●ときめき10題
1.情けない顔
大きな物音がした。台所からだ。
まずい、とヴィヴィは思った。
そこにはシグリがいる。
何かあっては取り返しがつかないぞ、と思う間もなく、ヴィヴィはドアを蹴破り、台所に突入した。
だが、目の前に転がっていた状況をその目に入ってきた瞬間に、ヴィヴィの脳みそはフリーズ・アウトすることになる。
「何やってんだよ」
抑揚のない声でヴィヴィがシグリに聞いた。
「見れば分かる状況じゃないのか」
確かにな、とは思いつつも、分かりましたと素直にうなづけない状況にヴィヴィは、大き目な溜め息をついた。
まだ液体の生クリームが小さな室内全体に飛び散っており、その半分近くをシグリが頭から浴びてペタンと床に転がっていた。
きれいな黄金色の髪もべたべたに汚されて、水気を吸ったそれが一筋二筋と頬に張り付いている。泡だて器とふみ台が床に転がっており、おそらくふみ台に乗って作業していた彼がバランスを崩して転倒し、その際泡立てていた生クリームをぶちまけて――。
ああ、なんてこった。
「とりあえず、お前、風呂だ」
「いい」
「ハァ!? そんなみっともない恰好していてどうすんだよ!!」
「まずは片づけなくてはならない」
「それより、風呂だ。 ベットベトじゃねーか!!」
「……怒らないのか?」
ヴィヴィの反応に怖がる素振りを見せる小さな少年。
「はぁ、お前なあ」
ヴィヴィは再び溜め息を漏らしながら、その場にしゃがんだ。
少年と目線を合わせる。
きれいな翡翠色の瞳が不安に揺れるのが目に入った。
「どう叱ったらいいわけ?」
「いつものように怒鳴ればいい」
「バカかッ!!」
声を荒立てると、シグリは反射的に肩に力を入れぎゅっと目を瞑った。
その反応が解けるのを待ってからヴィヴィは再び口を開く。
「最初は誰だって……こう、失敗ばっかりするもんだろ」
ヴィヴィはなるべく優しい口調を心がけてみてはいるのだが、シグリはむぅと小さく息を飲んだだけだった。
彼の頬が膨らんでいく。不機嫌なときや不満があるときのサインだ。
「シグリ。いいから風呂行って来い。俺が掃除しておくからさ」
「だが……」
「いいから。んな、情けねえ顔、してんじゃねーぞ」
ふぅと小さな溜め息交じりに少年は立ち上がった。
「……分かった」
小さい声で返答が返ってくる。
彼も立ち上がり、ヴィヴィはシグリに道を空けるためにサッと身をかわす。
「シグリ」
「……なんだ」
立ち去ろうとしていた少年が、振り返る。
「次、頑張ろうな!! 俺も手伝ってやる!!」
グッと、親指を突き出してサインを作って見せれば、ふっと彼の口元が緩んだように見えた。
「余計なお世話だ」
凛とした少年の声が、ヴィヴィの耳にいつまでも残った。
【END】
大きな物音がした。台所からだ。
まずい、とヴィヴィは思った。
そこにはシグリがいる。
何かあっては取り返しがつかないぞ、と思う間もなく、ヴィヴィはドアを蹴破り、台所に突入した。
だが、目の前に転がっていた状況をその目に入ってきた瞬間に、ヴィヴィの脳みそはフリーズ・アウトすることになる。
「何やってんだよ」
抑揚のない声でヴィヴィがシグリに聞いた。
「見れば分かる状況じゃないのか」
確かにな、とは思いつつも、分かりましたと素直にうなづけない状況にヴィヴィは、大き目な溜め息をついた。
まだ液体の生クリームが小さな室内全体に飛び散っており、その半分近くをシグリが頭から浴びてペタンと床に転がっていた。
きれいな黄金色の髪もべたべたに汚されて、水気を吸ったそれが一筋二筋と頬に張り付いている。泡だて器とふみ台が床に転がっており、おそらくふみ台に乗って作業していた彼がバランスを崩して転倒し、その際泡立てていた生クリームをぶちまけて――。
ああ、なんてこった。
「とりあえず、お前、風呂だ」
「いい」
「ハァ!? そんなみっともない恰好していてどうすんだよ!!」
「まずは片づけなくてはならない」
「それより、風呂だ。 ベットベトじゃねーか!!」
「……怒らないのか?」
ヴィヴィの反応に怖がる素振りを見せる小さな少年。
「はぁ、お前なあ」
ヴィヴィは再び溜め息を漏らしながら、その場にしゃがんだ。
少年と目線を合わせる。
きれいな翡翠色の瞳が不安に揺れるのが目に入った。
「どう叱ったらいいわけ?」
「いつものように怒鳴ればいい」
「バカかッ!!」
声を荒立てると、シグリは反射的に肩に力を入れぎゅっと目を瞑った。
その反応が解けるのを待ってからヴィヴィは再び口を開く。
「最初は誰だって……こう、失敗ばっかりするもんだろ」
ヴィヴィはなるべく優しい口調を心がけてみてはいるのだが、シグリはむぅと小さく息を飲んだだけだった。
彼の頬が膨らんでいく。不機嫌なときや不満があるときのサインだ。
「シグリ。いいから風呂行って来い。俺が掃除しておくからさ」
「だが……」
「いいから。んな、情けねえ顔、してんじゃねーぞ」
ふぅと小さな溜め息交じりに少年は立ち上がった。
「……分かった」
小さい声で返答が返ってくる。
彼も立ち上がり、ヴィヴィはシグリに道を空けるためにサッと身をかわす。
「シグリ」
「……なんだ」
立ち去ろうとしていた少年が、振り返る。
「次、頑張ろうな!! 俺も手伝ってやる!!」
グッと、親指を突き出してサインを作って見せれば、ふっと彼の口元が緩んだように見えた。
「余計なお世話だ」
凛とした少年の声が、ヴィヴィの耳にいつまでも残った。
【END】
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