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●ときめき10題

9.あの人の香り

 ふっと花の香りがした。
 幼い頃、花弁舞う庭で嗅いだことのあるような不思議なにおい。
 胸の奥底で眠る渇望が目を覚まし、自身の身体を揺さぶるような。
 乾いた魂を潤し癒す、一滴の水のようにしみ込んでいく。

「おい、どうした」
 はっと我に返ると、視界に入ってきたのは、戸惑いからか小首をかしげている少年の姿だった。
「さっきから、ぼうっとしている」
「あ、いや、悪い」
 ヴィヴィが慌てるのを見て、少年は薔薇の蕾が開花を兆すあの一瞬のように口元に薄く笑みを作った。
「そうか」
「すまねぇって」
 ああ、そうか。
 やっぱりこいつなのだ。
 ヴィヴィは小さな生き物を見おろす。
 長い髪が揺れ、風に弄ばれている。
 自分も似たようなものかもしれない。
 虫誘う花が昆虫を|弄《もてあそ》ぶのなら、自分は花に使えるだけの小さな昆虫だ。
 花の香りのする人よ、どうかそのままで――。

【END】
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