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【突発短編】
満ちた思いと欠ける月
「あら?珍しいわね。貴女がこんな時間に……というか部屋の外どころか館の外にいるなんて」
ある日の夕刻、普段なら地下の図書室に引き籠っているはずの私の親友が、どういう風の吹き回しか紅魔館の屋根の上に佇んでいた。
「レミィ、よかったら貴女も一緒にどう?」
「一緒にって……何をするのよ」
「天体観測よ」
ピッと夜空を指差す魔法使い。その指が 示す方に視線を向けると、うっすらと欠け出した月が見えた。
「パチェにしては珍しく活動的ね」
「珍しくは余計よ。普段は動く必要がないから動かないだけ」
彼女は少しむくれて反論する。その姿が可愛らしくて、クスッと笑みがこぼれる。
「ちょっとレミィ、笑うなんて失礼じゃない?」
「ごめんごめん。それで、ただ月を見るためだけにここまで登ってきたわけじゃないんでしょ?」
「うっ……その、最近レミィと二人で話せてないから、こうでもしないと長く時間とれないじゃない」
「それなら話したいって言えばいいでしょ」
「改まって言うのはその……」
「恥ずかしい?」
顔を真っ赤にして頷くパチェ。仕方ないと小さく呟き、座っていた彼女の膝を枕にする
「ちょ……レミィ!?」
「向かい合って喋ってたら月食見逃しちゃうでしょ?これなら喋りながら月も見れて一石二鳥よ」
「私の心臓が持たないんだけど」
「そう言わずに。何から話す?」
大きなため息が上から聞こえてきたが無視をする。すると七曜の魔女はポツリ、ポツリと溜め込んでいた話題を話してきた。
私はそれに相槌を打ったり反論したり、たまに二人で笑いあったりして小さくなって行く月を眺めていた。
「みて、レミィ」
喋っている途中、パチェの方から話を遮り、再び夜空を指差す。
「……あら、素敵じゃない」
月食が終わり、紅い満月がぼんやりと姿を表した。
その幻想的な佇まいに私達は言葉を忘れ、見入ってしまう。
「……月が綺麗ね」
絞り出すような声が、私の頭上から聞こえた。ただ、彼女は月ではなく私を見ている。
「貴女と一緒に見るからよ、パチェ」
彼女の言葉の真意はわかる。それは私も同じだったから。
私の返事にちょっとだけ涙を浮かべながら、「ありがと、レミィ」と口にするパチェ。どういたしまして。とすぐに返事をする。
皆既月食が終わり、徐々に月が本来の輝きを取り戻しだす。
完全に戻るまでの間、さっきまでとは違う関係の私達は、さっきと同じような会話を楽しんでいた。
END
いつか、また
「皆既月食ですよ、妹紅さん!」
「そうだね」
「しかもなんと惑星食と同時に起こるというのは442年ぶりの世紀の天体ショーだとか!これはもう綺麗な夜空が見れる場所で観測するっきゃない!ってことで竹林の中の映えスポットまでお願いします!」
「ばえ?」
「あー、こう……綺麗に見えるところでお願い」
いつも以上の調子で菫子がやってきて、いつものように私に竹林を案内させる。
「それで、外での調子はどうなんだい?」
そう聞くとさっきまで騒がしかった少女が途端に大人しくなる。
「あー、その。一応は順調……なんだけどねぇ」
「順調ならいいじゃないか。やりたいこと見つかって頑張ってるんでしょ?」
そう問いかけたが、返事は返ってこない。
「どうしたの?」
「私、頑張れてるのかな……。あのオカルトボールの一件のあとに思うところあって外でも友達作ってみようかなー、なんて思ったけどさ、既にグループは出来てるから入り込みにくいし、最初に壁作ったのもあって誰も近づいてきやしないし……それは構わないんだけどさ。
それでも歩み寄ろうと奔走して、あっという間に高三になって……周りはやれ受験だ、就職だ、面接だ……。もーやになっちゃう!
だって高三よ、高三!来年というか半年もしないで大学生よ?最強種族たる女子高校生でいられる時間ももう少しだなんて……」
自分で言っててイライラが募ったのか、しおらしい態度はどこへやら。何故か私が詰められる形になりかけたりした。
「それでも行動はしたんでしょ?それなら、結果はついてくるものよ」
良くも悪くもだけど。
そうなんだけどさぁー、とやや意気消沈気味に呟く菫子。
「何かあったの?」
「……最近さ、超能力の出が悪くって……。いや、思い返せば18になってから徐々に出力が落ちたっていうか。使えるんだけど異変起こしたときに比べると弱くなってきたなーって」
「外のアレコレで精神が参ってるってだけじゃなくて?」
足は止めずに菫子の悩みに耳を傾ける。
夢を見る頻度が落ちた。見れても短い間。その上こちらへこれない回数も増えた。まるで普通の人間になっているみたい。と、ゆっくり語りだした。
「……正直にいうと怖いんだ。普通の、何の取り柄もない人になるのが」
「何もないわけないさ。気がついてないだけで、ちゃんと持ってるよ」
「そうかなぁ……」
「というか、今日はなんでこっちまで来たんだ?月見するだけなら神社でも間に合うだろうに」
博麗神社でも、山の上の神社でも。
「……静かな方が良かったからよ。神社だとどっちにしても騒がしくなっちゃう」
それはまぁ、確かに。すぐ宴会が始まりそうだ。というか既に始まっている気がする。
「ーーっと、着いたよ。ここなら竹に遮られずに空が見えるし、邪魔者も来ないはず」
「……ねぇ妹紅さん。今日で私がこっちに来れなくなるって言ったらどう思う?」
このままのんびりと夜空を見上げるものかと思っていたら、彼女は私の顔を見据えてそんなことを問い掛けてきた。
「そりゃ寂しいけど……冗談でもそういうことを聞くもんじゃないよ」
「冗談じゃないよ。自分の事だもん、わかるんだ。今日が最後。幻想(ゆめ)を見る時間は終わりだって。目が覚めたら二度と会えないって……」
涙を流しながら菫子は話しつづける
「だからさ、私が見てる景色が夢じゃないって、現実だって記憶に刻み込みたいの」
そう言うと彼女はスルリとネクタイを外し、着ている上着を脱ぎ出した。
「ちょっ……!?何やってるの!」
顔を真っ赤にしながら、上半身が下着だけになった菫子は意を決した様子で口を動かす。
「ねぇ、妹紅……私をめちゃくちゃにして」
今見ている世界が本物だと証明するために、目の前の貴女が生きていたって感じるために。
そう誘惑する菫子の目は本気だった。
だから私は――――
「……この、おバカ!」
バチィンと目一杯の力で彼女の額にデコピンをお見舞いしてやった。
「痛ッ!」
「そういう一時の快楽に身を任せて良いと思ってるの?」
「でも……」
「そういうコトをしたっていつか今日の日の事を思い出して後悔するのは菫子自身なんだよ」
「それじゃあどうすれば良いのよ!!今生の別れを前にして最後に相手の温もりを覚えたいって思っちゃいけないの?」
「なんで勝手に最後にするのよ。いつも通りこっちに来て、いつも通り遊んで、いつも通り帰って……それでまた来るまでの間が長くなるだけでしょ?」
「長くなるって……言ったでしょ、夢を見れなくなってるのよ!また来るなんて……ちゃんと生ききったとしても70年はかかるんだよ!」
「たった70年でしょ!普通の人間や妖怪ならいざ知らず、私相手に寿命の話なんて下らない!」
蓬莱の薬を飲んで老いることも死ぬこともなくなったこの身なら、70年なんてあっという間だ。
「だとしても!覚えてられないでしょ……こんな、ただの人間の事なんて」
「覚えてるよ。それで、いつも通り挨拶してまた幻想郷を巡るんだ」
近い未来に久しぶりに戻ってきた菫子とちょっと変わった幻想郷を散歩する。生き続ける目標としては気負わなくて良いかもしれない。
「それに、今日の事を覚えておきたいなら……そういうことよりも刺激的な遊びを私達は知ってるでしょ?」
痛む額を押さえている菫子に向けて避けやすい弾幕をお見舞いしてやる。
驚いて目を見開く姿が見えたが、その直後彼女の体は別の地点に移動しており、私の放った弾幕は地面にあたり消えていく。
「あっぶな……いきなり何するのよ!」
避けたさいにそのまま脱いだ服も着直したのか、見た目も言動も変な気を起こす前の菫子に戻っている。
「弾幕ごっこよ。長くしすぎると月食が終わっちゃうからスペルカードは二枚でどう?」
「上等!私が勝ったらさっきのお返しでデコピン一発ね!」
「なら私が勝ったらもう一発だね!」
勝負は月食が終わる前に決着が着いた。
今はお互いに寝そべって月を眺めている。
「あとちょっとかぁ……」
「そう言わないの。もう未練はないでしょ?」
「いや、未練はありまくりだけど……今したいことは全部できたし、言いたいことも全部言えたからもういいかなって」
「そう、なら良かったよ」
徐々に月明かりが強くなってくる。あともう少しで月食が終わり、月は本来の輝きを取り戻すだろう。
「……それじゃ、妹紅さん。さようなら」
目覚めが近いと悟った菫子は一足先に立ち上がり竹林の方へ向かおうとする。
「最後じゃないって言ってるでしょ。またね、菫子」
「……うん、またね!妹紅!」
振り返った彼女は涙を流しながらも、最後にとびきりの笑顔でこちらに返事をしてくれた。
「……次来たときは外の話を沢山してもらうからね」
END
標
「ねぇ、メリー。皆既月食を見に行かない?」
そう相棒に誘われたのが前日の7月25日。
そして現在7月26日の午後8時ちょっと前。
大通りには私達のように皆既月食を見ようと多くの人が空を見上げている。
「なんで今日はこんなに遅いのかしら?」
普段から遅刻するといっても少し遅れる程度なのに、今回は約束の時間を大幅に過ぎても彼女の姿は見当たらない。
昨日の今日で計画した月見会のため、特に遠出するわけでもなくいつもの喫茶店に集合となったのだけど……。
「もう部分食は始まってるのよねぇ……」
喫茶店の外に視線を移すと立ち止まり空を撮影する人を散見する。
なんでも、数世紀ぶりの天体ショーらしく、皆既月食と惑星食が同時に起こるとかなんとか。
「昔の人達も私達みたいに空を見上げていたのかしらね」
注文した飲み物に口をつけ、ガラスの向こうを眺めながら呟く。
らしくないことを口走ってしまったと思い、誰に聞かれているわけでもないがゴホンと咳払いをして誤魔化す。
「……もう電話した方がよさそうね」
もしも寝坊していようものならどうしてくれようか?……そうだ、ここの会計を彼女に任せてしまうのが良いかもしれない。
それはちゃんと彼女が来てから話し合うとして、まずは連絡をとらないと。
電話帳から探しなれた彼女の番号へ発信する。数コールの後いつもと比べたらどことなく慌てた様子の声が聞こえてきた。
『もしもし?』
「もしもし私メリー。いま約束した喫茶店にいるの」
『ほんっとにごめん!!』
「謝るのはいいから。寝坊してなかったのは誉めてあげる。それで、今日はなんで遅れているのかしら?」
『それが……ですね?なんと言えばいいのでしょうか……』
「蓮子?」
こちらの機嫌がよろしくないのを察してか、敬語で話し出す蓮子。
『その、どうも眼の調子がよろしくなくてですね……』
「眼の?眼精疲労には目薬をおすすめするわよ」
『普通の眼の話じゃなくて!』
「わかってるわよ。今は空を見ても情報が入ってこないって事?」
『なんというか、時間も場所も靄がかかったみたいな……。今の皆既月食と惑星食で何かしらが狂っていると思うんだけど』
彼女が持つ特異な眼の能力。それが今の天体ショーによって狂っているというのだ。
「だとしてもよ?待ち合わせはいつもの喫茶店なんだけど、どれだけ迷ってるのかしら?」
『それは……思ったより人が多くて普段使わない道使ったらよくわからない場所に出ちゃって……あー!この道!待っててメリー、もうすぐ着くから!』
そう言うとプツリと通話が切られる。繋がらなくなった端末をテーブルの上に置くとはぁ……とため息が出た。
「本当にもうすぐなのかしら?」
やはりというか……その不安は的中し、相棒が喫茶店にやってきたのはそれから30分程経ってからだった。
「で、何か言うことは?」
「いやー……本当にごめん!!」
喫茶店を出て、夜空が良く見える公園へと向かう。
普段なら私の先を蓮子が歩いていくのだが、今日に限っては歩幅をあわせて隣を歩いている
「まあ、貴女の遅刻癖はいまに始まったことじゃないからそんなに怒ってないんだけど」
「そういう割にはきっちりと喫茶店の代金を払わせているじゃない」
「何か言ったかしら、宇佐見さん」
「いいえ、なにも言っていませんわ。マエリベリーさん」
「全く……で、何があったの?」
隣を歩く蓮子に問い掛ける。
「そんなの私が知りたいわよ……。ま、推測だけどさ、月も星も隠れてるから不調なんじゃない?」
「そんなアバウトな……」
「でもそれしか理由は見当たらないでしょ?それで、メリーはなんともない?」
少し不安そうに彼女はこちらをみている。
「なんともないわね。別に月を見ても狂ったりしないわ」
段々と赤みがかった月を見上げて自身に何もないことを確認する。
「なら良かった。そうすると、月食が終わるまで私は普通の、いや極端な方向音痴だから」
「なんでこの子はこんなに自信満々なのかしら?」
「滅多に起こらない事だもの。楽しまなきゃ損ってものよ」
そんな会話を続け、公園に到着する。
「だいぶ月も赤くなって来たね」
蓮子の言葉に空を見上げる。そこには赤銅色の月がうっすらと浮かんでいた。
「綺麗というよりも不気味な月ね」
丁度空いてるベンチに二人で腰かける。
「今では赤く見える理由は解明されてしまったけど、昔は災厄の象徴みたく扱われていたのよね」
普段の光りかたと比べれば、神秘さよりも禍々しさが勝つこの月をなにも知らない状態で見てしまったらこの世の終わりみたく感じるだろう。
「それが今では神秘的な月のように持て囃されて、目を背けるどころか率先してこの月を見ようとするなんて……昔の人が見たら人類は狂ってしまったのかと思われるわ」
「確かにね。でも、普段の月は太陽の光を反射しているじゃない?」
突然隣に座る彼女は小学校くらいに習ったであろう問題を投げ掛けてくる。
「どうしたのよ、藪から棒に。太陽の光を反射する鏡を見続けてると狂ってしまうとでも?」
「いや、月を光らせる事でそこにある何かを隠してたんだとしたら、あの月は秘密を暴かれているってことになるのかしらって」
「……隠すっていったい何を?」
「そうねぇ……例えば、月の都とか?」
月の都自体は存在するはずだ。ただ、結界に遮られ、常人には月には何もないように見えているだけだ。
私がみた時は確か……水に映った月から見えたのだったか。
「皆既月食程度で暴かれる秘密なら月は今ごろ開拓されきっているわよ」
そうなれば月面ツアーはもっと割安になっていたのかもしれない。
「それは確かに」
真剣に話し込んでいたせいか、顔を見合わせてお互いに笑い出してしまう。
「さて、そろそろ皆既月食の最大……つまり完全に影に隠れて、月の本来の姿が現れるんだけど……」
相棒は立ち上がり私に向けて喋り始める。
「不思議を探しに行きましょう、メリー」
「貴女の瞳が機能しないのに?」
「それはそれ、これはこれよ。次に起こるのがいつかわからない特殊な夜にじっとしていられるもんですか。それに、私が居場所を見失ったとしても、今日は貴女が手を引いてくれるんでしょ?」
「そうね、私が迷った時に貴女が標になるように。今日は私が貴女の道標よ」
なら大丈夫ね、と彼女は明るい笑顔を見せる。
その笑顔につられ私もつい笑ってしまう。
そして、これまで何度も聞いてきた言葉を、呪文のように相棒は口にする。
――それじゃあ秘封倶楽部、活動開始よ――
.
満ちた思いと欠ける月
「あら?珍しいわね。貴女がこんな時間に……というか部屋の外どころか館の外にいるなんて」
ある日の夕刻、普段なら地下の図書室に引き籠っているはずの私の親友が、どういう風の吹き回しか紅魔館の屋根の上に佇んでいた。
「レミィ、よかったら貴女も一緒にどう?」
「一緒にって……何をするのよ」
「天体観測よ」
ピッと夜空を指差す魔法使い。その指が 示す方に視線を向けると、うっすらと欠け出した月が見えた。
「パチェにしては珍しく活動的ね」
「珍しくは余計よ。普段は動く必要がないから動かないだけ」
彼女は少しむくれて反論する。その姿が可愛らしくて、クスッと笑みがこぼれる。
「ちょっとレミィ、笑うなんて失礼じゃない?」
「ごめんごめん。それで、ただ月を見るためだけにここまで登ってきたわけじゃないんでしょ?」
「うっ……その、最近レミィと二人で話せてないから、こうでもしないと長く時間とれないじゃない」
「それなら話したいって言えばいいでしょ」
「改まって言うのはその……」
「恥ずかしい?」
顔を真っ赤にして頷くパチェ。仕方ないと小さく呟き、座っていた彼女の膝を枕にする
「ちょ……レミィ!?」
「向かい合って喋ってたら月食見逃しちゃうでしょ?これなら喋りながら月も見れて一石二鳥よ」
「私の心臓が持たないんだけど」
「そう言わずに。何から話す?」
大きなため息が上から聞こえてきたが無視をする。すると七曜の魔女はポツリ、ポツリと溜め込んでいた話題を話してきた。
私はそれに相槌を打ったり反論したり、たまに二人で笑いあったりして小さくなって行く月を眺めていた。
「みて、レミィ」
喋っている途中、パチェの方から話を遮り、再び夜空を指差す。
「……あら、素敵じゃない」
月食が終わり、紅い満月がぼんやりと姿を表した。
その幻想的な佇まいに私達は言葉を忘れ、見入ってしまう。
「……月が綺麗ね」
絞り出すような声が、私の頭上から聞こえた。ただ、彼女は月ではなく私を見ている。
「貴女と一緒に見るからよ、パチェ」
彼女の言葉の真意はわかる。それは私も同じだったから。
私の返事にちょっとだけ涙を浮かべながら、「ありがと、レミィ」と口にするパチェ。どういたしまして。とすぐに返事をする。
皆既月食が終わり、徐々に月が本来の輝きを取り戻しだす。
完全に戻るまでの間、さっきまでとは違う関係の私達は、さっきと同じような会話を楽しんでいた。
END
いつか、また
「皆既月食ですよ、妹紅さん!」
「そうだね」
「しかもなんと惑星食と同時に起こるというのは442年ぶりの世紀の天体ショーだとか!これはもう綺麗な夜空が見れる場所で観測するっきゃない!ってことで竹林の中の映えスポットまでお願いします!」
「ばえ?」
「あー、こう……綺麗に見えるところでお願い」
いつも以上の調子で菫子がやってきて、いつものように私に竹林を案内させる。
「それで、外での調子はどうなんだい?」
そう聞くとさっきまで騒がしかった少女が途端に大人しくなる。
「あー、その。一応は順調……なんだけどねぇ」
「順調ならいいじゃないか。やりたいこと見つかって頑張ってるんでしょ?」
そう問いかけたが、返事は返ってこない。
「どうしたの?」
「私、頑張れてるのかな……。あのオカルトボールの一件のあとに思うところあって外でも友達作ってみようかなー、なんて思ったけどさ、既にグループは出来てるから入り込みにくいし、最初に壁作ったのもあって誰も近づいてきやしないし……それは構わないんだけどさ。
それでも歩み寄ろうと奔走して、あっという間に高三になって……周りはやれ受験だ、就職だ、面接だ……。もーやになっちゃう!
だって高三よ、高三!来年というか半年もしないで大学生よ?最強種族たる女子高校生でいられる時間ももう少しだなんて……」
自分で言っててイライラが募ったのか、しおらしい態度はどこへやら。何故か私が詰められる形になりかけたりした。
「それでも行動はしたんでしょ?それなら、結果はついてくるものよ」
良くも悪くもだけど。
そうなんだけどさぁー、とやや意気消沈気味に呟く菫子。
「何かあったの?」
「……最近さ、超能力の出が悪くって……。いや、思い返せば18になってから徐々に出力が落ちたっていうか。使えるんだけど異変起こしたときに比べると弱くなってきたなーって」
「外のアレコレで精神が参ってるってだけじゃなくて?」
足は止めずに菫子の悩みに耳を傾ける。
夢を見る頻度が落ちた。見れても短い間。その上こちらへこれない回数も増えた。まるで普通の人間になっているみたい。と、ゆっくり語りだした。
「……正直にいうと怖いんだ。普通の、何の取り柄もない人になるのが」
「何もないわけないさ。気がついてないだけで、ちゃんと持ってるよ」
「そうかなぁ……」
「というか、今日はなんでこっちまで来たんだ?月見するだけなら神社でも間に合うだろうに」
博麗神社でも、山の上の神社でも。
「……静かな方が良かったからよ。神社だとどっちにしても騒がしくなっちゃう」
それはまぁ、確かに。すぐ宴会が始まりそうだ。というか既に始まっている気がする。
「ーーっと、着いたよ。ここなら竹に遮られずに空が見えるし、邪魔者も来ないはず」
「……ねぇ妹紅さん。今日で私がこっちに来れなくなるって言ったらどう思う?」
このままのんびりと夜空を見上げるものかと思っていたら、彼女は私の顔を見据えてそんなことを問い掛けてきた。
「そりゃ寂しいけど……冗談でもそういうことを聞くもんじゃないよ」
「冗談じゃないよ。自分の事だもん、わかるんだ。今日が最後。幻想(ゆめ)を見る時間は終わりだって。目が覚めたら二度と会えないって……」
涙を流しながら菫子は話しつづける
「だからさ、私が見てる景色が夢じゃないって、現実だって記憶に刻み込みたいの」
そう言うと彼女はスルリとネクタイを外し、着ている上着を脱ぎ出した。
「ちょっ……!?何やってるの!」
顔を真っ赤にしながら、上半身が下着だけになった菫子は意を決した様子で口を動かす。
「ねぇ、妹紅……私をめちゃくちゃにして」
今見ている世界が本物だと証明するために、目の前の貴女が生きていたって感じるために。
そう誘惑する菫子の目は本気だった。
だから私は――――
「……この、おバカ!」
バチィンと目一杯の力で彼女の額にデコピンをお見舞いしてやった。
「痛ッ!」
「そういう一時の快楽に身を任せて良いと思ってるの?」
「でも……」
「そういうコトをしたっていつか今日の日の事を思い出して後悔するのは菫子自身なんだよ」
「それじゃあどうすれば良いのよ!!今生の別れを前にして最後に相手の温もりを覚えたいって思っちゃいけないの?」
「なんで勝手に最後にするのよ。いつも通りこっちに来て、いつも通り遊んで、いつも通り帰って……それでまた来るまでの間が長くなるだけでしょ?」
「長くなるって……言ったでしょ、夢を見れなくなってるのよ!また来るなんて……ちゃんと生ききったとしても70年はかかるんだよ!」
「たった70年でしょ!普通の人間や妖怪ならいざ知らず、私相手に寿命の話なんて下らない!」
蓬莱の薬を飲んで老いることも死ぬこともなくなったこの身なら、70年なんてあっという間だ。
「だとしても!覚えてられないでしょ……こんな、ただの人間の事なんて」
「覚えてるよ。それで、いつも通り挨拶してまた幻想郷を巡るんだ」
近い未来に久しぶりに戻ってきた菫子とちょっと変わった幻想郷を散歩する。生き続ける目標としては気負わなくて良いかもしれない。
「それに、今日の事を覚えておきたいなら……そういうことよりも刺激的な遊びを私達は知ってるでしょ?」
痛む額を押さえている菫子に向けて避けやすい弾幕をお見舞いしてやる。
驚いて目を見開く姿が見えたが、その直後彼女の体は別の地点に移動しており、私の放った弾幕は地面にあたり消えていく。
「あっぶな……いきなり何するのよ!」
避けたさいにそのまま脱いだ服も着直したのか、見た目も言動も変な気を起こす前の菫子に戻っている。
「弾幕ごっこよ。長くしすぎると月食が終わっちゃうからスペルカードは二枚でどう?」
「上等!私が勝ったらさっきのお返しでデコピン一発ね!」
「なら私が勝ったらもう一発だね!」
勝負は月食が終わる前に決着が着いた。
今はお互いに寝そべって月を眺めている。
「あとちょっとかぁ……」
「そう言わないの。もう未練はないでしょ?」
「いや、未練はありまくりだけど……今したいことは全部できたし、言いたいことも全部言えたからもういいかなって」
「そう、なら良かったよ」
徐々に月明かりが強くなってくる。あともう少しで月食が終わり、月は本来の輝きを取り戻すだろう。
「……それじゃ、妹紅さん。さようなら」
目覚めが近いと悟った菫子は一足先に立ち上がり竹林の方へ向かおうとする。
「最後じゃないって言ってるでしょ。またね、菫子」
「……うん、またね!妹紅!」
振り返った彼女は涙を流しながらも、最後にとびきりの笑顔でこちらに返事をしてくれた。
「……次来たときは外の話を沢山してもらうからね」
END
標
「ねぇ、メリー。皆既月食を見に行かない?」
そう相棒に誘われたのが前日の7月25日。
そして現在7月26日の午後8時ちょっと前。
大通りには私達のように皆既月食を見ようと多くの人が空を見上げている。
「なんで今日はこんなに遅いのかしら?」
普段から遅刻するといっても少し遅れる程度なのに、今回は約束の時間を大幅に過ぎても彼女の姿は見当たらない。
昨日の今日で計画した月見会のため、特に遠出するわけでもなくいつもの喫茶店に集合となったのだけど……。
「もう部分食は始まってるのよねぇ……」
喫茶店の外に視線を移すと立ち止まり空を撮影する人を散見する。
なんでも、数世紀ぶりの天体ショーらしく、皆既月食と惑星食が同時に起こるとかなんとか。
「昔の人達も私達みたいに空を見上げていたのかしらね」
注文した飲み物に口をつけ、ガラスの向こうを眺めながら呟く。
らしくないことを口走ってしまったと思い、誰に聞かれているわけでもないがゴホンと咳払いをして誤魔化す。
「……もう電話した方がよさそうね」
もしも寝坊していようものならどうしてくれようか?……そうだ、ここの会計を彼女に任せてしまうのが良いかもしれない。
それはちゃんと彼女が来てから話し合うとして、まずは連絡をとらないと。
電話帳から探しなれた彼女の番号へ発信する。数コールの後いつもと比べたらどことなく慌てた様子の声が聞こえてきた。
『もしもし?』
「もしもし私メリー。いま約束した喫茶店にいるの」
『ほんっとにごめん!!』
「謝るのはいいから。寝坊してなかったのは誉めてあげる。それで、今日はなんで遅れているのかしら?」
『それが……ですね?なんと言えばいいのでしょうか……』
「蓮子?」
こちらの機嫌がよろしくないのを察してか、敬語で話し出す蓮子。
『その、どうも眼の調子がよろしくなくてですね……』
「眼の?眼精疲労には目薬をおすすめするわよ」
『普通の眼の話じゃなくて!』
「わかってるわよ。今は空を見ても情報が入ってこないって事?」
『なんというか、時間も場所も靄がかかったみたいな……。今の皆既月食と惑星食で何かしらが狂っていると思うんだけど』
彼女が持つ特異な眼の能力。それが今の天体ショーによって狂っているというのだ。
「だとしてもよ?待ち合わせはいつもの喫茶店なんだけど、どれだけ迷ってるのかしら?」
『それは……思ったより人が多くて普段使わない道使ったらよくわからない場所に出ちゃって……あー!この道!待っててメリー、もうすぐ着くから!』
そう言うとプツリと通話が切られる。繋がらなくなった端末をテーブルの上に置くとはぁ……とため息が出た。
「本当にもうすぐなのかしら?」
やはりというか……その不安は的中し、相棒が喫茶店にやってきたのはそれから30分程経ってからだった。
「で、何か言うことは?」
「いやー……本当にごめん!!」
喫茶店を出て、夜空が良く見える公園へと向かう。
普段なら私の先を蓮子が歩いていくのだが、今日に限っては歩幅をあわせて隣を歩いている
「まあ、貴女の遅刻癖はいまに始まったことじゃないからそんなに怒ってないんだけど」
「そういう割にはきっちりと喫茶店の代金を払わせているじゃない」
「何か言ったかしら、宇佐見さん」
「いいえ、なにも言っていませんわ。マエリベリーさん」
「全く……で、何があったの?」
隣を歩く蓮子に問い掛ける。
「そんなの私が知りたいわよ……。ま、推測だけどさ、月も星も隠れてるから不調なんじゃない?」
「そんなアバウトな……」
「でもそれしか理由は見当たらないでしょ?それで、メリーはなんともない?」
少し不安そうに彼女はこちらをみている。
「なんともないわね。別に月を見ても狂ったりしないわ」
段々と赤みがかった月を見上げて自身に何もないことを確認する。
「なら良かった。そうすると、月食が終わるまで私は普通の、いや極端な方向音痴だから」
「なんでこの子はこんなに自信満々なのかしら?」
「滅多に起こらない事だもの。楽しまなきゃ損ってものよ」
そんな会話を続け、公園に到着する。
「だいぶ月も赤くなって来たね」
蓮子の言葉に空を見上げる。そこには赤銅色の月がうっすらと浮かんでいた。
「綺麗というよりも不気味な月ね」
丁度空いてるベンチに二人で腰かける。
「今では赤く見える理由は解明されてしまったけど、昔は災厄の象徴みたく扱われていたのよね」
普段の光りかたと比べれば、神秘さよりも禍々しさが勝つこの月をなにも知らない状態で見てしまったらこの世の終わりみたく感じるだろう。
「それが今では神秘的な月のように持て囃されて、目を背けるどころか率先してこの月を見ようとするなんて……昔の人が見たら人類は狂ってしまったのかと思われるわ」
「確かにね。でも、普段の月は太陽の光を反射しているじゃない?」
突然隣に座る彼女は小学校くらいに習ったであろう問題を投げ掛けてくる。
「どうしたのよ、藪から棒に。太陽の光を反射する鏡を見続けてると狂ってしまうとでも?」
「いや、月を光らせる事でそこにある何かを隠してたんだとしたら、あの月は秘密を暴かれているってことになるのかしらって」
「……隠すっていったい何を?」
「そうねぇ……例えば、月の都とか?」
月の都自体は存在するはずだ。ただ、結界に遮られ、常人には月には何もないように見えているだけだ。
私がみた時は確か……水に映った月から見えたのだったか。
「皆既月食程度で暴かれる秘密なら月は今ごろ開拓されきっているわよ」
そうなれば月面ツアーはもっと割安になっていたのかもしれない。
「それは確かに」
真剣に話し込んでいたせいか、顔を見合わせてお互いに笑い出してしまう。
「さて、そろそろ皆既月食の最大……つまり完全に影に隠れて、月の本来の姿が現れるんだけど……」
相棒は立ち上がり私に向けて喋り始める。
「不思議を探しに行きましょう、メリー」
「貴女の瞳が機能しないのに?」
「それはそれ、これはこれよ。次に起こるのがいつかわからない特殊な夜にじっとしていられるもんですか。それに、私が居場所を見失ったとしても、今日は貴女が手を引いてくれるんでしょ?」
「そうね、私が迷った時に貴女が標になるように。今日は私が貴女の道標よ」
なら大丈夫ね、と彼女は明るい笑顔を見せる。
その笑顔につられ私もつい笑ってしまう。
そして、これまで何度も聞いてきた言葉を、呪文のように相棒は口にする。
――それじゃあ秘封倶楽部、活動開始よ――
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