銀魂カプなし小説
最近、雨降りの日が続いている。
今日だって、町を覆う薄暗い雲からはひっきりなしに冷たい雫が落ちている。しとしとと降る雨が町を濡らしていると、なんだか町ぜんぶが沈んでみえる。銀ちゃんと新八も、銀ちゃんは遊びに行けないから、新八は洗濯ができないからと言って、窓から空を見上げては溜め息をこぼしている。
けれど、私は違う。
私はむしろ雨の日のほうが思いっきり動き回れるから好きなのだ。このことを前に銀ちゃんに告げると、「いや、お前は晴れの日でも思いっきり動き回ってるだろ」って言われた。確かに、とも思ったけれどちょっとイラっときたので「銀ちゃんは雨でも晴れでも毎日ダラダラしたオッサン、略してマダオアルナ」と言ってやった。銀ちゃんはその後しばらく拗ねてたけど、放置しておいた。だってオッサンが拗ねたってべつに可愛くないもん。
少し前のそんなやりとりを思い出してクスリと笑いつつ、愛用している傘を手にとる。
履き古した靴に足をねじこみながら居間に向かって声を張り上げる。
「銀ちゃーん、新八ー!ちょっと遊んでくるアルー!」
「おーう。晩飯までには帰ってこいよ」
「気をつけていってらっしゃい」
「はーい!」
ガラリと玄関を開けると、むわっと雨の匂いが体を包む。この湿った匂いも嫌いじゃない。思いきり深呼吸してから、勢いよく外へと飛びだした。
歩くたびに足もとで鳴る、水の跳ねる音。傘の中に響く、雫をはじく音。そんな雨の日だけの音にウキウキと心が弾む。楽しくってついクルクルと傘を回してしまう。新八がいたら「雫が飛ぶからダメだよ」って怒るだろうけど、今は周りに誰もいないから大丈夫だ。傘を回すついでに、私もクルリと一回転。やっぱり雨の日って気持ちいい。
川沿いに並んだ、ちょっぴり赤やオレンジに染まりはじめている木からピチョンと雫がすべり落ちた。葉っぱの色を映した雫は、赤やオレンジになってキラキラしている。
秋の雨はほかのどの季節よりも綺麗で、不思議と懐かしい気持ちになる。だから秋の雨は一番お気に入りの雨なのだ。
てくてく歩いているうちに川の向こうへ行ってみようと思いつき、橋へと向かう。濡れてつるつるになった橋の上を慎重に歩いていく。そのとき、向こう側から見知った顔がやってくるのが見えた。
「トシーーーーッ!!」
慎重に歩いていたことも忘れて一目散に駆けよると、その人はビックリしたみたいに目をまん丸にした。けれど私の顔を見ると、ホッと小さく息をついた。
「なんだ、チャイナ娘か……って、誰がトシだ」
「トシはトシアル」
そう言ってトシの横に並び、一緒に歩きだす。すると彼は意外そうに片眉を上げた。
「お前、反対方向に行ってなかったか?」
「んー、ただのお散歩だから行き先変更もなんでもありネ」
「ふぅん」
「トシはどこ行くアルカ?制服じゃないから仕事じゃないんデショ?」
いつも着ている窮屈そうな服じゃなく、今はゆったりと着物を身につけている彼に聞いてみる。
「ああ、ちょっと野暮用でな」
「ヤボヨーアルカ」
「そう、それが済んだから帰ってるところだ」
「ふーん、そっか」
足元に転がる小石を蹴っ飛ばしてから、トシの顔を見上げる。
「ねぇ、このまま帰るだけじゃつまらないデショ」
あ、何を言い出すんだって顔してる。分かったけれど、気づかないフリをしてトシの袖を引く。なんだかんだ言って優しい彼は、きっと私のお願いをきいてくれるはずだ。
「私と一緒にお散歩するアル」
そう言うと、トシはまた目をまん丸にした。それから困ったみたいに頭をかいた後、チラリと私を見る。気にせずじぃっとまっすぐにトシを見上げていると、彼ははぁ、と溜め息をついた。それから、観念したように口を開く。
「譲る気はねェんだろ?」
「もちろん! これは決定事項アル 」
「……じゃ、付き合ってやるよ」
「やったー!」
嬉しくてピョンと跳びはねると、傘についていた雫も一緒に跳びはねた。
「うおっ、冷てっ!」
叫んだトシには構わず、グイグイと彼の腕を引く。
「ねーねー私、行ってみたいところがあるアル」
「はいはい、どこですかお嬢さん」
されるがままになっている彼に気を良くして、腕を引いたまま歩きだす。
「あのね、新しくできた甘味処アル」
「ほう」
「銀ちゃんが行きたい行きたいって言ってたから、先に行ってきたヨって自慢してやるネ」
「お前、いい性格してんな」
呆れたみたいに笑うから、「おまえんトコのサドヤローには及ばないアル」と返してやると「……確かに」と神妙な顔になった。
2人で並んで歩くから、足元で水が跳ねる音も傘がはじく雫の音も2人分。いつもは3人分だから、なんだか新鮮だ。思わずムフフ、と笑ってしまう。
おしゃべりしながら歩いているうちに、お目当ての甘味処に到着。店員さんから渡されたメニューとにらめっこを開始する。
「うーん、カボチャのモンブランも美味しそうだけど、こっちのおイモのタルトも食べたいアル〜」
さんざん迷った末に1つを選び、すいませーんと店員さんを呼んだ。
「えっと、おイモのタルトと、トシは?」
「コーヒー、とカボチャのモンブラン」
ハッとしてトシを見ると、いつもと変わらない表情をしていた。店員さんがいなくなってから聞いてみる。
「トシ、モンブラン食べるアルカ?」
「違ェよ。お前なら2つくらい食えるだろ」
「さっきの聞いてたアルカ」
「聞くもなにも、あんなでけー声で言ってたら嫌でも聞こえるっつーの」
飄々としたそっけない態度。だけどその気遣いが嬉しくて、胸の中がポカポカになる。
「お前、イイ男アルナ」
「なんだ、今更知ったのか?」
当たり前みたいな顔でニヤリと笑ってみせるから、思わず私も笑ってしまった。
しばらくして運ばれてきた2つのケーキに舌鼓をうつ。どっちとも、秋を感じられるうえに頬っぺたが落ちそうなくらい美味しい。
「ん〜、甘くて美味しいアル〜!」
「そうかい、よかったな」
向かいの席でコーヒーを啜っていたトシがふっと笑う。そんな彼に向かって、ずいっとフォークを差しだした。すると、フォークの先にささった黄色いモンブランと私の顔を見比べたトシは、「え?」とすっとんきょうな声をあげた。
「これはトシが頼んだものアル。だから一口でも食べなきゃだめヨ」
「いや、俺はべつに……」
「だーめ、食べるアル!」
ずいずいっとフォークを近づけると、「分かったから!」と良いお返事が返ってきた。
「けど、せめて自分で食わせろ」
「しょーがないアルナ」
フォークを渡すと、トシは大人しくモンブランを頬張った。
「どう? 美味しいアルカ?」
「ん、美味い。マヨかけたらもっと美味くなるけどな」
「そっか、じゃあもう一口食べていいアルヨ。今度はマヨかけて食べるヨロシ」
今度はトシがパッと私の顔を見た。
「モンブランに対する冒涜だ、とか言って怒らねェの」
おずおずと私の顔を窺っている。自覚はあるのか、とちょっぴりおかしくなったけど、真面目な顔をして答えてあげる。
「一番美味しいと思う食べ方で食べてあげるほうが、きっとモンブランも嬉しいアル」
そう言うとビックリしたみたいに見開かれていた藍色の目が、にっと細められた。
「お前、将来イイ女になるな」
「なぁに、今更知ったアルカ?」
甘味処を後にして、また2人で歩きだす。次の目的地は、木のいっぱい生えた公園だ。トシに見せたいものがある、というと彼はまたまた大人しくついてきた。
「お前、寒くねぇ?」
少し後ろを歩いていたトシが尋ねる。
「ちょっぴり寒いけど、でも歩いてるうちにあったかくなるアル」
「へぇ、若ェっていいな」
「トシ、オッサンみたいヨ」
振り返ると、トシは苦笑いしていた。
「お前んとこの大将と同じオッサンだよ」
「トシは銀ちゃんよりは若いネ」
「まじでか、やった」
素直に喜ぶ彼に、またクスリと笑みがこぼれてしまった。そういうところは銀ちゃんと一緒ヨ、と言うと怒ってしまいそうだから言わないでいてあげる。
「そんで、見せたいモンってーのは一体何なんだ?」
小首を傾げるトシに向かって、得意げな顔をつくってみせる。
「それは見てのお楽しみネ」
「ふぅん」
「ほら、もうすぐ着くからそれまで辛抱ヨ!」
ピョンピョンと跳ねながら駆けだすと、トシも同じように足を速めてくれた。
「オイ、そんな走ると転んじまうぞ」
「だって早く見せたいんだモン!」
並んでゆっくり歩くのも楽しかったけれど、それより今は早く見せてあげたい気持ちの方が大きい。だんだんと近づく目的地に、楽しみな気持ちまでだんだんと大きくなる。やっと目的地に着いたときには、ワクワクははち切れんばかりに膨らんでいた。
「ほら、着いたアル!」
早くトシの反応が見たくて、くるりと振り返る。するとトシは、思ったとおり目をキラキラさせて上を見ていた。
「うわ、すげェ。もうこんなに紅葉してたのか」
「そうヨ。綺麗デショ」
ビックリとうっとりが一緒くたになった表情をしているトシは、なんだかいつもより幼く見える。そんな彼の反応に得意な気分になって大きく頷き、一緒になって木を見上げる。
頭の上に広がる真っ赤な葉っぱたちが、雨の粒にうたれるたびにヒラヒラと手をふっている。そんな葉っぱの先から、赤を染みこませた小さな雫がこぼれ落ちる。濡れて艶やかになったもみじは、いつもよりもっと赤くなっているように見えた。
「濡れてるから、より一層鮮やかに見えるな」
ぽつりと呟いたトシは、私とまったく同じことを感じていたようだ。嬉しくなって「そうデショ!」と飛びはねた。
「赤が映えるのは晴れた青空だとばかり思っていたが、雨空の下ってのもなかなか良いもんだな」
紅葉から私へと視線を移したトシがしみじみと言う。
「雨の日だって晴れの日だって、綺麗なものはいつだって綺麗ヨ」
「よくこんな場所知ってたな」
感心したような声でトシが言うから、得意な気持ちと嬉しい気持ちがもっともっと大きくなった。
「前にこの近くで仕事したときに見つけたアル」
「へぇ」
「それでね、さっき川沿いの木を見てたときに、雨の日の木は綺麗なことに気づいたネ。だからここも、きっともっと綺麗だって思ったのヨ」
「当てずっぽうだったのかよ」
「でも実際、ちゃあんと綺麗だったネ」
胸を張ると、トシも「まぁそうだな」と素直に頷いた。
「ほんとに、綺麗だ」
紅葉を見上げながら噛みしめるみたいにそう言ったトシは、穏やかに微笑む。そのやわらかい顔を見て、また胸がポカポカとあったかくなる。
来てよかった。心の底からそう思った。
私はトシといると、ときどき不思議と懐かしい気分になる。きっとマミーといた時間を思い出すからだ。銀ちゃんや新八とは違った種類の安心と優しさ、あったかさをくれる人。その心地よさは私のお気に入りである。
でもそれをそのまま伝えると、彼はきっと照れちゃうし「俺ァそんな大層なモンじゃねー」なんて言うと思う。だから言わないまま、大切に胸の奥にしまっておく。
「ねぇ、トシ」
呼びかけると、紅葉を見ていた彼がこっちを向いた。その瞳へと告げる。
「私、秋の雨と同じくらい、トシのことお気に入りヨ」
なんだそりゃ、と言った彼はくしゃりと私の頭をなでた。
「まぁ、秋の雨っつーのも悪くはねェな」
そう言ったトシがまたふわりと笑うから、私もとびきりの笑顔をトシに向けた。
「そうデショ!」
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