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宇佐見菫子の憂鬱

 翌日の放課後、帰り支度を済ませたはいいものの、ここ最近は自宅での勉強だと身が入らない。
 かといって、わからない部分があるわけでなく、単純な復習だから誰かに詳しく教えて貰う必要があるわけでもないので、どうしたものかと頭を悩ます。
「あれ、ウッチー。どうしたの?」
「……ん、ああ。小野寺か。いや、家じゃなかなか勉強が捗らないからどうしたもんかと思ってな」
「それならこれから図書室に行ってみたら?」
「図書室か……盲点だったわ」
「でしょ?環境を変えると覚えやすかったりするからね。しかし、勉強嫌いな君が勉強が捗らないって悩むなんてどういう風の吹きまわしだい?」
「いや、前に受験云々の話題になったから、せめて夏の間だけでも親に嫌な顔をされない程度には勉強しておかないとと思ってな」
「うん、ウッチーにしてはいい心がけだね。次のテストまでそこまで時間もないしなにかわからないところがあれば俺も手伝おうか?」
「いや、まだ授業にはついていけてるから大丈夫だ。本格的に不味くなったら手伝って貰うかもしれないけど……」
「そう、了解。あっ、行くんだったら林田に見つかる前に行っちゃった方がいいかもね。悪気はないんだろうけど、彼がいるといつの間にか駄弁って終わっちゃいそうだし」
 それには多いに同感する。多分来年度までアイツの熱量のベクトルは遊びの方に向いているのだろう。
 それに捕まったらめんどくさそうだ、と二人して笑う。一頻り笑ったあとに小野寺と別れ入学以来初の図書室へと足を進めた。



 中学でもそうだったが、なぜ図書室には独特な空気が漂うのだろうか?
 図書室の扉を開け、初めての室内を首を大きく振り見渡す。やはりというか、中学に比べると蔵書の量が多い。専門的な本も幾つかありそうな気配を感じる。
 しかし、そう言った本には縁遠い一生徒なので、本棚には目をくれずに、無人の図書室の机を借り、下校時刻までこれまでの復習をしようとしたところ、先客が居ることに気がついた。
 机に突っ伏し寝ている輩が一人。まあ、この静かな空間で、空調も付いているのがわかれば絶好の昼寝スポットにはなってしまうか。
 その生徒の安眠を邪魔しないよう、並んで設置されているもうひとつの机の一角に、寝ている相手へ背を向けるように座ることにした。誰だって寝起きに見知らぬ顔が目に入るのは嫌だろうからな。
 微かな寝息とノートの上をペンが走る音、そして時計の秒針が規則的な音を立ててあっという間に時間が過ぎていく。しかし何時からかペンの音が止まってしまった。
「……しかしまあ」
 この一ヶ月と少しでだいぶ今の生活になれてしまった。授業の方にはまだ、付いていくことができている。人付き合いも良好、嫌われるわけでもなく、かといって好かれる訳でもない。なんとも普通な立ち位置に落ち着いてしまった。
「結局、不可思議現象なんて起こり得るはずないのかね」
 高校に入学すればそう言った不可思議イベントの一つや二つくらい起こるものと、我ながら子供染みた夢をみていたのだが……。現実はそんなちっぽけな夢すら見せてくれないみたいだ。
「流石にクラスメイトに超能力者は居ないだろうけど、変な時期の転校生がそういう異能力者だったりしないもんかなぁ」
「ここ、間違ってる」
「うぉわぁ!?」
 後ろからの突然の言葉に思わず仰け反り、叫んでしまう。
「うるさ……こっちは寝起きなんだからもう少し配慮してよ」
「あ、すまん……って、そっちが先に――――」
 振り返り、驚かされた声の主を確認する。
 斜陽により照らされるその姿は、何処か幻想的だったのを覚えている。
 えらい美人がそこにいた。
 いや、この図書室という空間がそう見せているのかもしれない。
 差し込む斜陽。室内を舞う埃がそれを受け乱反射し、高校生にしては何処か野暮ったい髪型の彼女を何処かの物語の登場人物かのように見せていた。
 まあ、なんだ。簡単にいえば見蕩れていたのだ。
 恐らくはこの日、この時にお互いを認識したという意味で出逢ったんだろう。いや、出逢ってしまったというべきか。
「どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない。大声出して悪かったな……で、どこが間違えてるって?」
「この問題。xの後ろが逆」
 言われて指をさされたところの問題を再度確認する。……ああ、確かに。
「こりゃケアレスミスだな」
「あと、こことここも間違えてるわよ。……あら、ずいぶんとケアレスミスが多いわね」
 追加でさされた問題も先程と同じような順序の違いでの間違いだった。
 ……不味いな、一度小野寺に教わるべきか。
「これ、たすき掛けを間違えてるから一度見直してみたら?」
「ああ、そうしてみる。……というより、宇佐見って勉強できるのな」
「これくらい普通よ。……それで、さっきあなたが言ってた不可思議現象ってなんなの?」
 聞かれていたのか……。
「小さい頃の名残だよ。未確認飛行物体だったり心霊現象だったり……まあそういう事柄をまとめて不可思議現象って言うようにしてる」
「じゃあ、実際に会ったことあるんだ?そういうものに」
「いや、この十数年生きていて一度もないよ。この歳になれば結局この世は普通に充ち溢れていて、科学で大抵の事は解き明かされきっているってもう理解しているしさ」
 少し自嘲気味に吐き捨てる。別にさっきの独り言を聞かれていたからとかでなく、毎度の事ながら、少しの間でも夢見たものを自ら否定しなくてはいけない、この瞬間が嫌なのだ。
「自分で解き明かそうとはしないんだ?」
「解き明かすもなにも、大体の事はもう解明されきっているだろ?さっきも言った通り、この世は普通で充ち溢れている……その普通ってのは科学的に証明されていて、物理法則には逆らうことが出来ないんだ」
「本当にそうなの?自分で証明したわけでもないのに、他人の……その他大勢が決めた普通を受け入れちゃってさ」
 それは……。確かに宇佐見の言う通りだが、結局そう言ったものを観測しようがないんじゃどうしようもない。
 しかしだ、こいつの言葉は間違っている部分が一つだけあった。
「……受け入れたんじゃなくて、受け入れざるを得ないんだよ。そりゃ、俺だって会えることなら宇宙人、未来人、超能力者に幽霊やそれに準ずる存在に会ってみたいさ。けどな、彼らが自分から正体を明かす訳はないし、その正体を見破る術は存在しない。そうなったらあとは、いるかもしれないって心の片隅で信じて日々を過ごすぐらいしか出来ないんだよ」
 夢見る時間は終わったかもしれないが、夢見る事は止められない。けど、歳を重ねるにつれ段々と夢ではなく現実を見なくてはならなくなる。
「そっかそっか、否定はしないのね……。よし」
 何がよし、なのだろうか?
 そう思っているとこちらを指差して宇佐見はこう告げてきた。
「ホワイトクォーツ」
「……はい?」
「今の言葉に対応する言葉を見つけられたら、試験の最終日にここに来て」
「お、おう……」
「それじゃ、私は帰るから」
 言いたいことを言い終えたのか早々に図書室を後にする宇佐見。
 一人残された俺は復習をするでもなく、突然出された宿題に頭を悩ませるのであった。

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