き始めた。カゴの蓋が開き、マダム・オクタが音に導かれて姿を現す。ス
ティーブ・レナードは、静かに、しかし目を丸くしてそれを見つめていた。
そして――それは突然だった。
部屋の扉が勢いよく開き、ダレン・シャンの妹アニーが飛び込んできた。
「きゃあああああっ!」
毛むくじゃらの大きな蜘蛛を見てその子は悲鳴を上げた。
その叫び声に、空気が一瞬で変わる。スティーブの肩にいたマダムの脚がビクンと跳ね、シャアアアッと鋭く威嚇音を立てた。そして――牙が、首筋へ飛びかかった。
スティーブ・レナードはその場に倒れ込み、ダレン・シャンはすぐさま笛を吹いてマダムをカゴへ戻そうと必死に指示を出した。けれど、もう遅かった。
窓越しに見ていた部屋の光景が一瞬にして変わる。スティーブは痙攣しながら倒れ、マダムはカゴに入ったものの警戒を解かず、その場で脚を震わせている。
マダムの毒は即死性じゃない。麻痺で済む可能性はある。でも、このまま放っておけば確実に死ぬ。
「……もう、見てらんない」
――誰も、もう死なせたくない。
スティーブを助けるため。そして、これ以上マダムを暴走させないため。私は迷わず、ダレン・シャンの部屋の窓を開けて中へ飛び込んだ。
そこへ入り込むと、素早く部屋の状況を確認した。マダムはカゴに戻っている。スティーブ・レナードは倒れたまま、顔色がどんどん悪くなっていく。
「……だからすぐに回収しようって言ったのに」
最悪の事態を避けるために、クレプスリーにはマダムを見つけた時点で取り返そうと提案していた。
けれど、あの人は動かなかった。だからこんなことになった。
声がして振り向くと、ダレン・シャンが私を見て立ち尽くしていた。
「君は……あのときの……!」
「今はそれどころじゃない。この子、死んじゃうよ」
私は倒れたスティーブに駆け寄り、様子を確認する。唇はうっすらと紫色に染まり、呼吸も浅い。
……思ったより早い。毒の回りが、予想以上に速い。
「マダムの毒は、時間が経てば治まることもある。でも――子どもが噛まれた場合は別。下手をすれば、このまま……」
言い切れなかった。喉が、少しだけ詰まった。でも今は感情を挟んでる場合じゃない。
「誰かが死ぬのは、もう……十分なの」
「だったら……どうすればいいんだよ!?」
ダレンの声が震えている。怖いのは当然だ。でも、現実は待ってくれない。
「すぐ死ぬわけじゃない。でも放っておいたら毒が全身に回る。助けるなら今しかない」
生憎、太陽はまだ空にある。完全なバンパイアであるクレプスリーは、まだ動けない時間帯だ。彼なら解毒薬を持っているのに……!
私はアニー・シャンに目を向ける。
「あなた、お母さんに言って救急車を呼んでくれる? 早く」
「う、うん!」
アニーは顔を青ざめさせたまま、頷いて走り出ていった。解毒薬を用意できるまでは、少しでも時間を稼がなくちゃならない。
私はダレンに向き直る。
「……私の主が、解毒薬を持ってる。友達を助けたいなら――あの劇場に来て。今夜」
「……君は、いったい何者なの?」
ダレンの問いに、私はほんのわずかに間を置いた。
この子はまだ、私のことを知らない。マダムを追ってここまで来たことも、クレプスリーに仕えていることも、私が何者かということも。
でも――今は、説明している暇なんてない。
「……来れば、わかるよ」
私の声は、落ち着いていた。でもその胸の奥では、焦りと不安が渦を巻いていた。
