銀魂カプなし小説


「あ、真選組ネ」
神楽は味噌汁をすすりながら呟いた。ちらり、と向かいのソファーに座る男を窺うと、彼もつられたようにテレビの画面に目を向けていた。
いつも通りの質素な朝食を囲む万事屋の居間。窓から射し込む春の陽気は、どこまでもあたたかい。
「ふん、相変わらず怖ェ顔してやがんの」
画面中央でアナウンサーからの質問に答えているのは土方だ。生中継であるその特集は、どうやら今屯所内へと取材に訪れているらしく、土方がその案内役を務めているようだ。
沢庵をぽりぽりとかじる銀時は、いつも通りのぼんやりした目で画面を見つめている。けれどその瞳のなかには、平熱以上のほのかな温度がある。もうずっと前からその温度はあったのだが、ここ最近、それが顕著にあらわれるようになっている。神楽はじっと銀時の深い紅色の瞳を見つめた。
テレビでは、真選組の連中がうるさく騒ぎ立てる様子が映し出されている。おおかた、アナウンサーを独占する土方に嫉妬した他の隊士連中が妨害しているのだろう。ギャーギャーと騒ぎ立てる様子はもはや取材のていを為していない。
「最近多いですね、真選組特集」
お茶碗片手に新八が苦笑する。
「あー? そうだっけ」
「そうヨ。この間もやってたアル」
本当は気付いているくせに。だってこの前の特集も、一緒に見ていたじゃない。そんな本音には蓋をして、神楽はこくりと首を縦に振った。
「なんか最近人気が出てるみたいですよ」
出汁のきいた卵焼きをパクパクと胃に収めながら、また銀時を窺う。彼は訝しむように片眉を上げていた。
「は? なんでまた急に」
「最近土方さんはちょっと丸くなってるし沖田さんは二十歳超えて大人っぽくなった、なんて理由らしいですけど」
神楽はケッと吐き捨てた。沖田のどこが大人なもんか、会えば喧嘩を吹っかけてくるし憎たらしいことばかり言うし。二年前からおよそ何も変わっていないのに。
一方で、たしかに土方はほんのちょっとだけ丸くなった気がする。仏頂面も目付きの悪さも変わらないけれど、醸し出される雰囲気がかすかに柔らかくなった。それに、見廻り中の彼に酢昆布やら団子やらをねだってみたときも、半分くらいの確率で奢ってくれるようになった。まあ、前からチョロい性格はしていたけれど。
「それに近藤さんも、顔の傷がワイルドでカッコいいっなんて意見もあるみたいで」
「ゴリラがワイルドになったらそれはただの野生のゴリラだろ」
「まあ何にせよファンが増えて需要が高まってるみたいですよ」
「前は厄介者扱いされてたのに、おかしい話ネ」
「世間様なんてそんなモンだろ。ほんのちょっとのことでクルッと簡単に手のひら返しよ」
銀時がテレビ画面から手元の茶碗に視線を戻す。口調も、声音も、表情にも変化は見られないけれど、銀時は今きっと少しだけ機嫌を損ねている。さりげなく、けれどつぶさに彼を観察している神楽にはそれが分かっていた。
「まあでも、最近はあまり過剰な破壊行為もしてないみたいですしね」
苦笑混じりにフォローを入れる新八に、神楽はフンと鼻を鳴らした。
銀時はと言えば、相変わらず興味なさげに味噌汁をすすっている。しかしよくよく見れば一口が小さくなっているし、意味もなくお椀を揺らしたりしている。やっぱり、あまり機嫌は良くないようだ。
まあ、それもそうだろう。神楽は彼にバレないように小さく笑った。
世間からの扱いが二年前とどう変わろうとも、真選組は変わっていない。
二年前も今もずっと変わらず馬鹿だし、物騒だし、江戸を護っている。
それを私たち万事屋は分かっているのだ。何度も何度も顔を突き合わせ、拳と刀を交え、背中を預けあった私たちだから。嫌でも側で彼らの生き様を眺めてきた、私たちだから。
テレビ画面では、一人の隊士が何事かを土方に告げていた。次の瞬間、土方の号令が響き渡る。
何やら緊急の連絡があったようで、さっきまで騒がしかった男たちはカメラには目もくれずに次々と走り出してゆく。神妙さを帯びた、けれどどこか高揚した顔つき。腰の刀に触れながら駆け出す男たちに、近藤や土方が何事かを叫んでいる。すかさず野太い声が応える。やっぱり馬鹿だし物騒だ。
一つの意志のもとに駆ける、一つの魂のもとに懸けるいくつもの黒い背中は、流れるようにカメラの外へと遠ざかっていく。あたふたと慌てるアナウンサーとスタッフが滑稽にも取り残されてしまっていた。
神楽は再び銀時の顔を窺った。
相変わらず茫洋とした瞳は、けれどまっすぐに男たちを見つめていた。その口元にはかすかに笑みが浮かんでいる。そうそう、アイツらはこうでねェと。そんな声が聞こえそうなほど、満足そうな笑みだった。
江戸を──この町を護る男たちの背中を眺めながら、神楽もまた笑みをこぼした。


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